Solanum tuberosum シェークスピアには,原文で “potato” が登場する戯曲が二つある.「ウィンザーの陽気な女房達 The Merry Wives of Windsor (1602?)」と「トロイラスとクレシダ The History of Troilus and Cressida (1602?)」で,
前者の第5幕第5場では,逢引と信じ込んで森に忍んだ騎士フォルスタッフが,ウィンザーの商家の妻達にからかわれる場面に,
MRS. FORD. Sir John! Art thou there, my deer, my male deer.
FALSTAFF. My doe with the black scut! Let the sky rain potatoes; let it thunder to the tune of Greensleeves, hail kissing-comfits, and snow eringoes; let there come a tempest of provocation, I will shelter me here.
のせりふがあり,和訳では「馬鈴薯」(坪内逍遥),「ぽてとー」(三上勲,西川正身),「ジャガイモ」(小田島雄志)となっている.
後者の第5幕第2場では,口汚いギリシア人のサーサイティーズが,ギリシアの将軍ダイアミディーズと,トロイの王子トロイラスの恋人クレシダの痴話話を聞いて言う
THERSITES. How the devil luxury, with his fat rump and potato finger, tickles these together! Fry, lechery, fry!
のせりふがあり,和訳では「甘藷(ポテト)指」(坪内逍遥),「いやらしい指先」(小田島雄志)となっている.
前記事に述べた様に,この時代は単に “potato” と言えばサツマイモの事であり,多くの人の前で演じることを前提に書かれた脚本なので,これらのせりふの “potato” はみんなに知られているサツマイモを指すと考えられる.いずれも情欲が絡んだ場面だが,当時はサツマイモには催淫作用があると考えられていたので,観客はどっと沸いたと思われる.
さて,ジャガイモがヨーロッパで普及するようになる背景には,飢餓や戦争に伴う食糧危機があった.ジェームス・ワットが蒸気機関を発明した 1769 年の翌年から四年間,ヨーロッパは悪天候に見舞われ,不作続きでひどい食糧難に陥った.この飢饉を救ったのが,他ならぬジャガイモだったといわれている.
フランスでは,ブザンソンのアカデミーが飢餓の軽減のために募集した救荒作物に,薬剤師のパルマンティエ (Antoine Parmentier 1737 – 1813) はジャガイモを提案し (1773),栽培法と調理法の研究を続けた.ルイXVI世もこの運動を推進し,王妃マリー・アントワネットに夜会でジャガイモの花を身につけさせたり,パルマンティエにジャガイモの栽培・普及のためにベルサイユ近くの畑を貸与したりした.パルマンティエはわざと「王侯貴族が食べる非常に美味で滋養に富むものなので,盗んだものは厳罰に処す」といった看板を立てて昼間は武装したガードマンで厳重に見張り,農民の興味を引き,夜は警戒を解いて盗みやすいようにしたというエピソードも伝わっている.
(続く)
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8 年前