2021年6月21日月曜日

ビヨウヤナギ-2 江戸-2,小野蘭山『花彙』,桃金嬢,銷恨客

Hypericum monogynum


★島田充房・小野蘭山『花彙』(1765

この叢書は,宝暦9年(1759)に,松岡玄達の弟子島田充房(号は雍南,生没年未詳)が「草之一」「草之二」を出版,ついで兄弟弟子だった小野蘭山(17291810)が宝暦13年(1763)に「草之三」「草之四」「木之一」~「木之四」を追加して完成させ,明和2年(1765)に8冊本として刊行した.各冊が25品ずつ,総計200点の草花・花木の図説である.蘭山担当分は図も蘭山が描いており,葉の表面を白,裏面を黒で示す工夫をしている.正確な図が多く,記文も要を得ているので,本邦で初めての植物図鑑らしい図鑑と評されている.
 蘭山の担当分,「木之三」に,桃金嬢(テウキンゼウ)としてビヨウヤナギが記載されている.本文に,増殖法として挿し木を記載しているのが注目される.また花が似ているモモに「銷--(モヽ)」という言葉を用いている.
「銷恨」とは「うらみを消す or 悲しみを忘れる」という意味で,玄宗・楊貴妃の逸話を収めた後唐の王仁裕『開元天宝遺事』に,玄宗が楊貴妃との八重咲のモモの花の下の宴で「不獨萱草忘憂,此花​亦能銷恨」と言ったとある.更に明代末期の書画家陳継儒が,日常の生活に楽しみを見出すすべを記した『小窓幽記』には,庭の主は季節季節に咲く花には佳稱をつけて,客として迎えるとよいとし,「桃花」の名は「銷恨客」と記した.
(以下文献画像はNDLの公開デジタル画像より部分引用,植物画画像は Plantillustrations より)

★小野蘭山『花彙』(1765
「木之三」
桃金嬢(テウキンゼウ) ビヤウヤナギ

ソノ樹矮-小枝-條叢-生葉ハ垂-(メヤナギ)ニ似テ光-(ヒカリ)-對五-月莖-
頂ニ花サク數-蕚層ヲナシ對-生ス大サ寸-餘五-出銷--(モヽ)
ノ如シ深--色中ニ長-鬚無-數有リテ外ニ鋪-散スルコト金-
絲ノ如シ性挿-(サシキ)ニ宜シ
  銷恨(セウコン):銷恨=うらみを消す=悲しみを忘れる 

★王仁裕『開元天宝遺事


中国,盛唐の栄華を物語る遺聞を集めた書.五代の翰林(かんりん)学士などを歴任した王仁裕(じんゆう)(880956)が,後唐の荘宗のとき,秦州節度判官となり,長安に至って民間に伝わる話を捜集し,159条を得て本書にまとめたという.ただし南宋の洪邁(こうまい)(11231202)は本書を王仁裕の名に仮託したものと述べている.玄宗,楊貴妃の逸話をはじめ,盛唐時代への憧憬が生んだ風聞,説話として味わうべき記事が多い.
五代王仁裕『開元天寶遺事』「卷二 雲」
「明皇於禁苑中,初,有千葉桃盛開,帝與貴妃日逐宴於樹下.帝曰不獨萱草忘憂,此花​亦能銷恨.」
明皇(玄宗)禁(林)苑中ニ於テ,初メ,千葉ノ桃有リ盛ニ開ク,帝貴妃(楊貴妃)與日逐於樹下ニ宴ス.帝ノ曰ク「獨リ萱草*ノ憂忘ルルノミニ不(アラス),此ノ花モ亦タ能(ヨク)恨ヲ銷ス.」と.

*萱草:ワスレグサ.本萱草,支那萱草.ユリ科ワスレグサ属の多年草 Hemerocallis fulva var. fulva.蕾は「金針菜」と呼ばれ,乾燥品が「ユリの花」として薬膳料理に使われる.

明代末期の書画家★陳継儒(号眉公,15581639)が処世について記した『小窓幽記』の「卷十二集 倩」に
「園花按時開放,因即其佳稱待之以客.梅花索笑客,桃花銷恨客,杏花倚雲客,水仙淩波客,牡丹酣酒客,芍藥占春客,萱草忘憂客,蓮花禪社客,葵花丹心客,海棠昌州客,桂花**青雲客,菊花招隱客,蘭花幽谷客,***清敘客臘梅遠寄客.須是身閑,方可稱為主人.」とある.
 **桂花:ギンモクセイ,Osmanthus fragrans var. fragrans
  ***:トキンイバラ,Rubus tokinibara (Syn.R. rosifolius)
「庭園の花は時宜を得て咲き開くものである.だからそれを待って佳き名前をもって客人とすべきである.梅の花は「索咲の客」,桃の花は「銷恨の客」,杏の花は「倚雲の客」,水仙は「凌波の客」,牡丹は「酣酒の客」,芍薬は「占春の客」,萱草は「忘憂の客」,蓮花は「禅社の客」,葵花は「丹心の客」,海棠は「昌州の客」,桂花は「招隠の客」,菊花は「東籬の客」,蘭花は「幽谷の客」,酴は「清叙の客」,臘梅は「遠奇の客」である.なすべきこととして,自分の身も清閑であってはじめてこれらの客人を迎えられる主人といえるのである.」



①萱草:ワスレグサHemerocallis fulva, Curtis’s Botanical Magazine. vol. 2 (1788), t. 64
②桃花:モモPrunus persica, Van Houtte, L.B., Flore des serres et des jardin de l’Europe, vol. 10 (1854), t. 969 p. 1
➂桂花:ギンモクセイ,Osmanthus fragrans, C. B. M. vol. 38 (1813), t. 1552
④酴:トキンイバラ,Rubus tokinibara, C. B. M .vol. 43 (1816), t. 1783

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