2015年5月 |
岡元鳳(澹斎)
(1737-1786) 『毛詩品物図攷 艸部 蕨・薇』(1785)
「 言采其蕨 ワラビ
傳ニ蕨ハ鱉也。集傳ニ初生葉無キ時ニ食フ可シ。
言采其薇 ゼンマヒ
傳ニ薇ハ菜也。集傳ニ蕨ニ似テ而差大,芒有ニシテ而苦シ,山間人之ヲ食フ,之ヲ迷蕨ト謂。」とし,それぞれを図示している.蕨には「初生で葉がないとき」と,薇には,展葉した成体の図がそれぞれの特徴を踏まえて描かれている(左図, NDL).
「蕨 ワラビ
小野蘭山『詩経名物弁解正誤』
「蕨 可也
薇 (『詩経名物弁』でのゼンマイとの考定は)可也 色々ノ説アリ皆非ナリ○イノデハ薇中ノ一品ト云ハ非ナリ漢名毛蕨ナリ名醫類案ニ云毛蕨ヲ食テ傷人アリ」と,先輩である松岡恕庵による『詩経名物弁解』(1731, Blog-5 参照)の「薇はゼンマイ」の考定を肯定している.
井岡元泉(1778 - 1837)編『毛詩名物質疑 5巻』には,
「〔薇〕
薇ノ説多シ 孫炎尓雅ノ註ニ云薇草生水旁而枝葉垂於水故名垂水也 亦廣志曰薇葉似萍○ニ説ヲ據トシ先輩定メテゼンマイトス ゼンマイハ山中ニ生ス蕨ノ山野ニトモニ生ズルニ○カラズ 多ク渓澗水旁ニ横生シ枝葉下垂スルニ孫炎ガ言ヘル如シ 初生蕨ノ如ニシテ褐葉アリ長スレハ三尺許ニシテ長葉排生ス 別ニ黄褐色ノ穂ヲ抽キ細子ヲ着ク其実生ノ者 恰モ紫背浮萍ニ類ス故ニ廣志ニ似萍ト云リ 朱伝ニ云薇似蕨而差代有芒而味苦ト 松岡恕庵ノ説ニ朱伝ノ芒ハ絮ノゴトクシテノギノコトニ非ス 薇ノ初生褐色ノ絮アルヲ云ト芒ノ字一ニ花ニ作ル 花ニテモ芒ニテモゼンマイニヨク充ル 朱伝又胡氏ノ説ヲ載テ云ヲ疑クハ即荘子ニ○謂迷陽ナル者ト然レドモ 瑯琊代酔編ニ迷陽ノ薇ニ非ザルコトヲ辧セリ 學者宜シク就ヲ検索スベシ 按陸璣ガ謂薇ハ翹搖(ノエンドウ)ナリ 王思義ハ蕨ト同物トス 方以智ハ藜トス 何揩ハ白微トス篤信氏ハイノデトス 并ニ非ナリ イノデハ千歳竹(クサソテツ)ノ如クニシテ莖ニ褐色ノ皮アリテ毛ノ如ク見ユ 名医類按ニ毛蕨ト云モノ是ナリ 鄭漁仲通志略ニ金櫻芽ト云モ○非ナリ」
と,朱伝の薇と蕨の違いとされる「芒」は,松岡恕庵のいうゼンマイの芽がまとう「褐色の絮(毛)」としても,「芒」は「花」と通じて,ゼンマイの胞子葉のことだと考えても,「薇=ゼンマイ」が適切であろうと説く(右上図,NDL).
細井徇(東陽)撰『詩経名物図解 巻之一 草一』(1847)には,ゼンマイとワラビの美しい図が以下の文に添えられていて,薇については「諸説紛々アレドモゼンマイヲ以定説トスヘシ」しかし,「朱註ニ初生無葉可食トアレハ蕨却テセンマイニ似タリ」と,疑問を投げかけている(右図,NDL).
「蕨
言采其蕨 召南 草蟲章
山有蕨薇 小雅 四月章
朱註ニ蕨ハ鱉*也初生無(レ)葉可(レ)食初メ芽ヲ生スル拳曲ニシテ鱉脚ニ似タリ故ニ○ト名ク
草木志略ニ蕨粉俗ニ山粉ト云 廣東新語ニ拳菜 事物紺珠ニ稂鶏 救荒野譜ニ萁菜 事林廣記ニ紫玉簪
和名ワラビ」
「薇
言采其蕨 同上
采薇采薇 小雅 採薇章
朱註云薇似蕨(レ)而差代有芒而味苦大有(レ)芒而味苦シ山間人食(レ)之謂之迷蕨ト
爾雅ニ垂水 授時通考ニ紫●(クサカンムリ+綦) 山東通志ニ筆管菜 胡氏曰疑ハ荘子云迷陽ナラント云トモ未詳 顧夢麟カ詩経説節約ニ迷陽非(レ)薇ト的證ナシ
和名ゼンマイ
諸説紛々アレドモゼンマイヲ以定説トスヘシ 貝原翁薇ヲイノテト訓スレドモ毛蕨ニシテワラビノ一種也 松岡翁ノ用藥須知ニ見タリ 愚按ニ蕨ヲワラビトシ薇ヲセンマイトスルコト古人ニ的證ナシ 然ルニワラビトセンマイト判然トシテ別也 ワラビハ花莖ニシテセンマイハ葉莖ナリ 時過テ花放キ葉舒レハ不(レ)可(レ)食 唯朱註ニ初生無葉可食トアレハ蕨却テセンマイニ似タリ」
(* 鱉:スッポン)
ゼンマイとカラスノエンドウ(類)とは,全く異なった外見をしているので,実物或いはその腊葉,または精密な図があれば,中国の本草学者の考定を得て,薇が何かを同定することは簡単であったろうと思われる.江戸時代,長崎には多くの中国人が在住していたので,出島の蘭医のようにその中には漢方医や本草学者がいただろうに,なぜ,交流しなかったのか,また,『質問本草』のように図を中国に送って教授をたのんでもよいのに,積極的に疑問の解消の努力を行わなかったのは不思議である.現在でも日本ではゼンマイの漢字は薇に当てられている.
茨城大学の加納喜光氏は『草木魚虫――詩経の博物誌』,『詩経の動物と植物』,『毛詩草木鳥獣虫魚疏』などの詩経に現われる動植物の考定の著作と論文を多く発表していて,「日本では薇をゼンマイと訓じる。しかしこれは誤りで、薇はスズメノエンドウ(小巣菜Vicia hirsuta)などのソラマメ属の植物を指す。」(「埤雅の研究・其八 釈草篇(4)」茨城大学人文学部紀要『人文学科論集』44号29-44頁、2005年9月)と指摘している.
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