2019年8月27日火曜日

イチハツ-5 和-5(仮)本草図譜・草木錦葉集・和訓栞・俳諧季寄図考草木・百花培養集・俳諧季寄これこれ草・剪花翁伝・實験真傳 草木保育剪伐法

Iris tectorum
岩崎灌園『本草図譜
イチハツは園芸植物として愛でられ,その栽培法も洗練されていた.江戸時代の俳諧の世界では四月の季語として用いられ,幾つかの「季語の植物図譜」に取り上げられている.現代では夏の季語とされている.

★岩崎灌園(1786 - 1842)著『本草図譜(1824 - 44) は,飯沼慾斎(17831865)の『本草図説』と並び称せられる江戸時代末に作られた二大植物図譜のひとつで,野生種,園芸種,外国産の植物の巧みな彩色図に,余白に名称・生態などについて説明を付し,『本草綱目』の分類に従って排列している.
この書の「巻之二十三」に,紫と白の二種のイチハツの大きな図と共に
鳶尾 ゑんび
                             こやすくさ和名鈔 
いちはつ
ひでりぐさ豆州
一名 紫蝴蝶 芥子園畫傳

木曽の馬籠にあり人家にも栽う葉は
蝴蝶花シャガに似て三四月莖を抽して一尺
餘末に花を開く形燕子花カキツバタに似て
周りにうねりありて紫
碧色三辧は小くして
上に向ひ三辧は大に
して下に向ふ心に黄
色の處あり根は指の
大さ形知母に似たり

一種   白花の物」とある.

このブログで度々言及している★水野忠暁著『草木錦葉集(1829) の著者,忠暁は幕府旗本. 草木の培養に長け,斑入り葉植物・葉変わり植物を集大成した本書を著した. 緒巻・前編・後編から成り,緒巻では斑入り愛好家の間で用いられる「通言」(特殊な用語)や各種栽培法,害虫の駆除法などを述べ,前編後編では「いろは順」に,斑入りの草木を写生図を添えて紹介している.「む」の部で中断しているものの千点余を掲載.図のほとんどは大岡雲峰の門人,関根雲停によって描かれていて,木版芸術としても大変優れた美しい図である.

その巻之一の「い」の部に,白い筋の入った葉を持ち,花を着けたイチハツが描かれている.
「十一
いちはつ布* ○鳶尾(エンビ) ○一名紫蝴蝶(シコテウ) ○宿根 ○白布にして後(のち)□□□□ ○並 ○中曰(日?)
 *布:斑の入り方

★谷川士清(ことすが)編『和訓栞(わくんのしおり)』(1777 - 1887
江戸後期の国語辞書.93巻.前編には古語・雅語,中編には雅語,後編には方言・俗語を収録.第2音節までを五十音順に配列し,語釈を施して出典・用例を示す.日本で最初の近代的な国語辞書として注目され,明治以後の辞書に与えた影響も大きい.その「後編 伊之部」に
いちはつ       鳶尾草也と云り 最初の義、此花の種類最多
しそれが中にはやく芲咲くもの也 花に紫白あり伊豆駿河にひ
でり草又萬年草といふ倭名抄には鳶尾をこやす草と訓ぜり」とある.

★梅枝軒来鶯著『俳諧季寄図考草木 (1842) では,俳諧で取り上げられる景物のうち,主として植物を月ごとに単彩のやわらかな筆使いで描く.わらびは萌え出た姿,イタドリは芽,ニラやニンニクは根という様に,句を詠む者の視点で描かれている点が本書の特徴である.田植え,藍刈(あいかる),間引き菜等の季節の農作業の様子も載せられて,風雅とともに生活との関連で植物が取り上げられている.植物の図には巧拙があり,益軒の『花譜』に良く似た図などどこかで見たような図も収められている.
その第上巻の「俳諧季寄圖考草木四月之部」に線画ではあるが,良く特徴を捉えた絵に
一八花(イチハツノハナ)
紫羅傘              鴟尾草   余罰
鴨脚花」
と異名がいくつか添えられている.「余罰」は調べたが不明.

