2024年7月22日月曜日

ムギセンノウ (8) Mother Goose “Mary quite contrary”-1. 1744 – 1833

Agrostemma githago

マザー・グース(Nursery Rhymes)の「つむじ曲がりのメアリー」(Mary quite contrary)には,メアリーが庭で育てている花として ”Cockle-shells” が謡われ,これはムギセンノウ(Corn Cockle, Agrostemma githago)と思われる.しかし,18世紀中ごろには童謡集に収載されているこの童謡には,幾つかのバージョンがあり,特に最終行は変遷し,また歌自体の解釈にも諸説ある.(前々報参照).この記事では 1744年から1833年の集成本から,Mary quite contrary の歌詞や挿図を見ていく.


1744 Cooper, Mary " Tommy Thumb's Pretty Song-Book II"
1744 "Nancy Cock’s Song-Book" (Cotsen Children’s Library)
1795 "Gammer Gurton's garland or, the nursery Parnassus"
1833 Hale, Edward Everett "The Only True Mother Goose Melodies"

1744 Cooper, Mary “Tommy Thumb's Pretty Song-Book II"

現存している Nursery Rhymes の集成本では最も古い書と考えられている.Book I は新聞に発刊の予告の広告はあるものの,見つかってはいない.この第二巻には 39 の歌が収載されており,その多くは,現在のマザーグース集成本にも取り上げられている*1が,歌詞の一部が変わっていたり,歌詞の内容が不適切として掲載されていない歌もある.この書に

        18
      Mrs. Mary.
Miſtreſs Mary:
Quite contrary,
How does your
Garden grow,
With Silver Bells,
And Cockle Shells,
And ſo my Garden grows.

*ſ : Long s
と載っている.最終行が現在最もよく知られている “And maidens all a row” とは異なるが,最初の四行が Mistress Mary への問いかけで,後の三行がそれに対する回答とすれば,首尾一貫している.
 一方挿絵は尻尾の長いお猿さんが,貝殻が置かれた庭路で,ベルをつけた木を陶製プランターに植えているという,不思議な絵で,このままだと Mistress Mary がサルという事になる.隠された意味があるのであろうか
 1*:よく知られている歌では,”Lady Bird”, “Sing a Song of Sixpence”, “The Mouse ran up ye Clock”, “Mrs. Mary”, “Bah, Bah, a black Sheep”, “Who did kill Cock Robbin”, “London Bridge”, “London Bells” などが収載されている.

1744 "Nancy Cock’s Song-Book" (Cotsen Children’s Library)

この書の第二部には 27 の歌が収載されており,その多くの歌詞は,①“Tommy Thumb's Pretty Song-Book II" とほぼ同じであるが,異なるものもあり,また挿絵は全く異なる.
 
例えば “Mary, Mary Quite Contrary” では,最終行の歌詞は “Sing cuckolds all a-row” となり,挿図では4人の “cuckolds” が貴婦人の前に列をなしている.彼等の帽子には “cuckold(寝取られ夫)の象徴である角が着けられている.
   (32)
 Mrs Mary

 Mrs Mary
 Quite contrary,
 How does your Garden grow?
 With Silver Bells,
 And Cockle Shells,
 Sing cuckolds all a-row

最終行の “Sing cuckolds all a row” は,当時よく知られていたダンス音楽の題名であったらしい.即ち John Playford “The Dancing Master.” (1651) (15) には男性二人,女性二人(或は,男性四人,女性四人)が踊る “Cuckolds all arow” の音譜と振り付けが載っている.更に後の版では (304) “Cockle-Shells” という男性四人,女性四人で踊る曲の音譜と振り付けが載っている. 


なぜ “Cuckolds” のような不適切とも思われる言葉が子供向けの童謡集に載っているのか,歴史的な意味があるのかもしれないが.不思議.

一方,タイトルが紛らわしいが,c. 1780  “Nancy Cock’s Pretty Song Bookでは次のように,最終行の “Cuckolds” が, Cock-a-doodle-doになる(左図③).


