2018年2月16日金曜日

キンラン (4/6) 飯沼慾斎『草木図説』,牧野富太郎校訂『増訂草木図説』「キサンラン ワウラン キンラン」

Cephalanthera falcata
2007年5月 茨城県南部
日本最初のリンネ分類による日本の植物の図鑑として知られる★飯沼慾斎『草木図説』は草類1250種,木類600種の植物学的に正確な解説と写生図から成る.草部は1852年(嘉永5)ごろに成稿され,56年(安政3)から62年(文久2)にかけて出版されたが,木部は江戸時代には出版されなかった.

慾斎が参考にした歐書は,ホッタインMartin Houttuynの博物誌を中心に,ドドネウスRembert Dodonaeus,オスカンプDieterich Leonhard Oscamp,キニホフJohann Hieronymus Kniphof,ワインマンJohann Wilhelm Weinmann,及びツンベルク Carl Peter Thunbergの植物学書 種であった.

この書の第18巻の「スズラン(カキランの旧名),キサンラン,ハクサンラン」の項には
NDL 公開デジタル画像より部分引用

スヾラン キサンラン ハクサンラン
此三種ハ同屬ニシテ,ミナ葉卵圓披針狀ニシテ莖ヲ擁シテ互生シ,縦脉著クシテ剛ク茎
高一尺餘,春夏ノ際梢上數花穂ヲナシテ開ク.子室角様,蕋体柱様,根ハ粗キ線様
ニシテ指様ナラザルヲ概標トス.ソノ各種ノ殊標ニ在テハ,スズランハ好テ山間湿
洳ノ處ニ生シ,葉本闊ウシテ末尤狭尖.茎足ニ紅暈アリ.花點頭シテ頗ル開展シテ,辧
尖リ色深黄,唇白質ニシテ紅点鮮明ナリ.キサンランハ葉差長ク花黄色上ニ向テ開
キ,辧頭尖ラズ罄口ニシテ展開ニ至ラズ.按ニ其形鈴ニ似タルコトハ此花却テスヾランヨリモ勝ル ソノ生ズル,山中ニアツテ湿洳ノ処ヲ好マズ.白サンランハ渓間樹陰ニ生シ,形スヾラント同シテ草差瘠小ニシテ花白色.

Serapias falcate(セラピアス ファルカタ).春氏
林氏 Serapias(セラピアス)羅,Niesblad(ニースブラド) 蘭 ノ屬ニ七種ヲ舉グ.就中ソノ一種 Breed(ブレード)
bladig.(ブラーヂフ)ヲ以テ鐸氏 wildt voit Nieskruid. (ウヰルド ウヰツト ニースコロイド)ト併セ,叉物印滿 Helleboging(ヘルレボリング)
Nieswortel(ニースウルテル)ノ名下ニ所舉ノ六種等ノ圖説ヲ併セ考ルニ,ソノ品キサン
ラン・スズラン,白サンラン 鐸氏ノ圖ハ全ク白サンランノ如シ 等ニ他ナラズ.ソノ種ヲ分カツヤ,葉
ノ狭闊,花ノ垂下向上,叉辧ノ狭尖,花色ノ黄白紅駁,根形ノ線様塊様ニヨレバ,
本邦所産ノ品々各々的當ノ種名アルベシ.姑期後日詳之.」
と,カキラン,キンラン,ギンランが同属三種であるとした.

さらに精密で美しいキンランの図には「キサンラン ワウラン
花五辧卵圓ニシテ不尖罄口開展セズ.蜜槽辧亦短ウシテ微ニ紅條アリ,下ニ短嘴ヲ出
ス.柱形蘭様,頭面淡黄ニシテ白色ノ長葯アリ」との記述と,「附蜜槽辧,本然圖,蘂柱,廓大圖」と拡大部分圖の説明がされている.

慾斎は「キンランの花が完全には開かない-罄口開展セズ-事から,スズランの名としては,カキランよりもキンランの方が相応しい」としているが,実際には,冒頭の写真や,三浦梅園の図のように,完全に開いている花を付けている個体も多い.時期なのか,生育条件なのか,個体差なのかは興味深い.

後年の★牧野富太郎校訂『増訂草木図説』(1907-22)成美堂 では,「キサンラン ワウラン キンラン」と「キンラン」を追加したうえで,その学名として,Cephalanthera falcata Lindl. を採用したが,その学名の出典は現時点では見出せなかったが,Epipactis falcata (Thunb.) Lindl.の学名は,リンドレーの著書 "The Genera and Species of Orchidaceous Plants" 412 (1840) に記載されている.

慾斎が参考にした欧書の著者とその漢字略名,書名および,上記カキランの項に引用された文献の該当部については,次記事に記す.

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