“FLOWERS FROM SHAKESPEARE’S GARDEN: a Posy from the Plays, pictured by Walter Crane” Cassell & Co: Ltd (1909)
英国の大文豪,W. シェクスピア(W. Shakespeare, 1564 - 1616)の著作には多くの植物が登場するので,それに関して数多くの研究書が著され,またそれらの植物を栽培・展示する「シェイクスピア・ガーデン」が運営されている.
彼の戯曲には,“Cockle” が二作品に各一度登場する.一つは初期の喜劇「恋の骨折り損
“LOVE'S LABOUR'S LOST”」(1595 – 1596, 1598),もう一つは後期の史劇「コレオレーナス “CORIOLANUS”」(1608, 1623)で,何れも登場人物のセリフの中に,有用な小麦に対する有害無益な悪性雑草の象徴として語られている.
19世紀には,シェクスピアの時代, “Cockle” はムギセンノウ (Agrothtemma gitago) のみを示すという考えと,主にドクムギ(darnel, Lolium temulentum)を含む小麦畑に生える有害雑草一般を示すとの考えがあった.(Nares says that Shakespeare means“the Agrostemma githago of Linnæus, a weed
often troublesome in corn-fields”(Gloss. ); Mr. Beisly that he means “the Lolium temulentum, in his time called darnel, as well as cockle and cockle-weed”(Shakspere's Garden, p. 130). Alexander
Dyce, A General Glossary to Shakespeare's Works)(ムギセンノウ (3) 14世紀-3 時祷書,新約聖書「毒麥のたとえ話」zizania,
cockle)
冒頭のW. Crane の図は前者の考えに従い,「恋の骨折り損」のセリフを引用して,ムギセンノウを擬人化した若い女性を描いている.しかし,これら二つの戯曲の文脈からすると,“Cockle” は毒麦と考えた方が治まりがよい.
和訳本を見てみると,「恋の骨折り損」では,ムギセンノウ(「ムギナデシコ」,「ナデシコ」)と訳している書があり,一方,「コレオレーナス」では,同じ訳者でも「やくざな雑草」,「毒麦」と訳し,ムギセンノウとは,訳しておらず,一貫性がない.一方,多くの賞を得ている松岡和子訳は,『恋の骨折り損』では「雑草」とし,『コリオレイナス』では「毒草」としている.
私見としてはどちらも「毒麦」と訳した方がよい.
★恋の骨折り損 “LOVE'S LABOUR'S LOST” は,現在のスペイン北部にあったナヴァール王国が舞台.国王とその3人の親友,ビローン,デュメイン,ロンガヴィルは,3年間学業に専念する誓いを立てた.その誓いには,女性には一切会わないという条件も含まれていた.そんな矢先,フランス王女がアキテーヌの領地返還請求のため,ナヴァールを訪れてきた.誓いをたてたものの,四人は訪れた王女と三人の侍女たちに一目惚れしてしまい,それぞれの恋は一応成就する.女性たちは再会を約して母国にかえるが,再開まで他の女性とは関係を結ばないとの条件を残して.
この喜劇の第四幕第三場で,王と友たちはそれぞれ見染めた女性たちへのアタックすることを話し合い,積極的なアプローチの気勢をあげる.その時ビローンは,「よい種を播かねばよい実はとれぬ」と,” Allons! allons! sowed cockle reap'd
no corn.” と発言する.
ACT IV, SCENE 3,
King.
Away, away! no time shall be omitted
That will betime, and may by us be fitted.
Biron.
Allons! allons! Sow'd cockle
reap'd no corn;
And justice always whirls in equal measure:
Light wenches may prove plagues to men forsworn;
If so, our copper buys no better treasure.
Exeunt.
★坪内逍遥訳
「王 さ、早くあッちへ!
