2011年1月22日土曜日

Narciss Japonicus Rutilo Flore 日本赤花水仙,ネリネ・サルニエンシス,ガーンジー・リリー,コルニュ,ケンペル,リンネ,ツンベルク・熊楠

Nerine sarniensis 南アフリカ原産のこの花は,日本原産と誤解された上,長い間ヒガンバナと混同されていた.

17世紀,鎖国前の日本から帰路についていた英国あるいはオランダの船がイギリス海峡で難破し,ガーンジー島(旧名サルニエ島)に荷物が流れ着いた.数年後,この「きわめてまれな悲しい事故のおかげで」……その地の海岸の砂浜に「この花が華麗な美しきで咲き誇る」ことになった.
日本から来たと考えられたこの花は1634年の10月にパリの庭園で咲き,その次の年にはジャック・フィリップ・コルニュ (コルヌトゥス,1606 - 1651)の『カナダ植物誌』("Canadensis plantarum historia":1635)に ” Narciss I(J)aponicus Rutilo Flore (日本赤花水仙)”として「楽しく好ましい図」と共に記載された(左*1).
しかし,本当はこの球根は,難破した船が途中に寄港した南アフリカで積み込んだもので,JAPONICUS の名は,全くの誤解からであった.

さらに混乱は深まる.1690-2年日本に滞在したケンペルは『廻国奇観』(1712)で,石蒜(ヒガンバナ)はコルニュのいう Narciss Japonicus Rutile Flore と同じであるとした(右下図上:京都大).

その後ダグラスは、英名がガーンジー・リリー(Guernsey Lily)であるこの花を、島の古名に因みリリウム・サルニエンセ(Lilium sariniuense)と命名し、原産地は日本だとした(1725年*2).

さらにリンネは『植物の種 Species plantarum』の1753年版のp293において,これをアマリリス・サルニエンシス(Amalyris sarniensis)としている。

リンネの弟子で1775 – 1756年日本に滞在したツンベルクは,日本の植物を始めて学名で紹介した『日本植物誌 Flora Japonica』(1784年)で,長崎で見たヒガンバナを,このアマリリス・サルニエンシスと同定した(右図下;ハーバード大).

この誤解はずっと生き続け,冒頭に示した Curtis の『 Botanical Magazine 』の Guernsey Lily の図譜(1795年,銅版手彩色)のテキストにおいても,コルニュ,ケンペル,ツンベルクの著作が引用され,この植物の原産地は日本であるとされている.一方学名はHerbard W. によって立てられたNerine 属の Nerine sarniensis とされた(1820年, International Plant Names Index).
あの博学な南方熊楠も大正4年(1915年)の『日本及日本人』の元旦号に発表された『石蒜の話』で,日本原産説をよしとして「本種(ガーンジー・リリー)は石蒜たること疑いを容れず」との立場をとったとの事(*2).

ところが、その後の再検討により、コルヌチのいう「赤花日本水仙」はヒガンバナではなく,南アフリカはケープ地方原産のネリネ・サルニエンシスであり,ヒガンバナとは異なることが明らかになった(Gray 1938年 Muntschick 1983年*2,).
最初からアフリカが原産の植物だったのであるが,ケンペルもツンベルクも同定を誤ったことになる.

*1:ウィルフリッド・ブラント『植物図譜の歴史-芸術と科学の出会い』森村健一訳 八坂書房 1986
*2:栗田子郎 千葉大学名誉教授  ヒガンバナの民俗・文化誌 http://www5e.biglobe.ne.jp/~lycoris/higanbana-minzoku.bunka-6.html



ガーンジー・リリーはその名の通り,イギリス王室属領ガーンジー島のシンボルとなり,貨幣や切手のモチーフとなっている.

私が,この植物に興味を持ったのは,Curtis の Botanical Magazine にどんな日本の植物が取り上げられているか知りたいと,そのテキストを Japan or Japon で検索した時,この植物がヒットした.Description では "native in Japan" となっているが,図譜を見たところヒガンバナと良く似ているが,何か雰囲気が違う.そこで調べたところ,『植物図譜の歴史』の挿図とその記述や,栗田子郎先生の興味深いお話に遭遇し,この植物の歴史を知る事となった.

ぜひ,この図譜を手に入れたいと思っていたが,昨年暮れに e-Bay のオークションで英国のディーラーから $34.00 で購入できた.

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