2022年5月31日火曜日

ウラシマソウ-3 江戸中期 虎掌・天南星,大和本草・本草通玄,倭漢三才圖會・三才圖會・本草必讀

Arisaema urashima


日本ではテンナンショウの方がなじみ深かったのか,李時珍が「虎掌が本名で,天南星は別名」と記しても,和書では「天南星」を項目名とした記事も多い.貝原益軒『大和本草』には,「天南星」の記事しかなく,寺嶋良安『倭漢三才圖會』にも「天南星」が項目で「虎掌」は別名とされており,更に,良安は「虎掌と天南星は別物である」との考察とし,その根拠として『三才図会』と『本草必讀』が参照されている.


★貝原益軒『大和本草(1709) 「巻之六  草之二  薬類」には
天南星 二種アリ一種葉芋ノ葉ノ色ニ似テ光アリ岐ア
 
  リテ三ニワカル實紅ナリ一處ニ多クアツマリミノル玉蜀黍
  ノ實ノ如シ十月ニ熟ス一種蒟蒻ニ似テクキニ黒點多シ
  本草ニモ二種アリトシルセリ花ハ反リテ鐙ノ如シ根ヲ
  藥トス藥ニハ二種トモニ用ユ叉白花アリ皆毒アリサレトモ
  虫コノンテ食ウ久ク貯ルニハアラク刻ミ時々日ニ干ヘシ不
  然虫食ウ大ナル根ヲ可用小根ハ性薄シ製法アラク刻
  ミ沸湯ニ泡ス泡シテ湯ヒエテ後叉沸湯ニ泡ス熱ノサ
  メサル内ニ叉泡スヘカラス能ヒエテ後叉沸湯ニ泡ス凡七
  度又刻ミ日ニホシアラク末シ生薑ノ自然汁ニニヨキホ
  トニ和スヘシ甚シルノ和カ過タルハアシヽ堅メテ小餅トシ
  籃(カコ)ニ入上ニ木葉ヲ掩ヒ器ニ入フタヲオホヒ又戸棚ノ
  内ニ入置或カウジ屋ノムロニ七日ホト入置黄ナル麹出
  ル時取出シクタキ日ニホシ炒ル夏日ニ製スヘシ麹出ヤ
  スシ製法ヨカラサレハ毒サラス半夏モ同シ本草通玄*1曰生ニテ
  用者温湯洗過礬湯コト三日夜日日換晒乾
  珍云小ナル者爲由跋乃一種也今案山中ニ似天南星
  而小ナル者アリ者アリ是由跋ナルヘシ」と天南星の根茎の修治法・保存法が記述されている.


大和本草諸品図上』(巻十九)「草類」には簡単な図(左図)と共に
「「天南星」
 有二種一種形似蒟蒻
 黒點多シ

一種一枝三葉光如芋ノ其花如鐙故俗ニ武蔵鐙ト云
其實如玉蜀黍ノ紅色

花 實」とある.これらの記述文から植物名を推定するのは難しいが,「天南星」はマムシグサ,「由跋」はムサシアブミと推定される.

ここで参照されている *1本草通玄』は,中国明時代の李中梓『本草通玄』(1637)で,


その第二巻には
天南星苦辛有毒肺秘肝之藥也主風痰麻痺眩暈
口噤身強筋脉拘緩口眼歪斜堅積?腫利水去
濕散血墮胎 味辛而散故能治風散血氣溫而
燥故能勝濕除涎.性緊而毒故能攻堅抜腫.凡諸
風口噤需爲要藥 重一兩者佳 生用者温湯
洗過礬湯浸三日夜日日換水曝乾熟用者浸
一宿入甑蒸一日以不麻舌爲度 造贍星法南
星生研細末臘月取黄牛膽汁和劑納膽中懸風
處年久彌佳」と天南星の薬効と修治法・保存法が簡単に記述されている.

★寺嶋良安『倭漢三才圖會』(1712年成立)
全体は10581冊に及ぶ膨大なもので,各項目には和漢の事象を天(1-6巻),人(7-54巻),地(55-105巻)の部に分けて並べて考証し,図(挿絵)を添えた.各項目は漢名と和名で表記され,本文は漢文で解説されている.木版による印刷で版元は大坂杏林堂.
『三才圖會』をそのまま写した項目には,空想上のものや,荒唐無稽なものもあるが,それ以降の本草書や良安の考察を加え,博物学などにとり貴重な文化遺産といえる.


