2023年12月27日水曜日

クサギ (3) 西欧-3 シーボルト-1 NIPPON,日本植物經濟概要

Clerodendrum trichotomum

極東アジアに広く分布するシソ科(旧クマツヅラ科)の低木,日本産植物としてケンペルが紹介し,学名はツンベルクが付けた(前報).彼等に続いて出島のオランダ商館医師として滞日したシーボルト(フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン,Philipp Franz Balthasar von Siebold, 1796 1866,日本滞在 1823 1829, 1859 1862)は,江戸時代の日本の醫学と自然科学の近代化に貢献した.7年間(1823 -1829)の第一次滞日の帰国後に著した大冊 NIPPON” (1832 – 58/59) の江戸参府(1826)の紀行文中に日本の四季を彩る植物を記録し,八月に二種のクサギ属(クサギ,ヒギリ)の花が咲くことを記した.

 彼の日本滞在の目的の一つは,日本の有用な自然資源を調査し,当時下り坂であったオランダの経済を立て直すための資料とすることにあった.実際,滞日中の 1824年及び 1825年にチャノキの種を,オランダ領ジャワのバイデンゾルフ (Buitenzorg) 植物園に送っている.一回目の試みは先人たち同様失敗したが,二回目の試みは成功し,バイデンゾルフ植物園での栽培に成功し,やがてチャの栽培はジャワ全土に広がった.
  その他の日本産有用植物に関しても情報をあつめ,離日直後の
1830 年にバタビアで出版した『日本植物經濟概要 'Synopsis plantarum oeconomicarum universi regni Japonici'』には,447種の植物について,科で分類し,学名・和名・用途を短く記した.この書にクサギ(Gusaki)は若い葉が食用になり,ヒギリ(トウギリ,Tookiri)は街路樹として有用だとして記載し,また添付表には食用・藥用植物として「クサギ」を「臭梧桐」の漢名と共に記載した.

シーボルト “NIPPON Archiv zur Beschreibung von Japan und dessen Neben- und Schutzländern Jezo mit den südlichen Kurilen, Sachalin, Korea und den Liukiu-Inseln” (1897, Zweite Auflage) 97ページには,

“I.2 REISE NACH DEM HOFE DES SJŌGUN IM JAHRE 1826
Reise von Nagasaki bis Kokura

Wohl einen Monat und darüber bis zum August erscheint im äußeren Pflanzenleben keine auffallende Veränderung ; bloß hie und da zeigt sich noch eine spätblühende Staude oder ein Baum – Clerodendron, Hibiscus, Bignonia, Lagerstroemia4, und Arten von Patrinia, Eupatorium, Prenanthes5, und einzelne blühende Kräuter der früher erwähnten Gattungen sehen mit mattem Grün aus dem gelben Grase hervor. Baumfrüchte und Samen reifen, die Reisfelder erbleichen, und wo im Frühling Veilchen und Anemonen blühten, zeigen sich jetzt im September Strahlblumen, Glocken, Gentianen und einzelne Schirmpflanzen6.

4. Clerodendron trichotomum Thunb. (Kusagi), C. squamatumWahl. (Tōkiri). Hibiscus mutabilis Thunb. (Fujū), H. Syriacus L. (Mukuge). Bignonia grandiflora Jacq. (Nōsen kadsura). Lagerstroemia japonica (Saru suberi).” とあり,(冒頭図,

斎藤信訳『江戸参府紀行』(1967,東洋文庫 87)では
「長崎から小倉への旅 1826年二月二〇日 〔旧一月一四日〕
 おそらく八月まで一カ月かあるいはそれ以上の間、植物の外観上の生活には目立つほどの変化はあらわれない。ただそこここになおクサギ・トウキリ・フヨウ・ムクゲ・ノウセンカズラ・サルスベリのような遅咲きの木や、オトコメシ・オミナエシ・フシバカマ・ヒヨドリハナ・ツルニガナの類や前に述べた属のいくつかの花の咲く野草が、黄色い草の中からつやのない緑色をして顔をだす。」と訳されている.

  都立大学のシーボルトコレクションには,「クサギ」と同定されている腊葉標本が二枚(NO.1245 & 1244)収蔵されている(冒頭図,&)が, NO.1244 の初めの同定は「ヒギリ」であり,形状からだとヒギリのように思われる.この二枚の標本をシーボルト自身が作成したか否かは不明である.


 また離日直後の 1830 年にバタビアで出版した★『日本植物經濟概要には,447種の植物について,科で分類し,学名・和名・用途を短く記した.名称については不明や同定不能のものもある.添付されている表には,224項目の植物が用途別に列挙され,学名の他片仮名で和名及び漢字で漢名が記載されている.この表には.本文にはない16の酒・味噌などの加工品とその主原料の植物が記載されている.この片仮名・漢字の附表がどのように作成されたのか興味がある.出島滞在中に日本の植物学者の協力を得て元の表が作成され,バタビアにおいて,リトグラフで片仮名・漢字を表示したのであろう*

この書にクサギ(Gusaki)は若い葉が食用になり,ヒギリ(トウギリ,Tookiri)は街路樹として有用だとして記載し,また表では食用・藥用植物として「クサギ」を「臭梧桐」の漢名と共に記載した

VITICEÆ.