  Mrs Mary
  Mistress Mary
  Quite contrary,
  How does your garden grow
  With silver bells,
  And cockle shells,
  Sing Cock-a-doodle-do.
 この版では,先述の書とは,最後の1 行が異なって,不適切な “cuckolds” が変更され.”Sing Cock-a-doodle-do” と終わるので,「コケコッコーを歌え」,または,silver bells cockle shells が「 コケコッコーを歌う」 ということになる.”Cock-a-doodle-do” が唐突で,cuckolds と同じ[k]の音で始まるとはいうものの,押韻の点でも不揃いであり,唄としてのまとまりには欠ける.唐突な 「コケコッコー」 の展開は音の点では子ども読者には面白いかもしれない.挿絵は歌詞とは全く関係なさそうだ.

1795 Joseph Ritson "Gammer Gurton's garland or, the nursery Parnassus"

“Gammer Gurton's Garland: or, The Nursery Parnassus” は,英国の好古家 Joseph Ritson (1752 - 1803) が編纂した,英国わらべ歌(nursery rhyme)の集成書のはしり.1784年に 79 の歌を収載した最初の版が出版されたが,リプリントの度に掲載歌謡が加えられていった.良く知られているマザーグースの歌のいくつかは,この書で初めて記録された*21810年の第三版では,初版の79に加え,55の歌が新たに収載されている.確認できた1795年版には,

(46)
Miſtreſs Mary
Mistress Mary,
Quite contrary,
How does your garden grow?
With cockle ſhells,
And silver bells,
And cowslips all arrow.

ſ : Long s

とあり,cockle shells silver bells の登場順序が異なり,最終行の「並んでいる」のが,cowslip という黄色いサクラソウ科の花(Primula veris, キバナノクリンザクラ)になっていて,cockle shell silver bell も花の名前であることを示す.この最終行はKate Greenway の絵本でも使われている(次記事).
 なお,題名に使われている ”Gammer Gurton” という名称は,Ritson のオリジナルではなく,16世紀の喜劇 “Gammer Gurton's Needle” に出てきており,ここから英国では「典型的なおばあさん」を現す名前となった.

2*"Bye, baby bunting", "Goosey, goosey gander", "See-saw, Margery Daw", "The rose is red, the violet blue", "There was an old woman who lived in a shoe"

1833 Hale, Edward Everett "The Only True Mother Goose Melodies"

米国ボストンで出版され,初めて「マザーグース」の名前が題名にはいった童謡集.英国では “Nursery Rhymes” が用いられていたが,米国では “Mother Goose” が主流.日本には米国から書籍が入ったため,英国の童謡を含めて,初期から「マザーグース」と称するようになった.(例えば,北原白秋『白秋童謡集 3 まざあ・ぐうす』アルス (1923)

この書では
   81
 Mistress Mary, quite contrary,
 How does your Garden grow?
 With silver bells and cockle shells,
 And maidens all a row
と,⑥と同じく,現在良く謡われている “And maidens all a row” が最終行となっている.挿絵は歌詞とは全く関係なさそうだ.cockle shells silver bells の登場順序は①-③と同じで,現在一般的に謡われているのと,同じ順.

追記

⑥1796 Hook, Mr. James, (1746-1827) “A Christmas box : containing the following bagatelles: Goosy, goosy, gander--” (1796) 

クリスマスに子供たちのために演奏される曲を集めたと思われる楽譜本で,ここには “How Does My Lady’s Garden Grow” というタイトルで,ピアノ(Piano Forte)若しくはハープ(Harp)の伴奏で歌われる二重唱の唄が載っている.その歌詞は
  How does my Lady’s garden grow,
  with Silver Bells and Cockle shells,
  and pretty Maids all in a row.
で,何度か繰り返される.

 
“Mary, Mary, quite contrary” という冒頭部分はないものの,最終行が初めて ”and pretty Maids all in a row” である資料である。

続く

2024年7月19日金曜日

ムギセンノウ(7) Agatha Christie “HOW DOES YOUR GARDEN GROW?” 『あなたの庭はどんな庭?』

 「ミステリーの女王」と称されるアガサ・クリスティー(Agatha Christie, 1890 - 1973)は,幼いころから親しんだ英国の童謡 “Nursery rhyme (Mother Goose)” をモティーフにした小説を幾つか著わしている.その中には,歌詞に沿った犯罪が起こる小説もあるし(“And Then There Were None” 『そして誰もいなくなった』),単に題名に使ったもの(“Hickory Dickory Dock” 『ヒッコリーロードの殺人』)もあるが,“HOW DOES YOUR GARDEN GROW?”『あなたの庭はどんな庭?』では,ポアロが訪問先の庭をみて思い出した英国の童謡 Mistress Mary, quite contrary” が犯罪の解明につながる.

