2012年5月26日土曜日

ムギワラギク(帝王貝細工)モンストロサ-2


Xerochrysum bracteata cv. ‘Monstrosum’,

もっとも古くから欧州で知られていた不凋花(immortelle)は,クレタ島及び小アジアの原産とされていた Helichrysum orientale (ヘリクリスム・オリエンターレ)で,ローマ時代の博物学者,プレニウス(22 / 23 – 79)の 『博物誌 Naturalis historia』 ( 77 ) には,クリュソコメ,ヘリオクリュススあるいはクリュシティスの名で記されている.「春を告げる花で高さは一パルムスくらいで,毛が生えている.房状の花は黄金の輝きがある.根は黒く甘酸っぱい.これは日陰の岩地に生育する.その根は,身体を温め,収斂剤となる.肝臓の疾患,また肺の疾患にも服用薬として与え,子宮の痛みにはハチ蜜水に入れて煮つめたものを与える.月経を促し,もし生のままで与えると,水腫の水を抜く.また,ヘリオクリュススの花は黄金に似ていて葉は薄く,茎は細いが堅い.マギ僧たちは,この植物で作った花冠を身につけ,さらに,アピエロン(ギリシア語で「燃えないもの」「火に溶けないもの」の意味)と呼ばれる黄金で作った箱から取り出した軟膏を用いるならば,人生において人気と栄光がもたらされると信じている.」
さらに,「へリオクリュススを,ある人々はクリュサンテモン(ギリシア語で「黄金色の花」の意)と呼ぶが,白い若枝,やや白色の葉があり,ハブロトヌム(ヨモギ属)に似ている.太陽の光を黄金のような色に反射し,あたかも房状花がまわりにぶら下がっているようである.しかも決して色褪せない.この理由で,神のためにこの植物で花冠を作る.この行ないは,エジプト王プトレマイオス*がきわめて忠実に守り伝えた.これは低木の多いところに生育する.ブドウ酒に入れて飲むと排尿と月経を促す.」と不凋花であることと,多くの薬効や呪術的な効力について述べている.(*一世.エジプトにマケドニア王国を創建.在位前305〜前283年),「プリニウス博物誌 植物薬剤篇」 大槻真一郎編著 八坂書房 1994 より抜粋

フランスには,クレタ島あるいはロドス島から1629年に移入されたが.オレンジと同じ気候風土を必要とするので,フランスでは地中海地方のみで栽培が可能であった.この植物は冬の花束,葬儀用の花冠,その他装飾用の乾燥花として適しているため,プロヴァンスの村々は,1815年以降長年,永久花の栽培で暮らしを立てていた.ほかの村が球根や香料植物の生産で利益を得るように,バンドル,オリウール,サナリーの町村では,かつてこの植物の重要な取引が行われた.19世紀の終りには,バンドルでの不凋花の収穫は三十キログラム入りの箱三千箇を越え,一年の大部分,五百人の女手を必要とした.1909年に P ・ヴィムーはこう記した.「バンドルにおいて,その土地の女たちが戸口に坐って,次々に花冠につけるための花を歯でちぎっているのは,まことに奇妙な光景である.」他の種類の永久花もこれと前後して栽培された.1570年以来,南欧はわれわれに,白花永久花またはベルヴィルの永久花(Xeranthemum annuanum トキワバナ)を提供し,それは最初は繻子のような白であったが,撰出家の手によって,種々の色が出来た(バラ色,赤,紫,スミレ色).1799年に,オーストラリヤから来た苞のある永久花,またはマルメゾンの永久花(Helichrysum bracteatum 〔日本でいうムギワラギク〕)は,口のひろがった大きな盃状の花をつけ,原種は黄金色だが,今ではさまざまの色がある(繻子のような白,バラ色,赤,紫).現代ではガラス,陶磁,プラスティックなどが造花の製造に使われ,乾燥した生花に代って,葬儀や墓の装飾に使われるようになり,この産業も廃れてしまった.(『花の歴史』 L. Guyot et P Gilassier, 串田孫一訳 文庫クセジュ 白水社1965 一部改変)
左上図:J.J. Grandvilles ‘Immortelle’ from “Fleurs Animees” (1867) 銅版手彩色

