2015年6月9日火曜日

カラスノエンドウ-5 薇 『詩経』博物学-1 毛詩名物圖説,詩經小識,詩経名物弁解

Vicia sativa subsp. nigra
シロバナカラスノエンドウ
種をいわき市在住の T. S. さんから頂いた
『詩経』には多くの動植物が登場する.『論語』陽貨篇に「多識於鳥獣草木之名(多く鳥獣草木の名を識る)」と言うように,それらの動植物を覚えること自体,儒家必須の『詩経』の重要な要素とされた.『詩経』中で,百種以上の植物が詠まれているが,『詩経』の舞台は主に黄河流域と漢水流域である.これらの植物の名前は地方や時代にしたがって変わってきた.そのため,『詩経』に登場する動植事物を解説する注釈書がこれまで多く書かれた.

日本で特に問題になったのは,それが日本にもあるものか,あるものだとすると和名は何かということである.本草学でもそうだが,和名の同定(考定)が大きな問題となり,漢学者・本草学者によって多くの解説書が書かれた.現在でも加納喜光氏は『草木魚虫――詩経の博物誌』、『詩経の動物と植物』、『毛詩草木鳥獣虫魚疏』などの著作と論文を精力的に発表している.

中国では,清の乾隆三十六年(1771)には,徐鼎(字は雪樵)が『詩経』に出てくる鳥や獣,草花などを図解した『毛詩名物圖説全九卷』という書が著名で,この書は日本に渡り,江戸時代の本草学者小野蘭山によって和名が付され,文化三年 (1808) 日本でも刊行された(右図).同様のものは日本人の手でも数多く作られていて,その中のひとつ,大阪の岡元鳳による『毛詩品物図攷』(天明五年 (1785) )はその後中国に渡り,和名や訓点を取り除いたものが中国で翻刻(光緒十二年(1886))された.

については,特に日本で漢学者,本草学者から多くの説が出され,中国・日本の先行文献を引いては,多種の植物の名が挙がった.ゼンマイを是とする説が多かったが,今では,カラスノエンドウとする説も有力である(Blog-1 参照).

中国清時代の徐鼎選『毛詩名物圖説全九卷』乾隆三十六年(1771),添付圖は乾隆四十七年(1782)序刊本(NDL)には
毛傳菜也.陸機疏山菜也.莖葉皆似小豆蔓生.其味亦如小豆藿*.可作羹亦可生食.今官園種之以供宗廟祭祀。朱子集傳似蕨而差大.有芒而味苦.山間人食之.謂之迷蕨.三秦記夷齊食三年.顏色不變.武王誡之,不食而死.胡明仲野人呼爲迷蕨.疑荘子所爲謂迷陽迷陽無傷吾行.即此也.雅翼文王之時.歌采以遣戌役.一章作止.二章柔止.三章剛止.故先儒以爲所遣有先中後輩.首章則二月中旬遣之.次章則三月上旬遣之.三章則三月中旬遣之.愚按釋草云垂水.註云生於水邊.據本草有二種生平原川谷者.爲白.生水旁者.爲.詩陟山采.山有蕨則明是山菜.非爾雅所謂垂水者.采之詩曰彼路斯何.日戎車既駕.應從陸路采以爲食.」とあり,多くの詩経及び史記に関する先輩の書を引いたうえで,「愚按」以下が彼の考えではあるが,具体的な和名は考定できなかった.図からすると,細かい葉をつけ分岐した枝はマメ科のようであるが,真ん中に突き出た物はゼンマイの胞子葉のようでもある.(* 豆の若葉)

日本の江戸時代にも,『詩経』の植物考証の著作が数多くある.

本草学者で,時珍の『本草綱目』の和刻本考定者でもある稲生若水は『詩經小識 巻一 草属略第一』(1709)で(写, NDL
「蕨 俗名 黄頼虚(ワラビ)
 俗名 石莫埋異(センマイ)
垂水草生於水濱而枝葉垂於水 者曰故注云生於水辺也 宋邢爾雅疏*生於水傍葉似萍 尓雅垂水也 三秦記曰夷斎食之三年顔色不異武王誡之不食而死 廣志葉似萍可食 俗呼絲芽可 以若葢及供祭祀苞苴之用 明李東壁*本草綱目」
と,博覧強記の漢学者らしく『毛詩名物圖説』にも記されていない文献を引用している.興味深いのは三秦記の引用で,伯夷叔斎が山菜の「」を食べて三年間,顔色が変わらず健康に生きていたという件であろう.
* (938-1010) 『爾雅疏』 《卷八》「注云生於水中薇垂水 釋曰草生於水濵而枝葉垂於水 者曰薇故注云生於水邊也」(中國哲學書電子化計劃)
** 時珍の字(あざな)

最も権威あるとされた『本草綱目』の和刻考定者,松岡玄達(恕庵)と江村如圭による『詩経名物弁解』(1731)には,
「蕨 言()其蕨() 召南草蟲章 山有()-() 小雅 四月章 -鱉也初生無()葉時可()○和名ワラヒ春初生()拳曲ニシテ鱉-脚ニ似タリ故() 又草-木志-畧ニ莾牙ト名ク--蕨粉俗()山粉()ト云フ」
 言()() 召南草蟲章 采()() 小雅章 山()() 小雅四月章 -()而差(ヤヤ)大有()芒而味--人食()謂之--氏曰疑荘子()謂迷陽トス
○俗名ゼンマイ爾雅-水ト是ナリ此種好テ渓澗水-側ニ生ス故垂-水ノ名アリ--恭廣-タリ()ト云,盖センマイノ初生小葉三-萍ニ似タリ凢解(トク)()モ者一ナラス -璣項---氏家-等ニ菜(ノエントウ)ト注ス李--亦此説ニ左-祖ス大謬マル 又--三才圖會-物理小識ニ以()()藜(アカザ)ノ両説共非ナリ センマイヲ以テ定-説トスヘシ 貝原損軒翁イノテト訓ス恐クハ偏ナリ イノテハ即ゼンマイノ味苦シテ()モノニシテ即中ノ一-品ナリ 分テ二-種トナスヘカラス 凡草-木ノ甜苦蕪-子有-子有-根無-根特生蔓生大-葉小-等(シナ)アルハ皆其陰(メ)陽(ヲ)ナリ -()迷陽()然レトモ迷陽ノ為タル()コト的-證ナシ--カ説-約ニ迷陽非()コト辧ス可()」(図 NDL)
と,多くの先人の書を引き,はノエンドウ,ワラビ,アサザ,イノデ,ゼンマイなど種々の説があるが,ゼンマイをもって定説とする事がよろしかろうと言っている.

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