2014年2月23日日曜日

スノードロップ(3/10)”Leucoion, Viola-alba(白スミレ)”, ディオスコリデス,プリニウス,ブルンフェルス,フックス,マッティオラ,ボック

Galanthus nivalis
1979年3月 英国ケンブリッジ 自宅の庭で採集 右はキバナセツブンソウ
先の記事に書いたように,ギリシャのテオフラストス (Theophrastus, 371B.C.–287B.C.) は紀元前 300 年以上も前に、『植物誌』(Historia Plantarum (Enquiry into Plants / Inquiry into Plants)) に,“leucoion” (leuco =White, ion=violet) という purse-tassel (ムスカリ)に似た球根性の植物を記し,これはスノードロップと現在ではされている.

当時春早く咲く草本は “ion=violet” と呼ばれていたらしく,他にも紫のあるいは黄色の violet が記載され,それぞれスミレとアラセイトウと考えられる.しかし,この violet という名は,プリニウスとディオスコリデスに引き継がれ,中世以降の欧州本草では,その解釈に混乱を招いた様で, “leucoion” を白い花もあるアラセイトウと比定した書も多い.16世紀以降の本草ではスノードロップとスノーフレークの仲間をわざわざ bulbous violet (球根性スミレ)と呼んでいたが,スノードロップと言う名が確認されるのは,ジョンソンが1633年にジェラードが出した『本草書』の改訂版で,その中には「この植物をスノードロップ(Snowdrop)と呼ぶ人がいる」とある.

ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus, 22 / 23 – 79)『博物誌 Naturalis historia』 (77 A. D.) RACKHAM Book XXI, XXXVIII.*1
"The first flower to herald the approach of spring is the white violet, which moreover in the warmer spots peeps out even in winter."
「春の訪れを告げる花のなかでは,白いスミレがいちばん早い.この花は,比較的温暖な地域では,冬にも顔を出す.」とあり,咲く時期からこの “white violet” はアラセイトウではなくスノードロップの可能性が高いと考えられる.

一方,ディオスコリデスの『薬物誌』では “LEUKOION” の記述で,白以外に帯黄色・青・紫の花をつける種があり,医薬用として最も利用できるのは帯黄色の種だとしている.
ペダニウス・ディオスコリデス (Dioscorides Pedanius,of Anazarbos, 40年頃-90年)『薬物誌 De Materia Medica』 , 3-138. LEUKOION, LEUKOION*2
"Leukoion is commonly known but there are different coloured flowers, for it is found white, yellowish and azure [blue], or else it is purple. The fittest of these for medicinal use is the yellowish, the dried flowers of which (boiled) are good for bathing inflammation around the womb and expelling the menstrual flow. Used in wax ointments they cure cracks in the perineum, and with honey they cure apthas [small ulcers]. Two teaspoonfuls of a decoction of the seed (taken as a drink with wine or applied as a pessary with honey) draw out the menstrual flow and afterbirth, and are an abortifacient. The roots (smeared on with vinegar) repress the spleen and help gout. It is also called basilion; the Romans call it opula alba, some call it viola alba, augustia, viola matronalis, passarina, or polyphura"
ウィオラ・アルバ(Violaalba「白いウィオラ」)はよく知られているが,花に違いがあり,白,黄色がかった色,淡青色,または紫などのものもある.これらのうち最も医薬用に適しているのは,黄色がかった花をつけるもので,その乾燥した花を煮て坐浴に用いれば,子宮の炎症に効き,月経血を出す.蟻膏に混ぜると裂痔を治し,ハチミツに混ぜたものは軽い胃潰瘍を治す.2ドラム〔約8.74g〕の種子をブドウ酒で服用するか,ハチミツと混ぜ膣坐薬として用いると,月経血が排出される.また後産や胎児も排出される.根を酢と混ぜて患部に塗布すれば,牌臓を鎮静し痛風の痛みを和らげる.

ディオスコリデスの記述では,Leukoion(Leucoion) の Leuco (白)は無視されているようで, Leucoion で一つの植物種-アラセイトウと考えているのであろう.

フランドル地方を中心とした15世紀の画像入りの本草書を見てみると,テオフラテスとディオスコリデスが記述した Leucoion はそれぞれの名前をつけて区別されている場合がある.

