2023年5月13日土曜日

ガーンジー・リリー (14-3) ハコネシダ 石長生 漢文献 神農本草経,本草經集注,新修本草,本草品彙精要,本草綱目,頭註国訳本草綱目,植物名實圖考

 ドイツ人博物学者エンゲルベルト・ケンペルは『廻国奇観』“Amœnitates Exoticæ”(1712)の中で,初めてイチョウを Ginkgoとして,西欧に紹介した.そのなかで,葉がホウライシダ類(Adiantum, 英名:Maiden hair fern)に似ている事を述べた.この著作にはホウライシダ屬のホウライシダ(Adiantum capillus-veneris L.)と彼が考定した植物が記載されている.
 将軍謁見のための江戸参府の道中に,箱根山中で薬効があると聞いて採取し,ハコネクサ(
Fákkona Ksa)とその名を記したハコネシダ(現在有効な学名:Adiantum monochlamys D.C.Eaton)である.彼の腊葉標本は現在も大英博物館に保存されている.

江戸前期からこのハコネシダ(ハコネサウ)と考定されていた「石長生」は,中国の古い本草書『神農本草経』にも記載されている薬草である.シダ類である事は確かだが,現在でもその本体は明確ではない.しかも,中国の本草書の「氣味」或は「主治」(薬効)には,ハコネサウの主たる薬効「(婦人の)産後産前の諸疾に妙」は無い.また,ケンペルの著作を見る限り,彼がホウライシダにそのような薬効があると,採取時に地元民に伝えたとの記述は見えない.
 なお,現在のハコネシダの中国名は「單蓋鐵線蕨 (石長生)」とあり(YList),石長生の名もあるが,日本の考定に影響を受けたとも考えられる.

文献画像はNDLの公開デジタル画像,或はInternet Archives よりの部分引用.植物圖は Plantillus.com より引用.


★『神農本草経』(後漢(25-220)から三国(220-263)の頃に成立)は神農氏の後人の作とされるが,実際の撰者は不詳である.365種の薬物を上品・中品・下品の三品に分類して記述している.上品は無毒で長期服用が可能な養命薬,中品は毒にもなり得る養性薬,下品は毒が強く長期服用が不可能な治病薬としている.実物は失われており,現在みることができるのは敦煌写本の残巻や『太平御覧』への引用などにすぎない.その復元を図ったものとしては,明代の盧復,清朝の孫星衍,日本の森立之によるものなどがある.
 森立之編『神農本草経』(1854)によると,「石長生。一名丹草。味鹹微寒。生山谷。治寒熱惡瘡大熱。辟鬼氣不詳」とある.


★梁の陶弘景(
456-536)『本草經集注』は、『神農本草経』に補注を加え,730種の薬名を記録し,本草学の基礎を築いた。その「草木下品」に
「石長生
味鹹、苦,微寒,有毒。主治寒熱惡瘡,大熱,辟鬼氣不祥。下三蟲。一名丹草。生咸陽山谷。
世中雖時有采者,方藥亦不複用。近道亦有,是細細草葉,花紫色爾。南中多生石岩下」とあり,前書の記述に性状や産地が加えられた.

★蘇敬『新修本草』(659)が勅撰され、陶弘景の書に修改が加えられた。この書の「卷第十一」には,
「石長生
味咸、苦,微寒,有毒。主寒熱惡瘡大熱,闢鬼氣不祥。下三蟲。一名丹草。生咸陽山谷。俗中雖時有採者,方藥亦不複用。近道亦有,是細細草葉,花紫色爾。南中多生石岩下,葉如光漆,高尺餘,不與餘草雜也。〔謹案〕今市人用■筋草為之,葉似青葙,莖細勁紫色,今太常用者是也。」とあり,性状がやや詳しく,葉がノゲイトウに似ていて,特に茎が細く紫色と記述された.(中国哲学書電子化計劃)
 なお,『続日本紀』の延暦6年(787515日条には典薬寮の上奏文として,『新修本草』は『本草集注』を包含したうえ100余条を増加しているので,今後は『本草集注』を用いないとの旨が記されている.つまり,それまでの『本草經集注』に替わり,これ以降,平安時代にかけて『新修本草』が日本では本草書の第一テキストの地位を占めた.


★劉文泰ら『本草品彙精要』(1505 は中国明代に書かれた勅撰本草書で,太医院院判の劉文泰らが編集にあたり,1505年(弘治18)に完成させ,孝宗に進呈した.彩色原図を付した豪華本であったが,明,清時代には刊行されることなく秘蔵され,その後,数奇な運命をたどり,現在は日本に陳蔵されている.文章だけは1937年に上海で出版され,このとき初めて本書が世に知られた.『証類本草』などと比較すると,その内容はきわめて簡素で,別名,形状,薬効などが項目別に記され,それまでの本草書のおもかげはまったく残されていない.
此書には,「石長生 有毒 叢生
石長生出神農本經主寒熱惡瘡大熱辟鬼氣不祥以上朱字
神農本經下三蟲以上黑字名醫所錄〔名〕丹草〔苗〕(陶隱居云)俗中雖有採者方藥亦不復
用是細細草葉花紫色爾南中多生石巖下葉似蕨
而細如龍鬚草大黑如漆高尺餘不興餘草雜也(唐
本注云)今市人用趻○筋草爲之葉似青葙莖細勁
紫色今太常用者是也(藥性論云)石長生皮亦云石
長生也味酸有小毒亦入藥用〔地〕(圖經曰)生咸陽山谷(陶隱居云)近道亦有之〔時〕(生)春生苗
〔採〕五月六月取莖葉〔収〕日乾〔用〕莖葉〔色〕〔味〕鹹苦〔性〕微寒洩〔氣〕味厚於氣陰也
〔臭〕〔主〕瘡癬諸蟲〔治〕〔療〕(藥性論云)療疥癬逐諸風治百邪鬼魅(別録云)下三」とある.

