2018年10月8日月曜日

キヌガサソウ (3)-仮 学名の変遷.日本植物目録,Mem. Soc. Phil. Paris,牧野 植物學雜誌,増訂草木図説,改正増補植物名彙,札幌博物学会会報,牧野日本植物図鑑

Kinugasa japonica
1974年7月 岐阜県  高山市 奥飛騨温泉郷 神坂 鏡平
キヌガサソウは,その葉状が貴人のために挿す「布笠」に似ているので,名づけられたという(『牧野日本植物図鑑』(1940)).英名もこれを英訳した Canopy plant で,その説明として,葉状が,” resembling the umbrella-like ceremonial canopies held over Japanese Emperors in ancient times”,「古く,儀式の際に日本の皇帝に挿しかけられた天蓋に似ている」からだとしている.

前記事のように飯沼慾斎はこれを Paris 属(ツクバネソウ属)であろうとしていたが,フランシェとサバティーニは Trillidium 属(エンレイソウ属の旧名)として,Trillidium japonicum の学名を与えた (1879) が,後にフランシェはParis 属に転属させ,Paris japonica とした (1889).その後松村任三はエンレイソウ属に戻し,Trillium japonicum とした.
しかし,1935年に,館脇操,須藤千春は新たに Kinugasa 属を設立,学名を K. japonica として発表し,現在これが正名とされているが,シノニムである Paris japonica を使用している論文も海外には多い.

学名を最初に付けたのは★サバティエPaul Amédée Ludovic Savatier, 18301891)とフランシェ (Adrien René Franchet, 1834-1900) で,彼らの共著の『日本植物目録(Enumeratio Plantarum in Japonia Sponte Crescentium, 1875-79.) の第二巻の 56 頁には

“TRILLIDIUM Kunth.
1875 Japonicum Franch. et Sav. sp. nov. (Quoad genus dubium).
Hab. in umbrosis regionis montanæ : Nippon, in monte
Hak’ san legit Dr Rein (Savatier, n. 2945). Fl. Jul.
JAPONICE. — Kinou Kasa so.
Icon. Jap. — So mokou Zoussetz, vol. 7, fol. 84, sub :
Kinou kasa so. - Phonzo zoufou, yol. 25, fol. 2 recto,
sub : Kinou Kasa so. — Icon pulcherrima!”
日本の深山の湿地に生える草本.ライン博士が白山で採取 (Savatier, n. 2945).花期:七月
和名:キノウカサソウ
和書の画像:草木図説 第七巻 第八十四圖下
キノウカサソウ:本草図譜 第二十五巻 第二圖(正確)
キノウカサソウの図は美しい!」
とあり,ライン博士*が白山で採取した標本をサバティエが持ち帰った.和名はキノウカサソウ,草木図説・本草図譜に描かれている図は非常に正確で美しいとしている.

*ライン博士:ヨハネス・ユストゥス・ライン (Johannes Justus Rein1853 - 1918)
プロイセン王国政府の命により,日本の工芸調査を名目に1874年(明治7年),来日.工芸研究のかたわら,北海道を除く日本各地を旅行し,地理や産物を調査した.ラインを日本に送りこんだプロイセン政府の意図は,「当時ヨーロッパで人気のあった漆器をプロイセンでつくる」「堅牢な塗料としての漆を兵器のサビ止めとして利用する」ために,ウルシノキを持ち帰らせようというものであった.結果としてこの目論みは失敗に終わった.
同年7月,白山の自然と白山信仰について調べるために白山登山を行う.その帰路に石川県白峰村(現白山市)に立ち寄り,手取川右岸の当時「大崩れ」と呼ばれていた地点で,十数個の植物の化石を拾い,友人のガイラー (H. Th. Geyler) に調査を依頼した.ガイラーは,この化石がジュラ紀中期ごろのものであることをつきとめ,1877年に“Fossile Pfianzenaus der Juraforrnation Japans” Palaeontogr, Bd. XXIV (1877) に発表した.これが日本の古生物学の始まりとされている.

