Agrostemma githago
マザー・グース(Nursery
Rhymes)の「つむじ曲がりのメアリー」(Mary quite contrary)には,メアリーが庭で育てている花として ”Cockle-shells”
が謡われ,これはムギセンノウ(Corn Cockle, Agrostemma
githago)と思われる.しかし,18世紀中ごろには童謡集に収載されているこの童謡には,幾つかのバージョンがあり,特に最終行は変遷し,また歌自体の解釈にも諸説ある.(前々報参照).この記事では
1744年から1833年の集成本から,Mary quite contrary の歌詞や挿図を見ていく.
① 1744 Cooper, Mary " Tommy Thumb's Pretty Song-Book II"
② 1744 "Nancy Cock’s Song-Book" (Cotsen Children’s Library)
④ 1795 "Gammer Gurton's garland or, the nursery Parnassus"
⑤ 1833 Hale, Edward Everett "The Only True Mother Goose Melodies"
① 1744 Cooper, Mary “Tommy
Thumb's Pretty Song-Book II"
現存している Nursery Rhymes
の集成本では最も古い書と考えられている.Book I は新聞に発刊の予告の広告はあるものの,見つかってはいない.この第二巻には 39 の歌が収載されており,その多くは,現在のマザーグース集成本にも取り上げられている*1が,歌詞の一部が変わっていたり,歌詞の内容が不適切として掲載されていない歌もある.この書に
18
Mrs. Mary.
Miſtreſs Mary:
Quite contrary,
How does your
Garden grow,
With Silver Bells,
And Cockle Shells,
And ſo my Garden grows.
*ſ : Long s
と載っている.最終行が現在最もよく知られている
“And maidens all a row” とは異なるが,最初の四行が Mistress
Mary への問いかけで,後の三行がそれに対する回答とすれば,首尾一貫している.
一方挿絵は尻尾の長いお猿さんが,貝殻が置かれた庭路で,ベルをつけた木を陶製プランターに植えているという,不思議な絵で,このままだと Mistress Mary がサルという事になる.隠された意味があるのであろうか
1*:よく知られている歌では,”Lady Bird”, “Sing a Song of
Sixpence”, “The Mouse ran up ye Clock”, “Mrs. Mary”, “Bah, Bah, a black Sheep”,
“Who did kill Cock Robbin”, “London Bridge”, “London Bells” などが収載されている.
② 1744 "Nancy Cock’s Song-Book" (Cotsen Children’s Library)
この書の第二部には 27 の歌が収載されており,その多くの歌詞は,①“Tommy Thumb's Pretty Song-Book II" とほぼ同じであるが,異なるものもあり,また挿絵は全く異なる.
例えば “Mary, Mary Quite
Contrary” では,最終行の歌詞は “Sing cuckolds all a-row” となり,挿図では4人の
“cuckolds” が貴婦人の前に列をなしている.彼等の帽子には “cuckold(寝取られ夫)” の象徴である角が着けられている.
(32)
Mrs Mary
Mrs Mary
Quite contrary,
How does your Garden grow?
With Silver Bells,
And Cockle Shells,
Sing cuckolds
all a-row
最終行の “Sing cuckolds all a row” は,当時よく知られていたダンス音楽の題名であったらしい.即ち John Playford “The Dancing Master.” (1651) の (15) には男性二人,女性二人(或は,男性四人,女性四人)が踊る “Cuckolds all arow” の音譜と振り付けが載っている.更に後の版では (304) “Cockle-Shells” という男性四人,女性四人で踊る曲の音譜と振り付けが載っている.
なぜ “Cuckolds” のような不適切とも思われる言葉が子供向けの童謡集に載っているのか,歴史的な意味があるのかもしれないが.不思議.
③一方,タイトルが紛らわしいが,c. 1780 “Nancy
Cock’s Pretty Song Book” では次のように,最終行の “Cuckolds”
が,” Cock-a-doodle-do” になる(左図③).
