2022年5月25日水曜日

ウラシマソウ-2 江戸前期 虎掌.天南星,金陵版『本草綱目』,松下見林校,貝原益軒版,稲生若水『本草綱目』.図解本草,広益本草大成

Arisaema urashima


  
中国本草学の集大成として明代の★李時珍『本草綱目』(1578)は、それまで出版された多くの本草書を引用しながら著者自身の見解を附した大作で,1871種の薬種を収録している。1596年(万暦23年)に南京で初版が上梓された(南京の古称,金陵にちなんで,金陵版と呼ばれる).

出版後数年で,日本に渡来し,本草書のバイブルとして,日本の本草学(博物学)にも大きな影響を与えた.『本草綱目』は,動植物の形態などの博物誌的記述が従前の本草書より優れている.この点が日本人に大きな影響を与え,中国からたびたび輸入されるとともに,和刻本も続出し,幕末に至るまで基本文献として尊重された.

この書では,「虎掌」の項のなかに「天南星」が含まれ,このため和書ではテンナンショウ科の植物が広く「虎掌」と称されることもあった.

世界に十冊程度しか現存を確認されていない『金陵版本草綱目』①は NDL でデジタル公開されているが,その「第14冊(第17巻)毒草類」には,


虎掌 本經 下品 天南星 開寶

【釋名】虎膏(《綱目》),鬼蒟蒻 (《日華》).

恭曰其根四畔有圓牙,看如虎掌,故有此名.

頌曰天南星即本草虎掌也,小者名由跋.古方多用虎掌,不言天南星.南星近出唐人中風痰毒方中用之,乃後人采用,別立此名爾.

時珍曰虎掌因葉形似之,非根也.南星因根圓白,形如老人星狀,故名南星,即虎掌也.蘇頌甚明白.宋《開寶》不當重出南星條,今併入.

(以下略)」とあり,
白井光太郎(監修),鈴木真海(翻訳)『国訳本草綱目』(1929)では,【釋名】の部分は以下の様に和訳されている.

「【釋名】虎掌(《綱目》)、鬼蒟蒻きくしやく (《日華》)。

恭曰根の四畔に圓牙があつて,一見虎の掌のやうなところからこの名稱がある.
 頌曰天南星(てんなんしやう),即ち本經にいふ虎掌であつて,小なるものを由跋(ゆばつ)と名ける。古方には多く虎掌を用うとあつて,天南星とは言つていない.南星なる名稱は近代に起つたもので,唐時代の中風,痰毒の方の中にこれを用ゐて以来,別にこの名稱を採用したのだ.
 時珍曰く,虎掌とは,葉の形が似てゐるからの名稱で,根が似てゐるのではない.南星とは,根が圓く白く,形が老人星(らうじんせい)のやうな形状だから南星と名けたものだ.即ち虎掌であつて,蘇頌の甚だ明白である。宋の開寶に,南星の條を重出したのは當を得ない.本書にはこの條中に併入した。」とある.

 即ち,時珍は「虎掌」が正名で,「天南星」は別名で,「虎掌」「天南星」「由跋」は同一物である.また「虎掌」の名は根の形ではなく,葉の形に由来するとの立場をとった.

『本草綱目』は多くの版が日本で出版され,考定された和産の物品名が併記されている場合も多い.代表的な和刻本の「虎掌」の項を見ると,

松下見林校『本草綱目』(1669)②と,★貝原益軒『本草綱目』(1673)③では,「虎掌」の項に和名はない.添付図では,松下版,貝原版では,金陵本と同じ図を「虎掌 天南星」として挙げている.

最も信頼性が高いとされた★稲生若水『本草綱目』(1714)④では,和名は「マムシグサ」とされている.稲生版では「天南星 宋開寶」「虎掌 本經下品」と二種の図を掲げて,いずれも金陵本の「虎掌 天南星」とは異なっており,★(明)李中立纂輯『本草原始』(1638)の「天南星」の項⑤の図を復刻している.


 この図には,天南星

「宋開寶

根圓クシテ
而白」

とあり,もう一つの図には

「虎掌本經下品

花如蛇頭
兩枝相抱」とあり,この第二図の記述として
「虎掌根蒟蒻根.皆似天南星.人雜以爲南星淆賣
.火炮者是南星.炮之不者是虎掌蒟蒻也

虎掌南星.根極相似葉逈然不同.而功効相近.
古人通之.故頌曰.天南星即本經虎掌也」とある.

 これ等の図を引用した『本草原始』(1638)には「虎掌」の項はなく,
天南星,生平澤.今處處有之.苗起數莖,毎莖端六七葉.高一尺
許.結實作包.梢如
鼠尾.根比芋而圓.肌細膩且白.炮之
易裂.本經云.葉似蒟蒻.兩枝相抱.五月開花似蛇頭黃色.
六月結子作穗似石榴子紅色.根似芋而圓.是虎掌.非南
星也.然南星多生南方
根圓如星.故以名之.

〔氣味〕苦
温.有毒.」とある.

一方,日本では,「天南星」の方がなじみ深かったと見えて,★下津元知『図解本草』(1685)では,「天南星」の別名として「虎掌・虎膏・鬼蒟蒻」が挙げられ,和名として「オホソヒ」(ウラシマソウの古名)が記されている⑥.添付図は,『図解本草』は,穂実と葉と根茎の図である.


★岡本一抱『広益本草大成』(1698)では,「天南星」が項となっていて,目次では「虎掌・虎膏」がその下の小項目となっているが,本文では別名としても記されていない⑦.文中に日本では大きいものを「(天)南星」,小さいものを「由跋」とするのが妥当であろうとしている.また金陵本と同じ図が「天南星」として掲げられている.



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