その後,フランシェは Mem. Soc. Phil. Paris* (1889) 291. で,キヌガサソウをParis 属(ツクバネソウ属)に転属させ,学名を Paris japonica Franch. とした.(この雑誌の原文をネットで探したが,見いだせなかった.)

牧野富太郎は,『植物學雜誌 第百三十九號』(1890)において,いち早くこの学名を採用し,日本産のツクバネソウ属の一員とした.
雜録 (319)
日本産つくばねさう屬
牧野富太郎
我日本産ノつくばねさう屬(Paris)ハ左ノ數種ヨリ成ル
第一區EUPARIS.(果實ハ漿果ニシテ開裂セズ、花柱ノ纎長ナリ)
イ 有瓣類(花瓣線形、葯隔長ク葯上ニ延出ス)
(1) くるまばつくばねさう Paris quadrifolia L. var. obovata Reg. et Til.
ロ 無瓣類(花瓣缺如シヽ葯隔ハ極メテ微ニ葯上ニ出デ或ハ全ク出デズ)
(2) つくばねさう Parr*is tetraphylla A. Gray.
第二區 EUTHYRA. (果實ハ胞背ヲ以テ開裂シ、花柱ハ短クシテ肥厚ナリ)
(3) きぬがささう Paris japonica Franch. (= Trillidium japonicum Franch. et. Sav.)
Parr*:ママ

更に牧野は,慾斎の書を増補改訂した『増訂草木図説』においても,この学名を採用した.

牧野富太郎増訂草木図説 1-4』(1907-22
第八十一圖版 Plate LXXXI
キヌガササウ
Paris japonica Franch.
ユリ科(百合科) Liliaceæ
              (記述文は飯沼慾斎『草木図説』と同一のため略す.図には部分拡大圖を追加)
附(一)萼片(補) (二)花辧,廓大圖(補) (三)雄蘂,廓大圖(補)

[補]多年生草本ニシテ根莖ハ肥厚シ地中ニ横臥ス.中部諸州ノ深山ニ生ジ我邦ノ
特産品ナリ.其白色ニシテ花辧狀ヲ成ス者ハ即チ萼片ニシテ七乃至九片ヲ算ス.花
辧ハ縮形ニシテ線形ノ小片ト成リ大ニ萼片ヨリ短シ.株ノ肥エタル者ハ其葉輪ノ徑
一尺五寸ニ出入シ萼片ノ長サ凡一寸八分許ノ者アリ(牧野)」
とある.

★松村任三 (1856 – 1928) は『改正増補植物名彙 (Nippon Shokubutsumeii, ed. 2 )(1895) 298. において,エンレイソウ属にもどした.
3171. Trillium japonicum (Fr. et Sav) (Lilia.) 百合科
         Tillidium japonicum Fr. et Sav.
        Kinugasasô                    キヌガササウ


しかし,1935年に,館脇操 (1899 – 1976),須藤千春は,キヌガサソウの染色体をツクバネソウ属や,エンレイソウ属の他の植物と比較し,明確な差があることから新たにキヌガサソウを基準種とし、Kinugasa キヌガサソウ属を設立し,学名を K. japonica として『札幌博物学会会報 (Transactions of the Sapporo Natural History Society)』に発表した.(http://hdl.handle.net/2115/64149)
現在これが正名とされている(Y-list)が,シノニムである Paris japonica を用いる論文も海外には多い.
以下に本論文中の摘要を示す.