“HOW DOES YOUR GARDEN GROW?” は,1935 年に “the Ladies Home Journal” で発表され,1939 年にアメリカで短編集 “The Regatta Mystery and Other Stories” に,1974 年に英国で短編集 ”Poirot’s Early Cases” に収載された.邦訳は何篇かあるようだが,中村妙子訳が『クリスティー短篇集10 黄色いアイリス』早川書房 (1980) に『あなたの庭はどんな庭?』の題名で収められている(以下和文の引用はこの翻訳に依る).また,1991 年にはTVドラマ化されている.TVドラマは,原作より大分ストーリーが盛られているが,それなりに面白い.(以下,ネタバレあり)

原作では,エルキュール・ポアロ(Hercule Poirot)が,老婦人ミス・アミーリア・バロウビー(Miss Amelia Barrowby)から,321日付けの調査依頼の手紙を受け取る事から始まる.その後すぐにこの老婦人の死亡記事を秘書のミス・レモン(Miss Felicity Lemon)が新聞紙上で見付けた事から,ポアロは不審におもい,バッキンガムシャー,チャーマンズ・グリーンの「ローズバンク荘」という彼女の屋敷を訪問する事とした.死亡を知らないふりをして来訪を連絡すると.同居していた姪の,メアリー・デラフォンテーン(Mary Delafontaine)からは断りの手紙が届いた.しかし旅行中で受け取らなかった事として,ポアロはローズバンク荘を訪れた.玄関までの前庭の小道を,美しく整えられた花壇を観賞しながら歩いて行ったポアロは,何事もきちんとしていなければ気になるので,花壇の縁取りに違和感を覚える.そして,童謡の Mary, quite contraryを思い出す.

“Rosebank was a house that seemed likely to live up to its name, which is more than can be said for most houses of its class and character.
Hercule Poirot paused as he walked up the path to the front door and looked approvingly at the neatly planned beds on either side of him. Rose trees that promised a good harvest later in the year, and at present daffodils, early tulips, blue hyacinths — the last bed was partly edged with shells.
  Poirot murmured to himself, ‘How does it go, the English rhyme the children sing?

   ‘Mistress Mary, quite contrary,
   How does your garden grow?
  With cockle-shells, and silver bells.
  And pretty maids all in a row.

  ‘Not a row, perhaps,’ he considered, ‘but here is at least one pretty maid to make the little rhyme come right.’
  The front door had opened and a neat little maid in cap and apron was looking somewhat dubiously at the spectacle of a heavily moustached foreign gentleman talking aloud to himself in the front garden. She was, as Poirot had noted, a very pretty little maid, with round blue eyes and rosy cheeks.”

「ローズバンク荘はその名にふさわしい花の咲き乱れる家だった。この程度の民家としては、これはなかなか大したことだ。
 エルキュール・ポアロは玄関へ通じる小径を歩きながらおりおり立ち止って両側の花壇を感に堪えぬように眺めた。いずれもよく計画されて作られている。もっと後の開花を約束しているばらの木もあったが、らっぱ水仙、早咲きのチューリップ、青いヒヤシンスといった花々がいまを盛りと咲いていた。花壇の一つは一部、貝殻で縁どられていた。
 ポアロはひとりごとのようにつぶやいた。「子どもたちがよく歌うあのイギリスの童謡はどういう文句だったっけ?