★松平定朝著『百花培養集 後編(1849)
松平定朝(さだとも,号は菖翁,17731856)は幕府の旗本(2000石)で,御書院番・禁裏付を経て,京都町奉行を長く勤めた.花菖蒲で名高いが,園芸全般に詳しかった.本書は草花100種の解説で,図はないが,来歴や品種の解説に筆を費やす.
「九 鳶尾(イチハツ)
冬にも葉□れす暮春にいたり●(草冠+溪)蓀(アヤメ)の花形
に似たる六英の大輪□□□□紫雪白二品
あり□渡一篠□□□根□□□□□いたり
□□□に繁生せるもの之」

★加藤良左衛門正得著『俳諧季寄これこれ草[俳諧季寄是々草]』(1850 )
備中岡田藩士,加藤良左衛門正得が著した植物季語集ならびに植物図鑑.凡例によれば,本書の植物名は和名・俗名の別なく『誹諧季寄大成』の記載を「本名」として編集し,それぞれ本名の下に漢名を記すほか,適宜,気味・主能のほか(多くは小野蘭山の『本草綱目啓蒙』に従う),異名にも言及し,それぞれに植物図を掲げる.
上巻に「ナヅナ(薺)」~「イチハツ(鳶尾)」の30種,下巻に「ミル(水松)」~「イヌタデ(馬蓼)」の32種,合計62種を収録する.植物をよく観察し読む者に理解しやすい記載であり,植物図鑑としても役立つ書籍である.

その上巻の巻末に
一八 人家ニ多ク栽ユ春舊根苗ヲ一尺許ノ長葉扁布
シテ繁茂ス形チ胡蝶草(シャガ)ノ葉ニ似テ光澤(ツヤ)ナシ淡緑色三四
月頃莖ヲ別ニ抽テ一尺許頂ニ花アリ大サ三寸餘
六瓣ナリ三瓣ハ下ニ垂レテ瓣上ニヒレノ如キモノアリ
三辧ハ上ニ立チテ少シ小ナリ大体燕子(カキツバタ)花ニ似テ紫碧色
ニシテ深點アリ又白花アリ又淡黄褐色ノモノアリ 
   主 能
△苦平小毒アリ積聚ヲ治ス」
と主文にあり,図には
イチハツ 漢名 鳶尾  ヤツハシ 薩州
四月ノ季」とあり,四月の季語である事と,本草綱目啓蒙の地方名が記されている.

江戸時代後期の園芸家★中山雄平著,松川半山画『剪花翁伝(1847著,1851出版) は,他の園芸書と趣が異なり,「いけばな」諸流派の人々や広く「いけばな」をたしなむ人々の為に執筆されている.「いけばな」愛好者のための実践的な花卉栽培ハンドブック,切り花取り扱い技法ハンドブックとでもいうべき内容を備えていて,伝統的な「いけばな」文化の中心地である京・大坂ならではの地域性豊かな,かつ質の高い近世園芸書としても評価することができよう.その意味でも本書が,数多ある近世園芸書のなかでも異色な存在であることは間違いない.
その,「 前篇巻之二 三月開花之部」に
○一八(いちはち) 鳶尾花 花二種(にしゆ)白あり青あり 青は●(草冠+溪)蓀(あやめ)に等(ひと)し 開花 三月中旬 方 日向 一分濕 土 えらばず 肥 小便寒中澆(そヽ)ぐべし 移(うつしうえ)十月之」と,具体的な栽培法が述べられている.

★中山雄平著『實験真傳 草木保育剪伐法』(1893刊)の「巻之二 三月開花之部」にも全く同文の記述があるが,この書は上記『剪花翁伝』の標題を変えたものであり,他の植物の記述や,挿画も全く同じ.

(続く)

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