〈舘脇操・須藤千春〉
(With 3 text-figures)

Kinugasa TATEWAKI ET SUTÔ, gen. nov
(中略)
摘 要

従来キヌガササウ属は Paris ツクバネサウ属、 Trillium エンレイサウ属、若しくは Trillidium 属に入れられ、特に本邦ではツクバネサウ属の植物として今日迄取扱はれてゐた。しかし百合科の分類に際して重要なる地下部の性質から観察してゆくと、キヌガササウの當年の地下部の性質は全くツクバネサウ属のものと異り、寧ろエンレイサウ属に近い性質を有してゐる。(Fig. 1参照)。一方花辧様をなす蕚片の性質や薬の形扶などを比較し。雄蘂、雌蘂の形狀を考慮に入れると何れの属とも合致しない。叉細胞學上から観察しても両屬と異ってゐる。即ち Trillium Paris も共に單數 5本の染色体を有し、デプロイド、トリブロイド,テトラブロイド種が見出され、この 5本の基本染色体は形態上から夫々 A,B,C,D,E型に区別される。従ってこの両屬に於ては複染色体數を 2 (A+B+C+D+E), 3 (A+B+C+D+E)及び 4 (A+B+C+D+E)の式で表すことが出来る。
而して Paris D-染色体はトラバントを有し,Trilliumではこれを缺いてゐる事に依る両属を區別することが出来る。然るにキヌガササウは 40本の複染色体を有し、 8 (A+B+C+D+E)に依って表し得るオクタブロイド種である。 而して8本の D-染色体を見るに4本は Paris 型でトラバントを有し。他の 4本は Trillium型でトラバントを缺いてゐる。 C-染色体の一對にトラバントを有するものがあって、それは Parisにも Trillium にも存しない新型の染色体である。
茲に是等の事實に基いてキヌガササウを基準種とし、キヌガササウ属を設立した次第である。
ENGLER-PRANTL, Natuerliche Pflanzenfamilien Bd. 15a (1930)の 374 を見るとヒマラヤ、西藏、支那に分布する、Paris polyphylla SMITH は葉形、花の部分の指數を除いては本屬に近い性質を有してゐる。又雲南に分布する Paris yunnanensis FRANCH,西部支那に分布する Paris Fargesii FRANCH, 及び Paris chinensis FRANCH,ダフリアに分布する Paris verticillata M. BIEB 等は地下部は不明であるが、雄蘂、雌蘂の特徴は本種に近い性質を有してゐるものの様である。

トラバント:trabant,付随体

牧野もこの分類に従い,★牧野富太郎牧野日本植物図鑑』(1940)では,Kinugasa japonica Tatewaki et Sutoo. もシノニムとして記録したが,正名はエンレイソウ属の Trillium japonicum Matsum. としている.

2186
きぬがささう
一名 はながささう
Trillium japonicum Matsum.
(= Trillidium japonicum Franch. et Sav.;
Paris japonia Franch.;
Kinugasa japonica Tatewaki et Sutoo.)

深山ニ生ズル多年生草本。地下莖ハ肥厚シテ地
中ニ横臥シ、其先端ヨリ70cm許ノ莖ヲ抽ク。莖
ハ單獨ニシテ直立シ、粗大ナル圓柱形ヲ呈シ、
緑色ナリ。葉ハ八、時ニ七乃至十一、倒卵狀披
針形ニシテ莖頂ニ輪生シテ開出シ大ナル傘蓋狀
ヲ呈ス。夏日葉心ニ莖ヨリモ細キ一花梗ヲ抽キ
テ直立シ、頂ニ甚ダ美麗ナル帯黄白色ノ一花ヲ
開ク。花ハ後チ淡紅色ヲ帯ビ更ニ淡緑色ト成ル。外
花蓋片ハ七乃至九片ニシテ花辧様ヲ成シ、披針
形或ハ長橢圓形、兩端狭窄シ末端ハ尖レリ。同
數ノ内花蓋片ハ縮形シテ線形ノ細片ト成ル。雄
蕋多數ニシテ二列ヲナシ、花蓋片ト同數。子房
ハ圓ク數箇ノ花柱ハ短シ。漿果ハ卵圓形ニシテ
綠色。和名衣笠草并ニ花笠草ハ葉狀ニ基ク。」

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