2015年1月13日火曜日

ヤブミョウガ-2/8 「杜若」 本草経集注,新修本草,本草和名,和名類聚抄,名語記,下学集,カキツバタ(誤用),犬子集,毛吹草

Pollia japonica 

ヤブミョウガは長い期間「杜若」と考定されてきたので,日本における「杜若」考定の変遷をみる.

古くの日本の本草学は,中国から渡来した本草書,主に『本草綱目』に記載された品目を,日本の品目に当てはめる考定の学問と言っても過言ではなかった.試料が実物ではなく乾燥や修治された状態で入ってきた場合,或いは情報が文章や簡単な図でのみの場合は,その考定が正しくない場合も数多くあった.「杜若」もその一つで,初期には考定が出来ず,またその後長期間誤った考定が続いた.

日本には,飛鳥初期までに陶弘景の『本草経集注(500頃成) が伝来されたと考えられている.復元されたその書の「杜若」の項には「味辛,微,無毒。主治胸脅下逆氣,中,風入腦,頭腫痛,多涕出,眩倒目,止痛,除口臭氣。久服益精,明目,輕身,令人不忘。一名杜蘅,一名杜蓮,一名白蓮,一名白芩,一名若芝。生武陵川澤及宛。二月、八月采根,曝乾。(得辛夷、細辛良,惡茈胡、前胡。)
今處處有。葉似薑而有文理,根似高良薑而細,味辛香。又似旋複根,殆欲相亂,葉小異爾。《楚詞》云山中人兮芳杜若。此者一名杜蘅,今複別有杜蘅,不相似。(《大觀》)」とある.

さらに,奈良時代には唐の蘇敬が著した『新修本草(659)も渡来した.これは第9次遣唐使(717-718)がもたらしたらしい.『続日本紀』の延暦6 (787) 515日条には典薬寮から上奏文として,『新修本草』を調査したところ,この書はそれまで用いていた『本草経集注』を包含したうえ100余条を増加しているので,今後は『新修本草』を用いるべきと提案され,これが許されたと記されている.

『続日本紀巻第卅九〈起延暦五年正月、尽七年十二月。〉』「《延暦六年(七八七)五月戊戌【十五】》○戊戌。典薬寮言。蘇敬注新修本草。与陶隠居集注本草相検。増一百余条。亦今採用草薬。既合敬説。請行用之。許焉。(戊戌。典藥寮言。蘇敬注新修本草。与陶隱居集注本草一百餘條。亦今採用草藥。用之。許焉。)

これ以降,平安時代にかけて『新修本草』が本草書の標準になったと考えられる.
新修本草』「卷第七<篇名>杜若」には,「容:味辛,微,無毒。主胸脅下逆氣,中,風入腦,頭腫痛,多涕,出。眩倒目,止痛,除口臭氣。久服益精明目,輕身,令人不忘。一名杜衡,一名杜蓮,一名白蓮,一名白芩,一名若芝。生武陵川澤及宛。二月、八月采根,曝幹。
得辛荑、細辛良,惡柴胡、前胡。今處處有。葉似姜而有文理,根似高良姜而細,味辛香。又似旋根,殆欲相亂,葉小異爾。《楚辭》雲∶山中人兮芳杜若。此者一名杜衡,今復別有杜衡,不相似。
〔謹案〕杜若,苗似廉姜,生陰地,根似高良姜,全少辛味。陶所註旋根,即真杜若也。」とある.

この記述を受けての日本での「杜若」の考定は,

平安時代の延喜年間(901 - 923)に編纂された★深根輔仁撰『本草和名』には,「杜若 一名杜衡一名杜連一名白蓮一名白芥 (中略)  出隠居本草注 唐」とあるが,和名はない(左図 NDL).

984年(永観2年)朝廷に献上された★丹波康頼(912 – 995)撰『医心方』の「第七巻 草上之下三十八種」には「杜若 唐」とあるのみで,和名はない.

★源順『和名類聚抄』(931 - 938),那波道円 []1617刊本)には,『新修本草』で「杜若」の一名とされる「杜衡」の項はあるが,「杜若」の項は見当たらない. また,「杜衡」の項の内容は「杜若」とは全く異なる.

鎌倉時代の語源辞書★経尊『名語記』(1275)一〇「かきつばた如何。杜若とかけり」(未確認,出典:小学館『日本国語大辞典』第二版)

室町時代の日本の古辞書の一つ★東麓破衲編『下学集』(1444年成立) 巻下之三,艸木門の「杜若」に「カキツバタ」のふり仮名があるが,説明はない(右図NDL).

平安・鎌倉・室町時代までは中国本草書から「杜若」という薬草があることは分かっていたが,それが日本のどの植物に該当するのかは分かっておらず,室町後期には「カキツバタ」という,誤った読み仮名が振られていた.カキツバタを杜若と書く誤用は以降,物語・歌の世界で今にいたるまで用いられている.

松江重頼『犬子集』(1633)三・「杜若 見る人や何の用事もかきつばた〈重頼〉」(愛知県立大学図書館).
松江重頼『毛吹草』(1645)巻第二 連歌四季之詞 初夏 「杜若 皃よ花(かおよばな*)」.

なお,奈良時代の『万葉集(785) には,カキツバ(ハ)タはいくつかの歌に詠われており,その際の表記は「垣播,垣津旗,垣津播,加吉都播多」である.

*「かきつばた」の別名.かおよぐさ,かおよばな,かきつ,かいつばた.(小学館『日本国語大辞典』第二版)

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