  つむじまがりのメアリーさん
  あなたの庭はどんな庭?
  トリガイの殻、銀の鈴
  きれいなねえさん、ひとならび

 ひとならびじゃあないが、すくなくとも歌の文句通りに、きれいなねえさんが一人、出てきたぞ」
玄関のドアがあき、キャップとエプロンをつけた小ざれいなメイドがポアロを少々うさんくさげな表情で眺めた。外国人らしいが、口ひげを蓄え、庭の前に立って何やらぶつぶついっている,何とも妙な人だと思っているようだった。このメイドはつぶらな青い目とばら色の頬の、じっさいなかなかきれいな娘だった。」

メアリー・デラフォンテーンからは調査は断られたものの,地元警察の刑事の話から,老婦人はストリキニーネの大量摂取で殺害された.ただ夕食に女中が用意した食物はいずれも薄味で,致死量のストリキニーネを混入したら,到底飲み込めない味になってしまうという事が分かった.被疑者になったのは,ロシア系で,老婦人の看護婦兼付き添いを務めていたカトリーナ・リーガー(Katrina Rieger)で,彼女が与えた消化剤のカプセルに毒物が含まれている可能性が指摘された.
 しかし,ポアロは,花壇に置かれた牡蠣の殻の数が少なく,縁取りの役目をはたしていない事から,噛まずに飲み込む牡蠣の身で,ストリキニーネを包んで摂取させたと見破った.秘書のミス・レモンの協力で,メアリーが地元の鮮魚店で牡蠣を一ダース半購入した事を突き止め,自白に追い込んだ.園芸好きメアリーは,蛎殻の始末に困り,縁取りとして花壇に並べたのであった.

"Hercule Poirot betook himself to Rosebank. As he stood in the front garden, the sun setting behind him, Mary Delafontaine came out to him.
‘M. Poirot?’ Her voice sounded surprised. ‘You have come back?’
‘Yes, I have come back.’ He paused and then said, ‘When I first came here, madame, the children’s nursery rhyme came into my head:
  ‘Mistress Mary, quite contrary,
  How does your garden grow?
  With cockle-shells, and silver bells,
  And pretty maids all in a row.
‘Only they are not cockle shells, are they, madame? They are oyster shells.’ His hand pointed.
He heard her catch her breath and then stay very still. Her eyes asked a question.
  He nodded. ‘Mais, oui, I know! The maid left the dinner ready — she will swear and Katrina will swear that that is all you had. Only you and your husband know that you brought back a dozen and a half oysters — a little treat pour la bonne tante. So easy to put the strychnine in an oyster. It is swallowed — comme ça! But there remain the shells — they must not go in the bucket. The maid would see them. And so you thought of making an edging of them to a bed. But there were not enough — the edging is not complete. The effect is bad — it spoils the symmetry of the otherwise charming garden. Those few oyster shells struck an alien note — they displeased my eye on my first visit.’
(中略)
Hercule Poirot said slowly, ‘I think, madame, that you have cared in your life for two things only. One is your husband.’
He saw her lips tremble.
‘And the other — is your garden.’
He looked round him. His glance seemed to apologize to the flowers for that which he had done and was about to do.”

「ポアロはローズバンク荘に行った。前庭にたたずむ彼の背後で、夕日が沈みつつあった。メアリー・デラフォンテーンが出てきた。
「ポアロさんですの?」意外そうな声音だった。「またいらしたんですか」
「はい、またうかがいました」とちょっと言葉を切ってから続けた。「はじめてこちらにうかがいましたとき、マダム、私の頭にはある童謡が浮びました。
  つむじまがりのメアリーさん
  あなたの庭はどんな庭?
  トリガイの殻、銀の鈴
  きれいなねえさん、ひとならび
 ただこの場合はトリガイではなかったのです。カキの殻だったんですよ」と指さした。
 はっと息を呑む音が聞えただけで、ミセス・デラフォンテーンは黙って立っていた。物問いたげな目がポアロに向けられていた。
 ポアロはうなずいた。「そうです。私にはなにもかもわかっています。メイドは食事を用意して出かけた - 彼女も、カトリーナも、夕食に出たのはそれだけだと断言するでしょう。あなたがたご夫婦だけが知っている。あなたが、一ダース半のカキを買って帰ったということをね -
叔母さまへのご馳走として。カキは噛まずにのどを通るから、ストリキニーネを入れやすい。しかし、殻が残る。ごみバケツにいれるわけにはいかない。メイドが気がつくでしょうから。
 それであなたは、花壇をそれで縁どることを思いついた。しかし、あいにく数が足らず - ぐるっと隈なく縁どるわけにいかなかった。当然、見てくれがよくない - まったく非の打ちどころがない庭がその花壇だけ、シンメトリーを欠いて見えた。あの貝殻は不協和音を打ち出していました - はじめてうかがったときに、私はこれは感心しないと思ったんですよ」
(中略)
 エルキュール・ポアロはゆっくりいった。「あなたは、マダム、一生涯、ただ二つのものだけを愛してこられた。まずご主人」
 相手の唇がわなわなと震えるのをポアロは見た。
 「それから - あなたの庭と」
 ポアロはまわりをぐるっと見まわした。たったいま彼がやったこと、これからしようとしていることに対して、庭の花々にゆるしを乞うかのように。」