この書の「第九十五巻 毒草」には,
天南星(てんなんしやう)
  テンナンスイン
  虎掌  鬼蒟蒻  虎膏
  和名 於保保曾美

本綱,虎掌は河北に多く之れ有り.三四月に苗を生ず.高さ尺余,獨莖,上に
葉有りて爪の如く,五つ六つ出でて分布し,尖りて円く一窠七八莖を生ず.時に一莖を出し穂を作し,
直に上りて鼠尾の如く,中に一葉を生じ匙(さじ)の如く莖を嚢(つつ)み房を作し,旁に一口を開き上下
尖り,中に花有り.微かに青褐色,実を結ぶこと麻の子の大いさの如く,熟すれば即ち白色,自ら落ちて地に布く.
一子,一窠を生す.その根,初めは豆の大さの如く漸く長大にして半夏に似て而扁(ひらた)し,年久しき者の
根は円く,大なる者鶏卵の如く,周匝(めぐり)に円牙を生ずること三四枚或は五六枚なり.
天南星は,冀州莱圃(なばたけ)の中に之れを種ゑて二月に苗を生ず.荷(はす)の梗(くき)に似たり.其の莖高さ一
尺以來,葉は蒟蒻(こんにやく)の如く両枝相抱きて,五月に花を開く.蛇頭に似て黄色.七月に
子を結ぶ.穂を作す.柘榴子に似て紅色.其の根芋に似て円く扁く,蒟蒻と相類す.
但し蒟蒻は莖斑(まだら)にして花紫,此れは是れ根小にして柔かに,膩肌細かなり.之れを炮(あぶ)りて裂け易く,弁ずべしと為すのみ.
蓋し天南星は即ち本経の虎掌なり.小さき者を由跋と名づく.古方には多く虎掌を用ゐて
天南星と言はず.天南星の名は唐の時より始まる.虎掌は葉の形之れに似たるに因る.根にあらず.南星は根
円く白く,老人星の状の如くなるに因りて故に南星と名づく.

天南星 苦く辛,毒有り 乃ち手足の太陰,脾肺の薬,味辛くして麻す.屏風を得れば則ち麻せず.
故に能く風を治し血を散ず.気温にして燥く.牛胆を得れば則ち燥かず. 故に能く湿に勝ち涎を除く.性緊にして
毒有り.火炮を得れば則ち毒せず. 故に能く積を攻め腫を援けて,口喎,舌の糜を治す.附子,乾薑,生薑を畏る. 其の下行を
欲せば黄檗を以って之れを引く.

△按ずるに,虎掌は本名なり.倭名抄にも亦た虎掌有りて天南星無し.蓋し天南星
の名は始めて唐の時より出づること明らかなり.今却って虎掌を織る者無し.疑ふらくは此れ虎
掌の子種(みはゑ)より出づる所の異品に

して,天南星と名づく.一物異品異名なり 近頃にも亦た異品を出だす.
歓喜草,武蔵鐙 の類是れなり.既に虎掌と天南星と相似て各々別なり.又
天南星にも二種有り.花房浅青色にして末の鼠の尾の如くなる者は高さ尺に過ぎず.
惟だ匙及び仏の後光の如し.鼠の尾の無き者は高さ二尺許り.是れ自ら一類二
種なり.三才圖會*2及び本草必読*3に虎掌と天南星の二図とを出だす.二物
爲ること明らかなり.天南星は日向,薩摩の産最も良し.豊前中津,芸
州廣島の産之れに次ぐ.」(読み下し)とある.

