2019年8月25日日曜日

イチハツ-4 和-4(仮)本草綱目啓蒙・梅園草木花譜・秘伝花鏡会識・大和本草批正.箋注倭名類聚抄・有毒草木図説

Iris tectorum
『梅園草木花譜 夏之部 五
 イチハツの根は,生薬店で偽って「知母(ユリ科,ハナスゲの根茎)」の増量剤として売られていた.一方,有毒植物としても知られていた.

★小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803-180648巻.は,『本草綱目』に関する蘭山の講義を孫職孝(もとたか)が筆記整理したもの.『本草綱目』収録の天産物の考証に加えて,自らの観察に基づく知識,日本各地の方言などが国文で記されている.この書の「巻之十三 草之六 毒草類」に
鳶尾  イチハツ ヤツハシ(薩州) 〔一名〕紫羅傘(閩書) 石
扁菊(藥性要略大全) 墻頭草(秘伝花鏡) 高良薑(同上芳艸類ノ高良薑ト同名) 紫羅
(同上) 花薑(廣東新語) 紫羅蘭(本草彙言)
人家ニ多ク栽一尺許ノ長葉扁布シテ繁茂ス射干胡蝶草
葉ニ似テ深緑色三四月茎ヲ抽コト一尺許頂ニ花アリ大
サ三寸余凡六出三出ハ大ニシテ三出ハ小ク燕子花(カキツバタ)ニ似
タリ紫碧色ニテ深紫点アリ又白花及淡黄褐色ノモノア
リ薬療ニテコノ根ヲ採テ知母ニ偽マジユ射干鳶尾ノ分
別蘇恭及韓保昇ノ説是ナリ李時珍ハ地ノ肥瘠ヲ以言ヲ
タテ一物トス尤非ナリ」とある.


★小野蘭山述,井岡桜泉記『大和本草批正(ひせい)』(江戸写)
江戸幕府の命を受けて江戸医学館で本草学を講義し,また大著『本草綱目啓蒙』(1803) の著者としても名高い小野蘭山は,弟子の津山藩医,井岡冽 (1778-1837) に筆記させた『大和本草批正』というゼミナール速記録のなかでは,貝原益軒の『大和本草』中の誤謬ならず,多くの先行文献の誤りを指摘している.
この書に,
紫羅襴花 今アヤメト偁スル者ナリ元来アヤメハ泥菖蒲ノ
古名ナリ紫羅襴花ニ充ルハ誤ナリ即蘭蓀又溪蓀是ナリ
品種多シ紺色ニ青シアルハ常品ナリ又白花アリ中禅寺ア
アヤメハ葉細長三尺許アリ花ハカキツハタト一般ニシテ濃紫色ナ
リ花セイブニ混シ易シ〇諸書ニ紫羅襴花ノ形状ヲ説ク
考フルニイチハツニアツベシ伹八種畫譜*ニ圖スル紫羅襴花
アラセイトウ*2ナリ然レドモ其文ハイチハツナリ」
とあり,更に
紫羅傘 即前條ノ紫羅襴花本草毒草類ノ鳶尾ナリ
〔射干蝴蝶花此類也]此八字ハ閩書ノ文ニアラズ〔カラスア
フキハ茎高ク花紅ナリ]射干ノ花紅ナルハベニヒアフキト云山中
自生ハ其花赤黄色ニシテ紫斑点アリベニヒアフキハ赤ニシテ紫斑アリ
キヒアフキハ黄ニシテ赤班アリ黄ヒアフキベハ自生ナシ二
種トモ花戸ニテ点ナキヲ上品トス〔時珍カ説不可據]時珍
地ノ肥瘠ニテ射干鳶尾ヲ分ツハ非ナリ〔又花白キアリ〕此
句ハ本條ヲ指ス」
とある.〔〕内の文は益軒の『大和本草』中の記述である.益軒と云よりは李時珍の記述のあいまいさや,『八種畫譜』の誤りにコメントしている.



*明の黄鳳池編『八種畫譜』中「新鐫草本花詩譜」(上図)に
紫羅襴花
草本色紫翠如鹿葱*3
花秋深分本栽種四月
發花可愛」とある.
文は蘭山の言うようにイチハツとしても矛盾はないが,絵の葉や花は文ともイチハツとは全く異なる.
*3鹿葱:ナツズイセン

蝴蝶花
草花儼若蝶狀色黄上赤色
細點闊葉安藝時分種
花痴識」
とある.花の絵は射干(今云ふヒオウギアヤ)とイチハツ(鳶尾)のハイブリッドの様である.葉の形状,花の咲く位置はむしろイチハツに似ている.