メアリーが逮捕されると,この庭を世話する人が居なくなってしまう.引退したら装飾用のオモチャカボチャ*1vegetable marrow, Cucurbita pepo L.)を育てたいと考えている園芸好きのポアロは,美しく咲いているメアリーの庭の花々に詫びたのであろう.

TVドラマでは,


①ポアロ(David Suchet)は老婦人(Margery Mason)とチェルシーのフラワーショーで遭遇し,その時にストック*2の空の種袋を渡される.
②手紙に書かれていた「ローズバンク荘」の住所はバッキンガム州ではなく,Charman's Green, Surrey (サリー州チャーマンズ・グリーン)となっている.
③時節は3月ではなくフラワーショーが開催される 5月.従ってメアリー(Anne Stallybrass)の庭に咲く花もバラやデルフィニウムやニコチアナなど夏の花-2, 4
④老婦人が人を呼ぶためのベル(silver bell)が,花壇に埋められているのをポアロが発見.より童謡に近くなる-2, 3
⑤ソ連大使館の職員(Nicholai: Peter Birch)がカトリーナ(Catherine Russell)と恋仲で,スパイ活動らしい怪しい行動をとる.
⑥最初の訪問からミス・レモン(Pauline Moran)が同道し,その日のうちに大団円を迎える -2
⑦原作には登場しないヘイスティング大尉(Captain Arthur Hastings: Hugh Fraser)やジャップ主任警部(Inspector Japp: Philip Jackson)が活躍?.
⑧追い詰められたメアリーが自殺を図って飲んだ除草剤(WEED-KILLER)の容器の中身は,夫(Henry Delafontaine: Tim Wylton)が隠れ飲みをしていたウィスキーで,自殺は未遂に終わる.
  等が異なるが,それなりに見ごたえがあって面白い.

1*:『ビッグ・フォー』の最後で言及,『アクロイド殺人事件』では実践中
2*
:空のストック Stock (Matthiola incana) の袋は,姪夫婦に大切な「貯え」或は/及び「株」を横領され,空に近くなった事の隠喩的メッセージか?


オモチャカボチャ 左よりRevue horticole, sér. 4 (1852-1974), Van Houtte, Fl. Serres, vol. 12 (1857)Rev. Hort. (Paris), ser. 4 vol. 66 (1894)

2024年7月2日火曜日

ムギセンノウ (6) 『秘密の花園』,本当は怖い「マザー・グース」, Cockle は責め道具?

Agrostemma githago


F. H.
バーネット秘密の花園』(Frances Hodgson Burnett “The Secret Garden” (1911), 冒頭図-1)の第二章で,両親を亡くしてインドから英国に渡航するため,最初に暮らした英国人牧師の家で,不器量でしかめっ面ばかりしていた主人公のメアリー・レノックス (Mary Lennox) が,土を盛り上げ花などを挿して庭を作くる一人遊びをしていた時,その家の悪童バジル(Basil)が,からかう歌を唄った.
"Mistress Mary, quite contrary,
  How does your garden grow?
  With silver bells, and cockle shells,
  And marigolds all in a row."
この戯れ歌の中の cockle shellsは,最後の行の “marigold” や,その後の物語の展開からして,小麦畑の雑草で,庭でも栽培される Corn cockle(ムギセンノウ,Agrostemma githago,冒頭図-2 であると考えられる.Cockle とはザルガイ(Cardiidae)類(冒頭図-3, British Zoology Vol. 4, Tab. LIII (1812))の事で,この貝の特徴である貝殻表面の放射肋(蝶番部から伸びる放射状の畝)がムギセンノウの花弁の筋状の模様と似ているからだと思われる.
 このからかう歌の部分の和訳を,読むことのできた書 + 私訳で並べると,