オットー・ブルンフェルス(Otto Brunfels, 1488 - 1534) “Herbarium vivae icones 『本草写生図譜』”(1530, 1536) には,Leucojum vernum (ハルザキスノーフレーク)と思われる植物の図がスイセンの項にある.一方アラセイトウの図がスミレの項にあり,スミレの記述文中に “Leucoion” が出ているので,彼は “Leucoion” =アラセイトウと考えていたのであろう(左図).

レオンハルト・フックス(Leonhart Fuchs, 1501 – 1566) “De historia stirpium commentarii 『植物誌』”(1542) では,”DE LEUCOCOIO THEOPHTASTI” の節に “VIOLA ALBA” として Leucojum vernum (ハルザキスノーフレーク), “VIOLA ALBA FOLIA” としてスノーフレーク,一方,”DE LEVCOCOIO DIOSCORIDES” の節に “VIOLA LUTEA” としてアラセイトウ,“VIOLA PURPUREA” 及び “LEUCOION” として,それぞれアブラナ科の植物が描かれている(右図).

同書の 1549 年オクタボ版では,それぞれ各国語で “Viola alba Theophra, Violette, ou gyroflee blanche, Viola Bianca di Theophrasto”, “Viola alba Theop. Folia cu semine, Gyroflee blanche de Theop. Le foglie e semi di la Viola Bianca”, “Leucoion Dioscoridis album, Gyroflee, ou Violier blanch, Leucoio Viola Bianca”, “Leucoion Dioscoridis luteum, Gyroflee, ou violier ianone, Leucoio giallo”, “Leucoion Diosc. purpurreum, Gyroflee, ou violier rouge, Leucoio porporeo” と名前が記され,後半の三種のアブラナ科の植物は,花の色で,白・黄色・赤紫と分けている.
注目すべきフランス語では5種全ての花に “gyroflee (giroflée) = wallflower, stock” がついていることで,これは後の英国本草に影響を与えている.

マッティオラ Petro Andrea Mattiolus, (1500-1577) の『ディオスコリデス注釈 Commentarii in sex Librous Pedocii dioscoridis』(1544,1562,1565,1585) はディオスコリデスの考えに従っているので,当然ながら“Leucoion album, & purpureum” として,アブラナ科の植物の植物が描かれているが,ハルザキスノーフレーク類の図は無い(左図).

ヒエロニムス・ボック (Hieronymus Bock (Latinised Tragus), 1498 –1554) の “Kreutterbuch” (1st, unillustlated (1519), illustrated by the David Kandel  (1546))には,ブルンフェルスの『本草写生図譜』と同様,Leucojum vernum (ハルザキスノーフレーク)の図がスイセンの項にあり(右下図),数色のアブラナ科の植物が Leucoin Diosc.(Agreslie viola)の名で描かれているがスノードロップに該当するような植物の図は見出せなかった.

この時代まで,ディオスコリデスの ”Leucoion, Viola-alba(白スミレ)” とテオフラストスの ”Leucoion, Viola-alba(白スミレ)” はそれぞれ別の植物に比定され,前者はハルザキスノーフレークとされスノードロップの名はまだ無く,後者はアラセイトウなどアブラナ科の植物の一種と考えられていた.Leucoion (の一つ)としてスノードロップが当てられるようになったのは,16世紀後半になってからであった.(続く)

*1 “Pliny: Natural History, with an English translation” by H. Rackham (1868-1944). The Loeb Classical Library; London: W. Heinemann,1938-63

*2“DIOSCORIDES: DE MATERIA MEDICA, A NEW INDEXED VERSION IN MODERN ENGLISH” by T OSBALDESTON AND R WOOD Tess Anne Osbaldeston, 2000

スノードロップ (4/10) "Leucoium Bulbosium triphilla Mimus” 「三弁の球根性小型白スミレ」 16世紀フランドル ドドエンス,デ・ロベル,クルシウス,ベスラー ,ヴァインマン
スノードロップ (2/10) 伝説・神話,アンデルセン童話
スノードロップ (1/10) テオフラストス,2月2日聖燭祭 (Candlemas) の花,英国での俗名,習俗

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