*2アラセイトウ:今言う「ムラサキハナナ,諸葛菜,ハナダイコン」

このブログで度々言及している★三浦梅園『梅園草木花譜(1825 序,図 1820 1849) 「夏夏之部五」には,美しい写生図に
「本草一家言*1
鳶尾 紫花射干 イチハツ
大和本草*2
紫羅傘(イチハツ) 俗通 一八(イチハツ) 
生花百競*3曰 紫胡蝶  和名 一八
本草圖經*7
鳶尾 イチハツ
和名類聚抄*5 鳶尾(コヤスクサ) 一名 烏園

*6 初夏十五日勤友
久貝氏送一莖同
十七日□□寫」
とある(冒頭図).
*1 本草一家言: 松岡玄達 (1668 - 1746) 著の本草解説書.「射干 ヒワウギ」の項にイチハツに関しての記述あり.
*2 大和本草:本ブログ,「イチハツ-3 -3」参照
*3 生花百競:千家新流の創始者,入江玉蟾撰『生花百競(千家新流挿花直枝芽)』(1768) の「夏」の部には双耳のついたカップ型の唐風の花卉に挿されたイチハツが描かれ,「紫胡蝶 シコテフ  和名 一八 イチハツ」とある(右図).
4* 本草圖經:宋の蘇頌著.「草部 下品之上 卷第八 射(音夜)干」の項に「蘇恭 射乾此是鳶尾,葉都似射干,而花紫碧色,不抽高莖,根似高良姜,而肉白,根即鳶頭也.」「鳶尾花亦不白,其白者自是射干之類,非鳶尾也.鳶尾布地而生,葉扁闊於射干.蘇云:花紫碧色,根如高良姜者是也.本經云 生九嶷山谷,今在處有,大類蠻姜也.三月採.一云 九月,十月採根,日乾.」とある.
*5 和名類聚抄:本ブログ,「イチハツ-1 -1」参照
*6 丑:己丑 1829年か,辛丑 1841年か

★小野蘭山(述)中村宗栄(写)『秘伝花鏡会識(1827) は,蘭山が,清代の陳淏子(1612 - 没年不明)が1688年に刊行した園芸書『花鏡』について解説した講義を,弟子の中村宗栄(詳細不明)が筆記したものと思われる.この書に
紫羅欗 イチハツ 綱目毒草部鳶尾穭生ナシ*圃ニ種ヱ花
ヲ賞ス苗形蝴蝶草ニ似テ葉長大射干ニ比スレハ苗矮
ク四月ニ花サク莖ヲ抽クコト一尺許燕子花ノ形ニ紫色
濃紫ノ班アリ瓣濶シ水草ニ非ス陰地ヲ好ム一莖一花
ノ者ナレトモ肥タルハ花ノ脚ニ蕾アツテ次第ニ開クア
リ常種紫色ノ者多シ又白花アリ〇射干ハ山中ニ自然
生アリ莖高四五尺ニ至リ小朶ヲ分チ其梢ニ大サ寸余
ノ六辧花集リ開ク赤黄色ニシテ紫斑点アリ紫花者極メ
テナシ前ニ本條アリ〇青蓮色ハカキツバタ色ヲ云即
紫翠色ノ青蓮ハ不詳紫翠色ノ蓮ルヤ」とあり,葉は射干(ヒオウギ)に似ているが短く,花は蝴蝶草(今言うシャガ)に似ているが,通常一茎に花一つしかつけない.アヤメやカキツバタと異なり,水辺を好まない.と言っている.
*穭生ナシ:自生しない の意か.種では繁殖しない の意か.

★狩谷棭斎 (1775 - 1835)の『箋注倭名類聚抄(1827) 「十草」には
鳶尾 本草云,鳶尾,一名烏園,古夜須久佐,〇千金翼方證類本草下品
同,下總本*和名二字.唐本註云,鳶尾葉似
射干而濶短,不長莖花紫碧色,根似高良
,皮黄肉白蜀本云,此草葉名鳶尾,根名
,亦謂之鳶尾,叉圖經云,葉似射干,布地生
黑根似高良薑
節大,數个**相連」とある.(右図)
*下總本:不詳
**个:「箇」の異体字

狩谷棭斎(カリヤエキサイ,1775 - 1835)著『箋注倭名類聚抄(センチュウワミョウルイジュショウ)』(底本 1827)(印刷局刊行本 1883
江戸時代に書かれた,『倭妙類聚抄』の注釈研究書として代表的な文献であり,狩谷棭斎(カリヤエキサイ)著.自ら漢学者であり,当代一流の考証学者によって知られた棭斎畢生の大作.漢学,国学,医学,本草学 ,易学など,当時のハイレベルな学者,研究者,思索家たちといった官民の幅広い人脈を通じての研究・考証の成果として,1827年に10巻本が完成した.五十有余年の時を経て,棭斎の薫陶を受けた最後の弟子,森立之(枳園)とその支援者の努力によって明治16 (1883) 年内閣印刷局から刊行された.国語学者・言語学者,亀田次郎は,新潮社「日本文学大辞典」のなかで「「和名抄」の研究としては,実に空前絶後の名著」と評している.

★清原重巨『有毒草木図説(1827)
毒性のある植物百二十二種を選び,前後二編・附録の二巻の構成で記述した書で,同時に刊行された『草木性譜』とともに,わが国独自の本草・博物学の到達点とされる.有毒植物に関するまとまった図説としては本邦初のものと言える.繊細な線画を特色とし,植物の形態を正確に写している.その前巻に
鳶尾 えんび いちはつ」
              本草綱目
毒あり處々園中に栽(うゑ)る葉冬を經て萎まず春新葉を生ず
射干(しやかん ひあふぎ)の初生-葉に似て柔軟直立せず心中(志んちゆう)より莖を抽で六辧
乃紫花を開く白花の者あり其一種なり」
と,特徴をよく捉えた美しい図とともに,常緑草本である事を記している.

続く

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