岩下小葉訳『秘密の花園』(1917) 実業之日本社
つむじ曲がりのお毬(まり)さん/その花園(はなぞの)はどうなつた
銀のつり鐘(がね)、いたら貝(がひ)/金仙花(きんせんくわ)まで並(なら)べ立(た)て

藤森淳三訳『秘密の花園』(1932) 春陽堂
意地惡(いぢわる)のメリイさんや/お前(まへ)のお庭(には)はどうなつた
銀鐘(ぎんがね)、貝殻(かひがら),金仙花(きんせんくわ)、/がらくた道具(だうぐ)をならべ立て---

吉田勝江訳『秘密の花園』(1958) 岩波少年文庫
つむじまがりのメアリさん/おまえのお庭はどうなった?
銀鈴 かいがら キンセンカ/ならんだ ならんだ 一列に

岡上鈴江訳『秘密の花園』(1975) 旺文社文庫
メリーさんは 意地っぱり/あんたのお庭は,どんなです?
銀のつりがね どうかん草/きんせんかまで ひと並び

猪熊葉子訳『秘密の花園』(1979) 福音館書店
つむじ曲がりのメリーさん、/あんたのお庭にゃ何が咲く?
銀鈴花(ぎんれいか)に貝殻菊(かいがらぎく)、/ならんで咲いたは金蓋花

渡辺南都子訳『秘密の花園』(1992) 童心社
メアリーさまは,へそまがり/お庭のお花はいかがです?
シルバーベルに,貝殻に/マリーゴールドもせいぞろい

野沢佳織訳『秘密の花園』(2000)  西村書店
つむじまがりのメアリさん/お庭のようす、いかがです〜
銀のベルに、貝のから/それにきれいなキンセンカ/ずらりならんで、咲いてます

土屋京子訳『秘密の花園』(2007) 光文社古典新訳文庫
つむじまがりのメアリ嬢/お庭はどんなあんばいで?
銀の鈴と、貝がらと/マリーゴールド並べて植えちゃった

私訳 (2012
メアリー嬢様 あまんじゃく/お庭に植えたは どんな花
銀のスズラン ムギセンノウ/キンセンカまで ならんでる

 この歌は,英国の童謡集として知られる “Mother Goose” に収載の歌の一つ, Mary Quite Contrary(つむじ曲がりのメアリー)の一つのバージョンで,最後が「マリーゴールド(トウキンセンカ)が並んでいる」となっているが,一般的なのは,最後の行が『秘密の花園』と歌とは異なる.その歌とは,

  “Mary, Mary, quite contrary
How does your garden grow?
With silver bells and cockleshells
And pretty maids all in a row.”
である.

 谷川俊太郎訳『マザー・グース 愛される唄70』(渡辺茂・解説)(1996) では,
つむじまがりの メアリさん-50

つむじまがりの メアリさん/おにわのはなは いかがです?
かいがらならべて ぎんのすず/きれいなねえやも おそろいだ」

とあり,解説には「Mary, Mary「メアリ様」.’Mistress Mary・・・’ というversionもある。contraryk]《口語》「つむじ曲がりの」「かた意地の」。発音に注意。How does your garden grow?「お庭の具合はいかがです?」。よく引用される文句で、新聞などの暴露記事の見出しに使われた。する。例えば政治家などがいかがわしい手段で蓄財をしたような場合、「お宅のお庭(暗に不動産などを指す)はどうしてそんなに大きくなるの?」などの意味を匂わせて皮肉る。マザー・グースを知らないと、その引喩(allusion)の面白さも通じない。silver bells「銀の祭鈴」.Sanctus bellとも言い、キリスト教で「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」(Sanctus, Sanctus, Sanctus)の聖歌を歌うときに鳴らす。cockle shells「ザルガイ類の貝殻」.聖地巡礼の際に身につけたと言われる。pretty maids「きれいな乙女たち」.‘maid’ のこの用法は詩語または古語。‘Mary’は聖母マリア(Saint Mary)を指すとか、いやスコットランド女王メアリ(在位1542 - 67)ではとか.したがって「きれいな乙女たち」は修道女、あるいは女王の当時有名だった4人の侍女たち(Four Marys)というように、この唄には宗教的・政治的解釈があるがはっきりしない。しかし、それがまたこの唄の魅力になっているようだ。なお、この唄には18世紀以前の文献例はない。」とある.

★谷川俊太郎(訳),堀内誠一(絵)『マザー・グース ベスト 第2(2000) では,つむじまがりの メアリふじん

Mistress Mary, Quite contrary,
How does your garden grow?
With Silver Bells, And Cockle Shells,
And pretty maids all in a row.” のバージョン
が収載され,

「つむじまがりの メアリふじん/おにわのはなは いかがです?
かいがらならべて ぎんのすず/きれいなねえやも おそろいだ」

と訳され,挿絵にはスコットランド女王メアリ(在位1542 - 67)と思われる高貴な夫人が,銀の鐘をつるした樹形を模した柱と,巻貝の貝殻を縁取りにした庭園で,Four Marys をイメージした四人のお付きと共に花に水をやる光景が描かれている.

このように,最終行は色々変化し,現存する最も古い詩*(c. 1744)では,And so my garden grows. (文末)で,その他, With lady bells all in a row. Sing cuckolds all in a row. And cowslips all of a row(冒頭図-4). And columbines all in a row. などが記録されている(Opie, Peter; Opie, Iona Archibald The Oxford Dictionary of Nursery Rhymes(1952) など
 最終行の変遷については,夏目康子『英国伝承童謡 “Mary, Mary, quite contrary” の Opie 版にいたる過程の検証 ― 最終行をめぐって―』大妻女子大学紀要―文系― No. 55,(2023年3 月) に詳しい.

最も広く詠われているのは,

 “Mary, Mary, quite contrary
How does your garden grow?
With silver bells and cockleshells
And pretty maids all in a row.”

で,この歌には,秘められた怖ろしい意味があるという説がある.(Beware Of Mother Goose: 6 Horrifying Nursery Rhymes Decoded, KERA | By Courtney Collins, Five little-known facts about Queen Mary I - The History Press 等多数)


則ち,
Mistress Mary
は,王位につくや多くの新教徒たちを断罪した英国女王メアリ一世(Mary I of England, Mary Tudor, or Bloody Mary, 1516 - 1558, 在位1553 - 1558)を,
Garden
は,処刑された新教徒を葬った墓地を,
Silver Bell
Cockle Shellは,拷問の責め具を,そして
pretty maid
は,罪人を処刑するための小型のギロチン様器具 (Maiden) を現すのだという.
この歌の最古の記録*は
18 世紀なので,メアリ一世の在位中には謡われてはいなかっただろうが,宗教上の迫害の記憶は長く残り,後の世にこのような戯れ歌が謡われても不思議ではない.
 “Silver Bell
とは,罪人の指を挟み,ネジを回すことで,圧迫を増して苦痛を加える拷問具で,Cockle Shellは,“instruments of Torture attached to the genitals” の事で,これはネジを回すことで器具を押し広げ,挿入された罪人に苦痛を与える拷問具であるそうな.

 これ以外にもマザー・グースには,いくつもの歴史の出来事や,結構残酷な事象が謡われているという事である(藤野紀男『マザーグースのミステリー』 (2009) ミネルヴァ書房). 

*:Mary Cooper “Tommy Thumb's Pretty Song Book, Volume II” (1744) に次のように著わされているのが初出とされる.挿絵ではどういう訳かお猿さんがベルの下がった木を植えているように見え,前にはホタテガイの貝殻が並んでいる(出典:Wikimedia, Internet Archives).

        18
      Mrs. Mary.

Miſtreſs Mary:

Quite contrary,

How does your

Garden grow,

With Silver Bells,

And Cockle Shells,

And ſo my Garden grows.

*ſ : Long s