2014年7月8日火曜日

ヌマトラノオ(2/2) 星宿菜,周憲王救荒本草,広益地錦抄,備荒草木図,本草綱目啓蒙,物品識名,梅園草木花譜,救荒本草啓蒙,草木図説,方言,マキシモヴィッチ,学名,タイプ標本,中国名と効用

Lysimachia fortunei
2008年8月 茨城県南部
オカトラノオによく似ているが,比べると湿地を好み,全体に華奢で,葉も細い.花穂には白い小さな五辧の花をまばらにつけ,中国での「星宿菜」(星宿=星座)の名がよく似合う.花の美しさよりは救荒植物として知られていた.なお,オカトラノオの中国名は珍珠菜で,これは丸い蕾が連なる様からか.

★明徐光啓輯(15621633)農政全書 巻之四十五-六十 荒政』(1639) に収載されている『周憲王救荒本草』(救荒植物414種(そのうち276種は本草書未記載品)の形状を詳細に述べ,写実的な図を添え,調理法を加える.)の「巻之五十 荒政 九」には,
「星宿菜 生田野中作小科苗生葉似石竹子葉而細小叉似米布袋葉微長梢上開五辧小尖白花苗葉味甜
救飢 採苗葉煠熟水浸淘浄油塩調食」とあり,星型の花がまばらに着いた花穂と狭い葉をもつ特徴がよくとらえられている絵がつけられている(左図:王氏曙海樓重刊 1843年刊,NDL)

★和刻 明徐光啓輯『周憲王救荒本草 巻之五 六』茨城多左衞門等刊 (1716) には,上記『救荒本草』を復刻し,返り点を加えている.読み下すと
「星宿菜 田野ノ中ニ生ス 小科苗ヲ作ス 生ノ葉石竹子葉ニ似テ而細小 叉米布袋葉ニ似テ微長 稍(梢?)上ニ五辧ノ小尖白花ヲ開ク 苗葉味甜
救飢 苗葉ヲ採リ煠キ熟シ水ニ浸シ淘浄シ油塩ニ調食」となるが,原文の「梢」が「稍」となっている.図はほぼ同一.石竹子は「ナデシコ」,赤字で不知とされている「米布袋」はゲンゲの中国名でその図も『農政全書 巻之五十二 荒政』に載る.

★伊藤伊兵衛『広益地錦抄 巻之五薬草五十七種』(1719) には,「白前(はくせん) 葉形ほそながく柳のことく花はとらの尾草のことくして白く五月ひらくしめり地に有宿根より生田の道芦の中におほく生ス」とあり,記述からして,この「白前」はヌマトラノオのことと分かる.

★建部清庵『備荒草木図 巻之上』(1771成,1833刊)には植物の図と「珍珠菜(とらのお)
葉を煠(ゆで)、水を換へ浸し、渋ミを去、塩・味噌に調(ととのえ)、食(くらふ)ベし。」の記述もある(右図,NDL)
植物名は「珍珠菜(ちんしゅさい)」とオカトラノオの漢名ではあるが,挿図では花序が直立しているのでヌマトラノと考えられる.中国では,オカトラノオの全草を珍珠菜と呼び,利尿、月経不順などの薬用に用いる.

★小野蘭山『本草綱目啓蒙 巻之九 草之二 山草類下』(1803-1806)
「白前  スヾメノヲゴケ (中略)
シラハギハ、一名ヤナギサウ ヒメトラノヲ ヌマトラノヲ コへマケグサ江州 ヌマハギ 水辺二多クアリ、春、苗ヲ生ズ。高サ五六寸、或一二尺、千屈菜(ミソハギ)葉ニ似テ、大キク、密ニ互生ス。円茎フトクシテ赤シ。夏、茎頭ニ二三寸ノ穂ヲ出シ、五弁ノ白花ヲ摂生ス。珍珠菜(イハヤナギ)花ニ似テ、小シ。後一分余ノ円実ヲ結ブ。秋ニ至テ紅色。是、救荒本草ノ星宿菜ナリ。」とあり,白前はヌマトラノオではなく,星宿菜がシラハギ=ヌマトラノヲと比定されていたことが分かる.

★岡林清達・水谷豊文『物品識名 乾 奴部』(1809 ) には,「艸 ヌマトラノヲ (シラハギ) 星宿菜 (救荒本草)」とある.

★毛利梅園『梅園草木花譜 秋之部三』(1825 序,図 1820 – 1849)には,「農政全書出 星宿菜(サンゴクサウ?) ヌマトラノオ
戌子初秋望一日 飛鳥山折莖真写」と,初秋に飛鳥山で採取した個体の美しい図が載る(左図,NDL).

★小野蕙畝(職孝)口授『救荒本草啓蒙 十四巻』(1842) には,「星宿菜
ヌマトラノオ シラハギ
水辺池澤ニ生ス圓莖赤色葉形柳葉ノ如ク互生ス苗小ナル者ハ五六寸大ナル者ハ尺ニ及フ夏莖上ニ穂ヲ成シ白花ヲ綴ル珍珠花ニ似タリ花後圓實ヲ結フ後苗枯ル宿根枯レス春ニ至リ新芽ヲ生ス一種莖葉倶ニ細小ニシテ花淡紅ヲ帯ル者アリ」と,珍珠花(オカトラノオ)と比べながら,詳しい性状が記載されている.


  飯沼慾斎『草木図説前編(草部) 巻之三』(成稿 1852年頃,出版 1856 -  62年) には
「ヌマトラノオ 星宿菜
好テ水辺湿地ニ多ク生シ.圓莖尺餘.葉柳葉ニ似テ小ニシテ互生.夏莖端穂ヲナルコト四五寸.短梗花ヲ綴ル.形珍珠菜(トラノオ)花ノ如ク.萼鐘状五葉.花輪様ニシテ五裂殆ト五辧ノ如ク.共ニ卵圓.子室柯子状一柱ヲナシ.頭纔ニ開テ五出.緑色ニシテ頸赤褐ノ五縦條アリ.五雄蕊筒ニ出.葯淡黄色ニシテ白粉ヲ吐ク.附 全花二倍圖
按珍珠菜ト同属」と植物学的に正確な解説と,黒白ながら特徴をとらえた美しい木版図が載る(右図,NDL).

★八坂書房編『日本植物方言集成』八坂書房(2001)「こえまけぐさ 江州,じゅうごやそう 新潟(刈羽),しらはぎ 加州」とあり,「じゅうごやそう」以外は,小野蘭山『本草綱目啓蒙』の引用にとどまり,近代ではあまり食用としては重要性がないと推察される.

現在でも有効な,フォーチュンに献名された学名 Lysimachia fortunei は,マキシモヴィッチ(Carl Johann Maximowicz, 1827 - 1891)によって, Maxim. Bull. Acad. Imp. Sci. Saint-Pétersbourg (「サンクト・ペテルブルク帝国科学院紀要」),  xii. (1868) 68. "Diagnoses plantarum novarum japcmiae et mandshuriae" (「日本・満州産新植物の記載」) に発表され,南部,横浜,九州などの日本の地名が見える(左図)

ロシアの植物学者マキシモヴィッチは 1860 年(万延元年)918日に箱館に上陸し,北海道の植物調査に着手した.岩手県紫波郡下松本村で生まれた須川長之助を下僕に雇い採集家に育てた.万延23年には長之助を伴い箱館,横浜で採集した.ちょうど伊藤圭介らがシーボルトの研究調査を手伝ったように,長之助はマキシモヴィッチを助け,外国人が入れない南部(岩手県)や信濃のような地域の植物を採集し彼の研究を支援した.
マキシモヴィッチの標本は,すべて彼が研究に従事したサンクト・ペテルブルクのコマロフ植物研究所(旧ロシア帝室植物標本館)に収蔵されている.
ここには少なくとも4枚のヌマトラノオの基準標本が保存されていて,そのうちの二枚は日本で採取されたものである.

Lectotype(選定基準標本): 1845年 中国
Isolectotype(副選定基準標本):1845年 中国
Syntype(等価基準標本):1862年 横浜,1863年 長崎. (右図)
(出典:T.Y. Aleck Yang "Type specimens of Taiwanese plants named by Dr. C.J. Maximowicz and housed at the Herbarium, Komarov Botanical Institute of the Russian Academy of Sciences, St. Petersburg, Russia (LE). ISSN 1015-8391. http://www.nmns.edu.tw/common/07library-attach/special/200612.pdf)

なお,現代中国での別名と薬効作用は以下の通り
「星宿菜 Xīnɡ Xiù Cài
別名:假辣蓼、泥鰍菜、紅根草、紅氣根、紅七草、金雞、百煎草、蛙霓草、鰍竄、紅頭繩、血絲草、紅燈心、紅筋仔、大田基、麻雀利、紅筋草、地木回、拔血紅、紅香子、紅梗草、田岸柴

功效作用:活血,散瘀,利水,化濕。治跌打損傷,關節風濕痛,婦女經閉,乳癰,瘰癧,目赤腫痛,水腫,疽,瘧疾,痢疾。」

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