2012年5月18日金曜日

ムギワラギク(帝王貝細工)モンストロサ-1

Xerochrysum bracteata cv. ‘Monstrosum’, クセロクリム(ムギワラギク)属 

ドライフラワーにすると長くその形態を保つ「不凋花(immortelle)」には何種類かあり,古くはエジプトのファラオの時代から不死の象徴として供花として使われたそうだが,現在ドライフラワーとして最もよく見かけるのは,オーストラリア原産のこの種.種袋の説明によると発芽率は良いそうだが,昨年播種した時期が遅かったためか,得られた苗は二本で,無事に開花まで育ったのはこの一本のみ.

金属光沢を持つ赤紫色の花を多数つけている.興味深いのは湿度によって花(総苞片の集合体が正しいらしいが)開いたり閉じたりすること.チューリップの様に明暗によって(正しくは気温による)花が開いたり閉じたりする例は多いが,この花は湿度が高いと苞片が内側に曲がり,結果としてアルマジロが身を守って丸くなったように見える.
松ぼっくり(松かさ)も湿度が低くなると鱗片が反り返り,そのすき間を外に広げて,種子翼という羽根状の付属物がついている風散布性の種子が風に乗って散らばる.この花の場合は,総苞片の基部にある花の花粉を雨から守り受粉を確実にするために開閉するのであろうか.
ドライフラワーにしてもこの機能が維持されるのか,確認してみたい.

2012年5月13日日曜日

ツタンカーメンのエンドウ (2) 莢の色素


ツタンカーメンのエンドウに多数の実がなっている.緑色の莢のエンドウを見慣れていると,黒紫色の莢がぶら下がっている光景はかなり異様.この色が何に由来するのか,一寸実験をしてみた.予備的に数個の莢をステンレスの鍋で食塩を加えて煮たところ,青い色の液を得た.これに食酢を加えたところ赤色に,重曹水を加えたところ緑色に変色した.

この現象を「日本植物生理学会 みんなのひろば 質問コーナー」に投稿したところ(質問:ツタンカーメンのエンドウ 莢の色素/登録番号: 2629 http://www.jspp.org/17hiroba/question/index.html),名古屋大学大学院情報科学研究科の吉田久美先生からの回答を頂いた.要約すると「色素の正体はアントシアニン系の化合物と推定され」また,「莢などのアントシアニンは、比較的単純な構造で不安定な色素が多く、煮沸すると分解して無色になる場合が多いのですが、ひょっとして、アシル化アントシアニンかなにかで、安定かもしれません。熱水での抽出液が青色というのは、面白い現象ですが、(中略)鍋からの金属イオンによって、あるいは、塩ゆでの際のにがり成分(塩化マグネシウム)によって錯体ができて青くなったかもしれませんが。酸性で赤、塩基性で青というのがアントシアニンの通常ですが、多分、緑色になったのは、フラビリウム環が開環して、カルコンになった成分が共存したためではと推測します。カルコンは塩基性で黄色になります。これに若干残存したアントシアニンの青色とが混ざった色で緑色になったかと。」
また,いわき市在住の植物愛好家トミーさんからは紫キャベツの抽出液のpH依存的変色(http://www.hyogo-c.ed.jp/~rikagaku/jjmanual/jikken/omo/omo23.htm)との類似性を指摘された.

そこで,吉田先生のアドバイスに従い,新鮮な莢をガラス容器中で煮沸したところ,前回と異なり紫色の液を得た.これに食酢を加えたところ,美しい紅色に,浴槽洗浄用の重曹水を加えたところ鮮やかな緑色に変わった(左図,中央:無処理抽出液,左:重曹水添加,右:食酢添加).