CI. CLERODENDRON , Linn.

* 186 C. trichotomum , Th. Gusaki , Japon,
     (v. v. h. b.)1)
 
    Usus: Folia adhuc tenera edunt.

187 C. Kaempferi, Sieb. Tookiri , Japon.
   (v. v. h. b.)
   Synon: Volkameria Kaempferi , L. E.
   Arbor formosissima ad ambulacra culta.

1) (v. v. h. b.): Quas ipse vidi vivas siccatasve, signis : (v. v.) (v. s.), quasque in horto botanico colui , signo : (h. b. ).
v. v.
:(日本に於て)生植物を観察した.h. b.:(出島の)植物園で栽培している.の意.


江戸時代の救荒書にはクサギの若葉が食されると記されており,近代・現代に於いてもお浸し,炒め物,くさぎな飯として調理される.

★岩崎常正(17861842)『救荒本草通解』全八巻,巻之四には
「臭竹樹 和名クサキ クジウ預州 クサギ石州 トウノキ仙臺豆州 センヘラヒヽノキヌ 蛮名
(中略)
春ノ嫩葉食フベシ樹中蠧蟲ヲ生スクサギノムシト云小児ノ病ヲ治ス薬ニ食セシム
(後略)」とある(左図).クジウ,クサギの「」は「」由来であろう.

木村陽二郎監修『図説草木名彙辞典』柏書房 (1991) によれば,他にも★遠藤泰通(義斎)「救荒便覧」1837(天保8)及び★小野職孝「救荒植物便覧」1843(天保11)にも,救荒食としてクサギの記事があるそうだが,未確認.

★徳島県教育会初等教育研究部女教員会編『阿波郷土食の伝承と将来』(1994)には

「(食品名)クサギナノアヘモノ シタシモノ, (材料)くさぎな,調味料, (調理)くさぎなの若葉をとり,茹でて半日位水につけておき油にていため,醤油にて味をつけ叉浸物にもする. (採集地)三好郡 池田」
「(食品名)クサギナメシ, (材料)くさぎなの葉,米, (調理)くさぎなの葉を米と一緒に混ぜて炊く. (採集地)那賀郡 加茂谷」とある.戦時下なので,地方での野草料理や糧飯(カテメシ)を掘り起こし,全県に普及しようという意図が感じられる.

★柿原申人『草木スケッチ帳 II』(2002)には,「クサギ うはべ美し底苦い
(中略)クサギの若葉は加熱すると匂いが抜けて食べられる.しかしゆがき方が下手だと苦みと臭みが残る.(中略)私がはじめて食べたのは熊本に知人からもらった,ちりめんじゃこ入りの佃煮.以来ファンになった.だけどアク抜きは難しい.ついゆがきすぎ,臭みは抜けたが味も抜けたとなりがちである.(後略)」とある.

*シーボルトが 182510月に出島で執筆し, 1830 年にドイツの「王立レオポルド・カロリンガー・アカデミー自然科学紀要 Kaiserliche Leopoldinisch-Carolinische Deutsche Akademie der Naturforscher,)」14 (2) に掲載された★『日本の植物学の現状,アジサイ属と本草学の日本の文献について』(Einige Worte über den Zustand der Botanik auf Iapan : in einem Schreiben an den Praesidenten der Akademie ; nebst, Einer Monographie der Gattung Hydrangea ; und, Einigen Proben Japanischer Litteratur über die Kräuterkunde, ⑨)にも,漢字・片仮名で書かれたアジサイ類の和名・漢字名及び和書籍名が挿入頁にある.


 片仮名の筆跡は『日本植物經濟概要』によく似ているが,「草」の読み「サウ」が本論文では「ソー」となっているなど異なる点もある.一方,漢字はいかにも原文を絵として見て真似をしていると思われ,これらの頁は原頁をドイツの職人がみて,リトグラフで描き印刷したと考えられる.基本的にシンプルな直線からできている片仮名は真似し易く,複雑な漢字はしにくかったのであろう.
 なお,このアジサイ属の研究報告書は,シーボルトが単独で発表した唯一の日本植物の論文ではないかと思われ,アジサイ科,アジサイ属のノリウツギ,タマアジサイ,クサアジサイの現在有効な学名の命名者として Siebold のみが記される原記載文献である.
Hydrangea paniculata Siebold
ノリウツギ,Hydrangea involucrata Siebold タマアジサイ,Hydrangea alternifolia Siebold クサアジサイ

続く

0 件のコメント: