Agrostemma githago
★F. H. バーネット『秘密の花園』(Frances Hodgson Burnett “The Secret Garden” (1911), 冒頭図-1)の第二章で,両親を亡くしてインドから英国に渡航するため,最初に暮らした英国人牧師の家で,不器量でしかめっ面ばかりしていた主人公のメアリー・レノックス (Mary Lennox) が,土を盛り上げ花などを挿して庭を作くる一人遊びをしていた時,その家の悪童バジル(Basil)が,からかう歌を唄った.
"Mistress Mary, quite contrary,
How does your garden grow?
With silver bells, and cockle shells,
And marigolds all in a row."
この戯れ歌の中の “cockle shells” は,最後の行の “marigold” や,その後の物語の展開からして,小麦畑の雑草で,庭でも栽培される Corn cockle(ムギセンノウ,Agrostemma githago,冒頭図-2) であると考えられる.Cockle とはザルガイ(Cardiidae)類(冒頭図-3, British Zoology Vol. 4, Tab. LIII (1812))の事で,この貝の特徴である貝殻表面の放射肋(蝶番部から伸びる放射状の畝)がムギセンノウの花弁の筋状の模様と似ているからだと思われる.
このからかう歌の部分の和訳を,読むことのできた書 + 私訳で並べると,
★岩下小葉訳『秘密の花園』(1917) 実業之日本社
つむじ曲がりのお毬(まり)さん/その花園(はなぞの)はどうなつた
銀のつり鐘(がね)、いたら貝(がひ)/金仙花(きんせんくわ)まで並(なら)べ立(た)て
★藤森淳三訳『秘密の花園』(1932) 春陽堂
意地惡(いぢわる)のメリイさんや/お前(まへ)のお庭(には)はどうなつた
銀鐘(ぎんがね)、貝殻(かひがら),金仙花(きんせんくわ)、/がらくた道具(だうぐ)をならべ立て---
★吉田勝江訳『秘密の花園』(1958) 岩波少年文庫
つむじまがりのメアリさん/おまえのお庭はどうなった?
銀鈴 かいがら キンセンカ/ならんだ ならんだ 一列に
★岡上鈴江訳『秘密の花園』(1975) 旺文社文庫
メリーさんは 意地っぱり/あんたのお庭は,どんなです?
銀のつりがね どうかん草/きんせんかまで ひと並び
★猪熊葉子訳『秘密の花園』(1979) 福音館書店
つむじ曲がりのメリーさん、/あんたのお庭にゃ何が咲く?
銀鈴花(ぎんれいか)に貝殻菊(かいがらぎく)、/ならんで咲いたは金蓋花
★渡辺南都子訳『秘密の花園』(1992) 童心社
メアリーさまは,へそまがり/お庭のお花はいかがです?
シルバーベルに,貝殻に/マリーゴールドもせいぞろい
★野沢佳織訳『秘密の花園』(2000) 西村書店
つむじまがりのメアリさん/お庭のようす、いかがです〜
銀のベルに、貝のから/それにきれいなキンセンカ/ずらりならんで、咲いてます
★土屋京子訳『秘密の花園』(2007) 光文社古典新訳文庫
つむじまがりのメアリ嬢/お庭はどんなあんばいで?
銀の鈴と、貝がらと/マリーゴールド並べて植えちゃった
★私訳 (2012)
メアリー嬢様 あまんじゃく/お庭に植えたは どんな花
銀のスズラン ムギセンノウ/キンセンカまで ならんでる
この歌は,英国の童謡集として知られる “Mother Goose” に収載の歌の一つ, “Mary Quite Contrary” (つむじ曲がりのメアリー)の一つのバージョンで,最後が「マリーゴールド(トウキンセンカ)が並んでいる」となっているが,一般的なのは,最後の行が『秘密の花園』と歌とは異なる.その歌とは,
“Mary, Mary, quite contrary
How does your garden grow?
With silver bells and cockleshells
And pretty maids all in a row.”
である.
★谷川俊太郎訳『マザー・グース 愛される唄70選』(渡辺茂・解説)(1996) では,
「つむじまがりの メアリさん-50
つむじまがりの メアリさん/おにわのはなは いかがです?
かいがらならべて ぎんのすず/きれいなねえやも おそろいだ」
とあり,解説には「Mary, Mary「メアリ様」.’Mistress Mary・・・’ というversionもある。contrary[k]《口語》「つむじ曲がりの」「かた意地の」。発音に注意。How does your garden grow?「お庭の具合はいかがです?」。よく引用される文句で、新聞などの暴露記事の見出しに使われた。する。例えば政治家などがいかがわしい手段で蓄財をしたような場合、「お宅のお庭(暗に不動産などを指す)はどうしてそんなに大きくなるの?」などの意味を匂わせて皮肉る。マザー・グースを知らないと、その引喩(allusion)の面白さも通じない。silver bells「銀の祭鈴」.Sanctus bellとも言い、キリスト教で「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」(Sanctus, Sanctus, Sanctus)の聖歌を歌うときに鳴らす。cockle
shells「ザルガイ類の貝殻」.聖地巡礼の際に身につけたと言われる。pretty maids「きれいな乙女たち」.‘maid’ のこの用法は詩語または古語。‘Mary’は聖母マリア(Saint Mary)を指すとか、いやスコットランド女王メアリ(在位1542 - 67)ではとか.したがって「きれいな乙女たち」は修道女、あるいは女王の当時有名だった4人の侍女たち(Four Marys)というように、この唄には宗教的・政治的解釈があるがはっきりしない。しかし、それがまたこの唄の魅力になっているようだ。なお、この唄には18世紀以前の文献例はない。」とある.
★谷川俊太郎(訳),堀内誠一(絵)『マザー・グース ベスト 第2集』(2000) では,「つむじまがりの メアリふじん
“Mistress Mary,
Quite contrary,
How does your garden grow?
With Silver Bells, And Cockle Shells,
And pretty maids all in a row.” のバージョンが収載され,
「つむじまがりの メアリふじん/おにわのはなは いかがです?
かいがらならべて ぎんのすず/きれいなねえやも おそろいだ」
と訳され,挿絵にはスコットランド女王メアリ(在位1542 - 67)と思われる高貴な夫人が,銀の鐘をつるした樹形を模した柱と,巻貝の貝殻を縁取りにした庭園で,Four Marys をイメージした四人のお付きと共に花に水をやる光景が描かれている.
このように,最終行は色々変化し,現存する最も古い詩*(c. 1744)では,And so my garden grows. (文末)で,その他, With lady bells all in a row. Sing cuckolds all in a row. And
cowslips all of a row(冒頭図-4). And columbines all in a row. などが記録されている(Opie, Peter; Opie, Iona Archibald “The Oxford Dictionary of Nursery Rhymes”(1952) など)
最終行の変遷については,夏目康子『英国伝承童謡 “Mary, Mary, quite contrary” の Opie 版にいたる過程の検証 ― 最終行をめぐって―』大妻女子大学紀要―文系― No. 55,(2023年3 月) に詳しい.
最も広く詠われているのは,
“Mary, Mary, quite contrary
How does your garden grow?
With silver bells and cockleshells
And pretty maids all in a row.”
で,この歌には,秘められた怖ろしい意味があるという説がある.(Beware Of Mother Goose: 6 Horrifying Nursery Rhymes Decoded, KERA |
By Courtney Collins, Five little-known facts about Queen Mary I - The History
Press 等多数)
則ち,
“Mistress Mary” は,王位につくや多くの新教徒たちを断罪した英国女王メアリ一世(Mary I of England, Mary Tudor, or Bloody Mary, 1516 - 1558, 在位1553 - 1558)を,
“Garden” は,処刑された新教徒を葬った墓地を,
“Silver Bell” と “Cockle Shell” は,拷問の責め具を,そして
“pretty maid” は,罪人を処刑するための小型のギロチン様器具 (Maiden) を現すのだという.
この歌の最古の記録*は 18 世紀なので,メアリ一世の在位中には謡われてはいなかっただろうが,宗教上の迫害の記憶は長く残り,後の世にこのような戯れ歌が謡われても不思議ではない.
“Silver Bell” とは,罪人の指を挟み,ネジを回すことで,圧迫を増して苦痛を加える拷問具で,“Cockle Shell” は,“instruments of Torture attached to the genitals” の事で,これはネジを回すことで器具を押し広げ,挿入された罪人に苦痛を与える拷問具であるそうな.
これ以外にもマザー・グースには,いくつもの歴史の出来事や,結構残酷な事象が謡われているという事である(藤野紀男『マザーグースのミステリー』 (2009) ミネルヴァ書房).
*:Mary Cooper “Tommy Thumb's Pretty Song Book, Volume II” (1744) に次のように著わされているのが初出とされる.挿絵ではどういう訳かお猿さんがベルの下がった木を植えているように見え,前にはホタテガイの貝殻が並んでいる(出典:Wikimedia, Internet Archives).
18Mrs. Mary.
Miſtreſs Mary:
Quite contrary,
How does your
Garden grow,
With Silver Bells,
And Cockle Shells,
And ſo my Garden grows.
*ſ : Long s
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