明の★李時珍『本草綱目』(1596)は,中国本草学の集大成であり,1871種の薬種を収録している.日本の本草学(博物学)にも大きな影響を与えた.この叢書の「草之九 石草類」(1596年刊,金陵版)には,


石長生 本經下品

【釋名】丹草本經丹沙草 (時珍曰)四時不凋故曰長生
【集解】(別録曰石長生生咸陽山谷(弘景曰俗中時有采者方
藥不複用近道亦有是細細草葉花紫色南中多生石
岩巖
下葉似蕨而細如龍須黑如光漆高尺餘不與余草雜也
(恭曰苗高尺許五、六月採莖葉用今市人用●(+筋草為之葉
似青葙莖細勁紫色今太常用者是也(時珍曰宋祁益部方
物記長生草生山陰蕨地修莖茸葉色似檜而澤經冬不凋
【氣味】鹹微寒有毒(普曰)神農苦雷公辛桐君甘(權曰)酸有小毒【主治】寒熱惡瘡大
熱辟鬼氣不祥本經下三蟲別録治疥癬,逐諸風,治百邪魅
【附錄】紅茂草圖經(頌曰)味苦大涼無毒主癰疽瘡腫焙研為
末冷水調貼一名地沒藥一名長生草生施州
四季枝葉繁故有長生之名春采根葉(
時珍曰案庚辛玉冊
云通泉草一名長生草多生古道丘壟荒蕪之地葉佀地丁
中心抽一莖開黃白花如雪又似麥飯摘下經年不槁根入
地至泉故名通泉俗呼禿瘡花此草有長生之
名不知与石
長生及紅茂草亦
一類否故並附之」とある.
また,第一巻には,石長生の図もあるが,その枠内には「鳳尾草」と註された何ともつかない植物が描かれている.なお,和名が「ホウビシダ(鳳尾羊歯)」(Asplenium unilaterale)というチャセンシダ屬の種があるが,現代中国では,「半邊鐵角蕨」or「單邊鐵角蕨」と呼ばれている.

★『頭註国訳本草綱目』白井光太郎(監修),鈴木真海(翻訳)(1929)では,牧野富太郎が,「(一)牧野云フ,先輩之レヲはこねぐさ(Adiantum monoclumis, Ent.)ニ充テ居レド中ラヌ,然シ何レノ種カ今其レハ能ク判ラヌ.植物名實圖考巻之十六ニ圖セルモノ果シテ眞物カ否カ判斷ニ苦シム.」とコメントして,以下のように和訳されている.
石長生(一)  (本經下品)
      和名 無し
      學名 不明
      科名 うらぼし科(水龍骨科)
【釋名】丹草(本經)、丹沙草。時珍曰く,四季を通じて凋まぬから長生といつたのだ。
【集解】《別錄》に曰く,石長生は咸陽の山谷に生ずる。
弘景曰く,俗に時にこれを採る者があるが,方藥には一向に用ゐない。近道にもある.これは細(ほそ)ぼそとした草で葉と花は紫色である。南方の地で石巖の下に多く生える.葉は蕨(けつ)に似て細く,龍鬚のやうで,色は光漆のやうに黑く,高さ一尺餘,他の草とは雜生せぬ。
恭曰く,苗の高さ一尺ばかり,五六月に莖,葉を採つて用ゐる。今の商人は●(+令)筋草(がんきんさう)をこの物として賣つている.葉は青葙(せいさう)に似て,莖は細く勁(つよ)く紫色だ.現に太常で用ゐてゐるはこの者である。
時珍曰宋祁の益部方物記に『長生草は山陰の蕨地に生じ,莖は長く,葉は叢(むらが)り散り,色は檜のやうで澤(つや)があり,冬を經て凋まぬ』とある.
【氣味】【鹹し,微寒にして毒あり。】普曰く神農は苦しといひ,雷公辛し。
といひ,桐君は甘しといふ。權曰く,酸し,小毒あり.
【主治】寒熱,惡瘡.大熱に鬼氣,不祥を辟(さ)ける.(《本經》)。三蟲を下す(《別錄》)。疥癬を治し,諸風を逐ひ,あらゆる邪魅を治す(權)。
【附錄】紅茂草(《圖經》)(以下略)

★呉其濬『植物名實圖考』(1848)は清末に刊行され,『植物名實圖考』三八巻と『同長編』二二巻は,薬草のみならず植物全般を対象とした中国初の本草書として名高い.本叢書には実物に接して描いた.かつて中国本草になかった写実的な図もある.その「巻之十六」には,
石長生

石長生本經下品陶隱居云似蕨而細如龍鬚草黑如光漆今蕨地多有之」とあり,ブラジルシシガシラ(Blechnum brasiliense)のような,中軸に着く羽片が細長い単葉のシダ類の絵が添えられている.

①植物名実図攷巻之十六石長生
Lowe, E.J., Ferns vol. 4, t. 38 p. 93 (1839)
Raddi, G.,Pl. Bras. Nov. Gen. vol. 1 (1825)

次記事では,日本の本草書における,「石長生」の記述や考定を追っていく.

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