従って,吉田先生やS氏のコメントの如く,ツタンカーメンのエンドウの莢の色はアントシアニン系色素で,莢の地色の緑色と重なって,黒紫色を示すと考えられた.一方,育てている株の中には緑色の莢をつけるものや,黒紫色のまだら模様の莢をつけるものもあり,種を下さった川口市在住のH氏の話では,白い花をつけるエンドウとの交雑種ではないかとの事.なおこれらの株も,花は黒紫色の莢をつける株と同様に赤紫色である.
また,花を莢同様に処理したところ,同じような変色を呈したことから,花の赤紫色もアントシアニン系と考えられる.(花の画像は,「ツタンカーメンのエンドウ (1)」),(色素の化学構造文献は「ツタンカーメンのエンドウ(3)」

2012年5月10日木曜日

八重咲きヤブイチゲ(俗称ヤエザキイチリンソウ)-2 Gerald, Parkinson


Anemone nemorosa '‘Flora Pleno’


Alice Margaret Coats の “Flowers and their histories” (1956, 1968) (左図)のアネモネの項,には
「森林に生えている種或いはカーペット状に拡がる種類はますます重要性を増している.英国原産の Wood anemone (Anemone nemorosa,ヤブイチゲ) は変異種の多い種で,その多くの庭園種は野生種から集められた.ジェラルドは紫・薄赤・白い八重咲きの変種を育てていた.現在は約一ダースの種類が庭で育てられている.その中にはオックスフォードの植物園でロビンソンによって発見された青い花をつける A. n. robisoniana があるが,名はアイルランドからもたらしたご婦人の名前をつけるべきであろう.もっと美しいのはシェプトン・マレットのジェームス・アレンの庭からの,青色の A. n. allenii 種で,その繊細な美しさに勝る花はない.花の形の整った白い半八重の花をつける 'Vestal' は allenii 種と同様,世紀の変わり目(19-20c)頃から栽培されるようになり,バーデン・バーデンのマックス・ライトリッヒによって,広められた.」と記されている.

参考画像,左より Anemone nemorosa robisoniana, A. n. allenii, A. n. 'Vestal'

そこで古い英国本草書をネットで見たところ,
ジェラルドの『本草書』( 1597 )には,Anemone nemorum flo, pleno albo. The double white wood Anemone について“庭用の種類の一つとして,緋色のと同様な完全八重型の白花種があり,私はその一つを私のよき友,ロンドン在住の尊敬すべき商人の Mc Iohm Franquevill から貰った.”(左図,左)としるしている.
また Parkinson の『太陽の園、地上の園』( 1629 )にはAnemone siluestris flora pleno albo. The double white wilde Windflower という植物が記載されていて,挿図(左図,右)を見るといずれもヤエヤマブキのような完全八重の花をつけるようだ.パーキンソンはこの植物について「(一重の種に比べて)葉はやや大きく,花は大変厚くて八重であるが小さく,香りが少ない.開花後5-6日後の満開時には真っ白になり,やがて紫色を帯びるが内側より外側の方が色が濃い,他の八重の花と同様に種を着けない(中央部に小さな head を持つが).」と記している.

本来からするとこの白八重種が ‘Alba pleno’ あるいは 'Flora pleno'  の名前でいいと思うのだが,年月と共に絶えてしまい,新たに現れた丁子咲きが僭称をしたのだろうか.Setton 8 さんの調査によると,白い八重種(丁子咲き種)として 'Alba Plena', 'Flore Pleno', 'Vestal' は一応,別の園芸品種のようだが,詳しい区別は分からず,多くの画像を見ないと判別できないとのこと.

少ないながら画像を見る限り,庭に咲いている白八重は真ん中の部分が小さいことから,'Vestal' ではなさそう.

2012年5月3日木曜日

八重咲きヤブイチゲ (俗称 ヤエザキイチリンソウ)-1


Anemone nemorosa ‘Flora Pleno’

4年ほど前に鉢植えの開花株を購入.次の年には芽が出なかったので,枯れたかと思いひっくり返したところ根が生きていたので地植えにした.次年は動きはなかったが土を掘ってみたところ地下茎が広がっており,その次年には葉が出て,ついに今年多くの花をつけた.ラベルには「八重咲きイチリンソウ」とあり,ネットには「八重咲きイチリンソウ」「ヤエイチリンソウ」の名でこの花の画像がUPされているが,イチリンソウとは葉の切れ込みや光沢,茎の色などの雰囲気が違う.そして,暑さにもタフ.

そこで『花の掲示板』( http://wplan.sakura.ne.jp/bbs.html )に左の画像をつけて,相談してみた.
直ぐに, setton8 さんから回答があり,「キンポウゲ科の Anemone nemorosa の八重咲きの園芸品種の1つで,多分、'Vestal' か 'Flore Pleno'だろうと思います。(中略)困ったことに,'Vestal' や 'Flore Pleno' が八重咲きイチリンソウなどという名前で流通しているようですが,イチリンソウ(Anemone nikoensis)とは別種なので,八重咲きイチリンソウなどという名前は使って欲しくないと思っています.」とのこと.
参考になる二つのサイトアドレス http://www.hort.net/gallery/view/ran/aneneve00 と http://www.joycreek.com/Anemone-nemorosa-Flore-Pleno-100-038.htm も教えていただいた.
これらのサイト,並びに名称で検索したところ,その画像から欧州原産のヤブイチゲ (Anemone nemorosa, wood anemone) の八重種であることが確認できた.
画像だけでは 'Vestal' か 'Flore Pleno' かの確定は出来なかったものの,‘Flore Pleno’ により似ているように思われた.

なお,ヤエイチリンソウの学名は Anemone nikoensis Maxim. f. plena Sugim でイチリンソウの一品種で,雄蕊の弁化ではなく,花弁(正しくは萼片)の数が増えた品種と思われ,setton8 さんもそのようにコメントされた.
IPNI (International Plant Name Index) で検索したところ,原記載文献は J. Geobot*. 7: 130 (1958). とのこと.J. Geobot. で検索したが,この号はヒットせず.どのような花かは確認できなかった.
* The Hokuriku journal of botany or the Journal of Geobotany. 北陸の植物 = The Hokuriku journal of botany. 金沢植物同好会, 1952-1979. 1巻1号 (昭27.1)-26巻4号 (昭54.3).

原産地の欧州・英国の古い本草書での八重品種の記載(2)で.

2012年5月1日火曜日

サクラソウ(17)蜃気楼 『草木図説前編』 及び 原記載

Primula sieboldii cv. “Shin-kirou (Mirage)”

品種名:蜃気楼,品種名仮名:しんきろう,表の花色:青紫色,裏の花色:青紫色,花弁の形:広,花弁先端の形:桜,花容:浅抱え咲き・横向き咲き,花柱形:僅長柱花,花の大きさ:中,作出時期:不明,類似品種:鈴鹿山,その他:青色に近い花色・日に当たると花弁が萎れて傷みやすい

昨年早春に通信販売にて,10株3600円で購入したサクラソウの一つ.無事に酷暑と厳寒とを乗り越えて花をつけた.特に蕾のうちは青色が勝っている.日光を当てて咲かせると,花色が赤紫になってしまうが(上図右下),日陰で咲かせると青みが残って,あまり見ることの出来ない青紫色の見事な花をつける.

わが国で初めてリンネ式分類――オシベの数・メシベの花柱の数で植物を分類――を採用した図譜,飯沼慾斎著『草木図説前編』  安政3 (1856) ~文久2 (1862) 刊の巻一では,リンネの分類法を学ぶ初心者向けの教材の一つとして,サクラソウを用いている(左図).それだけこの本が出版された時代にはサクラソウはありふれた野草だったのであろう.

なお,1912刊の牧野富太郎再訂増補版で採用されている学名(右図下)の Primula cortusoides  は南部シベリア,カザフスタン,モンゴル,北部中国,韓国に自生しているプリムラ・コルツソイデスで,玉咲きサクラソウの名で園芸的に流通しているサクラソウ属の多年草で,ネットで画像を見る限り,確かに花はよく似ている.

この P. cortusoides の命名者はリンネで,初出文献は彼の『植物の種,Species Plantamu』1: 144 (1753) であり,シベリアと日本が原産地 (The International Plant Names Index ) としている(右図上).

一方シーボルトに献名された現在有効な学名 P. sieboldii の命名者はベルギーの植物学者 Charles Jacques Édouard Morren (1833 - 1886) で,原記載は彼が執筆・主幹した ”La Belgique horticole, journal des jardins et des vergers.” xxiii. (1873) 97. t. 6. の Primula sieboldi x lilacina においてである(左図).

従って牧野の再訂増補版が刊行されたときには,既に P. sieboldii の名前が有効であったが,牧野は飯沼慾斎の適用した学名を踏襲したものと考えられる.