良安の考察(「按ずるに」 以下)を原文で示すと「按虎掌本名也、倭名抄亦有虎掌天南星、蓋天南星之名、始出於唐時也明焉、今却虎掌無識者、疑此從虎掌子種出異品、名天南星、〈一物異品異名也〉近頃亦出異品〈歡喜草 武藏鐙〉之類是也、既虎掌與天南星相似而各別也、又天南星有二種、花房淺青色、而末如鼠尾者、高不尺、惟如匙及佛後光也、無鼠尾者高二尺許、是自一類二種也、三才圖會*2及本草必讀*3虎掌與天南星之二圖、爲二物明焉、天南星日向薩摩之産最良、豐前中津、藝州廣島之産次之」となる.またこれを現代文にすると
 「△思うに,虎掌とは本名である.『和名抄』にも虎掌の名はあるが,天南星の名はない.そもそも天南星の名は唐のときから始めていわれるようになったのは明らかである.今では却(かえ)って虎掌の名を識(し)っている者はいない.恐らくこれは,虎掌の子種(みば)えによって出て来た異品を,天南星といったのであろう〔同一物の・異品異名である〕.近頃でも異品が出ている〔歓喜草・武蔵鐙〕の類がこれである.虎掌と天南星とはよく似ているが,すでに別のものとなっている.また天南星にも二種あり,花房が浅青色で末が鼠尾のようなものは高さ一尺にすぎず,これは匙(さじ)か仏の後光(こうはい)のようである.尻尾のないものは高さ二尺ばかりで,これは当然に一類二種である.『三才圖會*2』や『本草必読*3』には,虎掌と天南星の二図を出しており,別々の二物であることは明らかである.天南星は日向(ひうが)・薩摩(さつま)の産が最も良い.豊前(ぶぜん)の中津・芸州(あき)の広島の産がこれに次ぐ.」となる.
 良安は,前半は,『本草綱目』の記述を引用しているが,時珍の言うのとは異なり,虎掌と天南星とは別物であるとしている.更に和産天南星の産地として,日向,薩摩,中津・廣島を挙げる.

*2 三才図会』:明王圻 (1592-1612) 纂集『三才圖會 全百六卷』萬暦371609)序刊の「巻之草木四」には


虎掌
虎掌生漢中山谷及冤句河北州郡亦有之三四月生苗
高尺餘獨莖上有葉如爪五六出分布尖而圓一寡生七
八莖時出一莖作德直上如鼠尾中生一葉加匙裏莖作
房傍開一口上尖下中有花微青禍色結實如麻子大熟
即白色自落布地一子生一窠九月苗殘取根以湯入器
中漬五七日湯冷乃易日換三四邊洗去涎暴乾用之冀
州人菜園中種此亦呼為天南星味苦溫微寒有大毒主
心痛寒熱結氣積聚伏梁傷筋痿拘緩利水道 陰下湿風眩

天南星
天南星生平澤今處處有之二月生苗似荷梗莖高一尺
以來葉如蒟蒻兩枝相抱五月開花似蛇頭黃色七月結
子作穂似石榴子紅色根似芋而圓二月八月採根亦與
蒟蒻相類即虎掌也小者名由跋苗高一二尺莖似蒟蒻
而無班根如雞卵又有白蒟蒻亦曰鬼芋根都似天南星
但天南星小柔膩肌細炮之易裂差可辨爾味苦辛有毒
主中風除痰痲痺下氣破堅積消癰腫利胃隔散血堕胎」
とある.『本草綱目』の引用が多いが,図はそれとは全く異なり,特に「虎掌」の図の下の葉は,確かに虎の脚の掌に似ているが,どのような植物か分からない.中国の「虎掌草」(草玉梅 Anemone rivularis)の葉とも全く異なる.

*3 本草必讀』:(清)何鎭纂輯『本草綱目類纂必讀12巻圖説11巻主治4巻首2巻』康熙151676)序には,それぞれの図が掲げられ,「天南星」図には

天南星  宋開寶
     火炮易裂者南星」
經験方」治急中風日(目)瞑口禁(噤).無門下藥者.開關散.用大(天)
南星爲末.入白龍腦等分.五月五日午時合之.毎用中
指取末揩齒二三十遍.大牙左右.須臾.其口自開」とあり,一方「虎掌南星」図には
虎掌南星.根極相似.葉逈然不同.而功効相近.
古人通用之.故頌曰.天南星即本經虎掌也.」とあり,「虎掌と天南星は葉は全く異なるが,根はよく似ていて藥効も近い,だから蘇頌は『圖經本草』で両者は同一物と言ったのであろう」としている.なお,これらの図は,稲生版『本草綱目』に,そのまま転載されている.(前記事)

0 件のコメント: