2014年9月9日火曜日

ヒャクニチソウ-5  属名 G. ツィン,リンネ,K. セピン,J. ヒル,P. ミラー 保留名・廃棄名

Zinnia elegans
2014年 7月
メキシコを中心に北米南部から南米北部に広がるヒャクニチソウ属には,一年性・多年性の草本と灌木,約20種が知られる.属名,Zinnia は,リンネがドイツ・ゲッティンゲン大学の植物学教授で,また人間の目の解剖学者で,現在もAnnulus of Zinn(チン小動脈輪),Zonule of Zinn(チン小帯)に名を残すヨハン・ゴットフリート・ツィン(Johann Gottfried Zinn 1727-1759)に献名した.

Zinn 教授はゲッティンゲン大学の植物園で栽培していた植物の目録,”Catalogus plantarum Horti academici” (1757) に,南米から来たキク科の植物,現在では Zinnia peruviana の学名で知られる植物(マンネンヒャクニチソウ)を,ルドベキアの一種として,” Rudbeckia foliis oppositis hirsutis ovato-acutis, calyce imbricatus, radii petalis pistillatis” と記載した(左図,右部).

リンネはこの植物が Rudbeckia 属ではない事を明らかにし,Zinn 教授にちなんだ Zinnia 属を1759年に新たに立てた(右図Syst. Nat., ed. 10: 1189, 1221, 1377. 7 Jun 1759).

現在では,この Zinnia という属名は,国際植物学会議 (International Botanical Congress, IBC) の国際藻類・菌類・植物命名規約(International Code of Nomenclature for algae, fungi, and plants, ICN)によって,先名主義の例外措置の対象になっている,保留名(nomina conservanda : nom. cons.) である.

ICN によれば,二名法の学名は,1753 5月出版のリンネの『植物の種』の記載をスタートとする*ことになっていて,これより古い文献に記載があっても取り上げられない.一方これ以降は,先に文献に発表された学名が先取権を有して正名となる.しかし、現在使われている学名が,すでに長い間一般に通用し,慣れ親しんでいる場合には,かえって混乱をきたすことになるので,これを避けるために,そのような学名は IBC での常設命名法委員会の全体委員会の承認の上,保留名としてリスト化され*、その学名に対して先取権のある名前があっても,それは,廃棄名(nomen rejiciendum: nom. rej.)とし,保留名を使うように決められている*.

Zinnia 属の場合,リンネがこの属名を発表したのは,1759年であるが1753年以降で1759以前にこの属について述べた文献が二報あり,一つはロシアの植物学者 Constantin Scepin (Константин Иванович Щепин, 1728-1770)  “De Acido Vegetabili 42. 1758. (Acid. Veg.) “ (Mai 1758) に,リンネと同じく,Zinn教授の文献を引用して記した Crassina であり(左図),もう一つは英国の植物学者の John Hill (1716-1775) が,リンネの数か月前に ”Exotic Botany Illustrated, in Thirty-five Figures of Curious and Elegant Plants t. 29. 1759. (Exot. Bot.)”  (Feb-Sep 1759) に記載した Lepiaである.

先名主義を厳格に適用すると,現行の Zinnia 属は,Crassina 属に替えなければならないが,2003年のウィーンでの IBC で採択された INTERNATIONAL CODE OF BOTANICAL NOMENCLATURE (VIENNA CODE) APPENDIX IIIA, NOMINA GENERICA CONSERVANDA ET REJICIENDA, E.  SPERMATOPHYTA. E3. Dicotyledones に,

 nomina conservanda

 nomina rejicienda
Zinnia L., Syst. Nat., ed. 10: 1189, 1221, 1377. 7 Jun 1759 [Comp.].  
Typus: Z. peruviana (L.) L. (Chrysogonum peruvianum L.).
(≡)
Crassina Scepin, Acid. Veg.: 42. 19 Mai 1758.
(=)
Lepia Hill, Exot. Bot.: 29Feb-Sep 1759. 
Typus: non designatus.

()        nomenclatural synonym (i.e., homotypic synonym, based on the same nomenclatural type as the conserved name; Art. 14.4), usually only the earliest legitimate one being listed (but more than one in some cases in which homotypy results from type designation).
Nomenclatural synonyms of rejected names, when they exist, are cited instead of the type. Nomenclatural synonyms that are part of a type entry are placed in parentheses (round brackets).

(=)          taxonomic synonym (i.e., heterotypic synonym, based on a type different from that of the conserved name), to be rejected only in favour of the conserved name (Art. 14.6 and 14.7).
Heterotypic synonym (taxonomic synonym). A name based on a type different from that of another name referring to the same taxon.

とあり Crassina は「命名法上の異名」,Lepia は「分類学上の異名」と位置づけられ,Zinnia が,"nomina conservanda"(保留名)であるのに対して,いずれも “nomina rejicienda” (廃棄名)であるとされ,文献上は後発であるにもかかわらず,Zinnia使い続けていいと確認されている.

リンネが『植物の種』を出版したからといって,ただちにその彼の二名式学名や分類体系が西欧に広く認められたわけではない.

特に英国ではなかなか受け入れられなかったようで,スコットランド系英国人の植物学者・園芸家フィリップ・ミラー Philip Miller (1691–1771) による有名な『園芸家事典 Gardeners Dictionary』(1731年初版)では,1759年の第7版にいたってはじめて Larix Vanilla などのリンネがたてた属や,一部の植物に二名式学名を用いたが,それでも採用というには不十分なものだった.そして,完璧に二名式学名が採用されたのは,1768年の第8版であった.しかしこの版でも Zinnia という属名はなく,ミラーの死後,ケンブリッジ大の植物学教授 Thomas Martin (1735-1825) によって補訂された第9版 (1807) に初めて Zinnia 属が収載された.

彼の『園芸家事典』に収載された植物の中から美しく珍しい植物を精選し,その図をまとめた『園芸事典収録植物図集 Figures of the most Beautiful, Useful, and Uncommon plants described in the Gardeners dictionary』の第一巻 (1755) には,ヒャクニチソウ属の植物の彩色図譜があるが,それは Bidensセンダングサ)の仲間とされている(左上図).

また,ジョーン・ヒル John Hill (1716-1775) “THE VEGETABLE SYSTEM. OR, The INTERNAL STRUCTURE, AND The LIFE of PLANTS” の第二巻 (1761) の第 63 図には彼がつけた属名 Lepia の植物として,Golden Scalewort の名で ヒャクニチソウ属の Zinnia peruviana と思われる花が銅版で描かれている.彼は,この植物の萼(花筒,Cup)がまるでタルクの小片の鱗片や魚の鱗のようなので Scale-wort と名づけたと記している(右図).

*国際藻類・菌類・植物命名規約(メルボルン規約)2012 日本語版,日本植物分類学会国際命名規約邦訳委員会[訳・編集],北隆館 (2014)

第4節 優先権の原則の制限
第13条
13.1.次の生物群の学名の正式発表は,それぞれ下記の日付を出発点と定める.
(a)種子植物 SPERMATOPHYTA とシダ植物 PTERIDOPHYTA,属以下のランクの学名,1753年 5月 1日(Linnaeus,Species plantarum, ed. 1)。

第14条
14.1.本命名規約の諸規則,特に第13条が規定する命名の出発点の日付にはじまる優先権の原則を厳密に適用することによって生ずる命名法上の無益な変更を避けるために,この規約では保存される科,属および種の学名(nomina conservanda)のリストが付則 II-IV に用意されている(勧告 50E.1 をみよ)。

14.2.学名の保存は,命名法の安定のために最も役立つ学名を維持することが目的である。

用語解説
本規約で使用されている用語の定義

conserved name(nomen conservandum)保存名:(1)発表時に非合法的であったか優先権を欠いていたとしても,合法的で他の特定の学名に対して優先すると裁定された科,属または種の学名,または場合によっては属の下位区分あるいは種内分類群の学名(第14.1-14.7条,第14.10条,付則 II,付則III および付則 IV)。

rejected name 廃棄名:使用してはいけないと規定された学名。本命名規約中の他の規定に優先される第 14 条または第 56.1 条(nomen rejiciendum と nonmen utique rejiciendum をみよ)のもとでの正式な措置のため,あるいは発表の際に命名法上不要(第 52 条)ないし後続同名(第 53 条および第 54 条)であったため。

種小名に関しては次の記事に述べる.
ヒャクニチソウ-6 種小名 Zinnia elegance vs. Z. violacea, Sessé, Cavanilles, Jacquin, Andrews, Curtis, nom. cons., nom. rej.
ヒャクニチソウ-4 美術・短歌・俳句

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