Mrs Mary
Mistress Mary
Quite contrary,
How does your garden grow
With silver bells,
And cockle shells,
Sing Cock-a-doodle-do.
この版では,先述の書とは,最後の1 行が異なって,不適切な “cuckolds” が変更され.”Sing Cock-a-doodle-do” と終わるので,「コケコッコーを歌え」,または,silver bells と cockle shells が「 コケコッコーを歌う」 ということになる.”Cock-a-doodle-do” が唐突で,cuckolds と同じ[k]の音で始まるとはいうものの,押韻の点でも不揃いであり,唄としてのまとまりには欠ける.唐突な 「コケコッコー」 の展開は音の点では子ども読者には面白いかもしれない.挿絵は歌詞とは全く関係なさそうだ.
④
1795 Joseph Ritson "Gammer Gurton's garland or, the nursery Parnassus"
“Gammer Gurton's
Garland: or, The Nursery Parnassus” は,英国の好古家 Joseph
Ritson (1752 - 1803) が編纂した,英国わらべ歌(nursery rhyme)の集成書のはしり.1784年に 79 の歌を収載した最初の版が出版されたが,リプリントの度に掲載歌謡が加えられていった.良く知られているマザーグースの歌のいくつかは,この書で初めて記録された*2.1810年の第三版では,初版の79に加え,55の歌が新たに収載されている.確認できた1795年版には,
(46)
Miſtreſs Mary
Mistress Mary,
Quite contrary,
How does your garden grow?
With cockle ſhells,
And silver bells,
And cowslips all arrow.
ſ : Long s
とあり,cockle shells とsilver bells の登場順序が異なり,最終行の「並んでいる」のが,cowslip という黄色いサクラソウ科の花(Primula veris, キバナノクリンザクラ)になっていて,cockle
shell と
silver bell も花の名前であることを示す.この最終行はKate
Greenway の絵本でも使われている(次記事).
なお,題名に使われている
”Gammer Gurton” という名称は,Ritson のオリジナルではなく,16世紀の喜劇 “Gammer Gurton's Needle” に出てきており,ここから英国では「典型的なおばあさん」を現す名前となった.
2*:"Bye, baby
bunting", "Goosey, goosey gander", "See-saw, Margery
Daw", "The rose is red, the violet blue", "There was an old
woman who lived in a shoe" 等
⑤
1833 Hale, Edward Everett "The Only True Mother Goose
Melodies"
米国ボストンで出版され,初めて「マザーグース」の名前が題名にはいった童謡集.英国では
“Nursery Rhymes” が用いられていたが,米国では “Mother
Goose” が主流.日本には米国から書籍が入ったため,英国の童謡を含めて,初期から「マザーグース」と称するようになった.(例えば,北原白秋『白秋童謡集
第3集 まざあ・ぐうす』アルス (1923) )
この書では
81
Mistress Mary, quite contrary,
How does your Garden grow?
With silver bells and cockle shells,
And maidens all a row
と,⑥と同じく,現在良く謡われている
“And maidens all a row” が最終行となっている.挿絵は歌詞とは全く関係なさそうだ.cockle shells とsilver bells の登場順序は①-③と同じで,現在一般的に謡われているのと,同じ順.
追記
⑥1796 Hook, Mr. James, (1746-1827) “A Christmas box : containing the following bagatelles: Goosy, goosy, gander--” (1796)クリスマスに子供たちのために演奏される曲を集めたと思われる楽譜本で,ここには “How Does My Lady’s Garden Grow” というタイトルで,ピアノ(Piano Forte)若しくはハープ(Harp)の伴奏で歌われる二重唱の唄が載っている.その歌詞は
How does my Lady’s garden grow,
with Silver Bells and Cockle shells,
and pretty Maids all in a row.
で,何度か繰り返される.
“Mary, Mary, quite contrary” という冒頭部分はないものの,最終行が初めて ”and pretty Maids all in a row” である資料である。
続く