此目的に利用し得られる限りの時間は、無駄にしちゃならない。
ビロ いざ!いざ!麦なでしこを蒔いた畠ぢゃ小麦は取れない。
因果の車は正直に廻りますからね。
破誓男に尻軽娘、いつ、どんな罰が当るか知れない。
さうだとすると、つまり、銅貨ぢゃ余(あンま)りいヽ物は買へないことになるんだ。」
★和田勇一訳
「王 さあ、行こう! この目的に使える限りの時間は、無駄にはしてはいけない。
ビローン いざ(アロンズ)! いざ(アロンズ)!(Allons)なでしこを蒔いたって小麦は取れない。因果の車は、かたよった廻り方はしない。誓いを破った男たちには、尻軽女の罰が当たるかもしれぬ。そうだとすると、銅貨じゃ、あまり良い物は買えないことになるな。」
★小田島雄志訳
「王 よし、行こう! こうと決まれば時間が惜しい、
われわれの役に立つ時間は一瞬たりともむだにはしまい。
ビローン いざや進まん!ナデシコをまいても小麦は穫(と)れぬもの、
因果はめぐり結局は正しい裁きをつけるもの。
誓約破りの男には尻軽娘がお似合いだ、
しょせん卑しい銅貨でりっぱな宝は買えぬのだ。」
★松岡和子訳
「王 よし、行こう! こうなったら時間が惜しい、
使える時間は一瞬も無駄にはするな。
ビローン いざ,進め!雑草の種を蒔(ま)いても小麦は穫(と)れない、
めぐる因果は公平だ,努力すれば報われる。
誓約破りの男には天罰がくだり、尻軽娘しか手に入らない、
銅貨ではそれ相応の宝しか買えない。」
種子の形状からして,小麦とムギセンノウは全く異なるので,種子の似ているドクムギ(Darnel)を小麦と間違えて播く事の方がセリフには合う.また,ムギナデシコはキク科のバラモンジンの別名なので好ましくない.
★コレオレーナス
“THE TRAGEDY OF
CORIOLANUS” は,紀元前五世紀のローマで,誇り高く,軍事的成果を挙げた「ケーアス・マーシャス・コリオレーナス」(Caius Martius Coriolanuss)が,執政官(Consul)として選ばれるために,市民たちにおもねることは,ひいては彼らの発言権を増させ,立派な政治を行っている元老たちの地位を揺るがせ,やがてローマを滅ぼすと主張し,市民たちを蔑むような発言をした.彼の言動は護民官たちの扇動もあり,彼をローマから追放される原因となった.
ACT III
Scene I. Rome. A street
CORIOLANUS.
Now, as I live, I will.
My nobler friends, I crave their pardons. For
The mutable, rank-scented many, let them
Regard me, as I do not flatter, and
Therein behold themselves. I say again,
In soothing them we nourish ’gainst our senate
The cockle of rebellion, insolence, sedition,
Which we ourselves have ploughed for, sowed, and scattered
By mingling them with us, the honoured number,
Who lack not virtue, no, nor power, but that
Which they have given to beggars.
★坪内道遥訳
コリオ 「いゝや、是非、今いひます。
諸君には済まんが、許して下さい。
あの臭(くさ)い、大勢の暴徒(ぼうと)どもは、おれを……おれは追従(ついしょう)はいはんから・…‥明鏡(めいきやう)だと思って、おのれらの身を照らして見るかいゝ。
あいつらを甘やかすのは、取りも直さず、元老の害になるものを培養するんだ、
謀叛だの、不遜(ふそん)だの、暴動だのゝ種を自分で蒔(ま)き散らして、やくざな雑草を立派な麦の中へはびこらすんだ、
あんな乞食どもにくれてやりさへしなけりゃ、われ/\には立派な権力もありや才能もあるのに。」
★小田島雄志訳
コリオレーナス 「いまだからこそ言うのだ。
貴族諸卿には申しわけないが許していただきたい。
あの移り気な悪臭を放つ家畜どもに、おれがけっしておもねったりはせぬことを知らせ、やつらにおのれの姿を見せてやりたいのだ。
もう一度言おう、やつらを甘やかすことは元老院を荒れ地にすることだ、
せっかくおれたちが丹精こめて耕した沃土に反逆、不遜、暴動の種を蒔き散らし、その毒麦をおれたち良質の麦のなかにはびこらせることだ。
おれたちには美徳も権力もあるはずだ、それを乞食どもにくれてやりさえしなければ。」
★松岡和子訳
コリオレイナス 「いや、いま言ってやる。貴族諸君には済まないが許してくれ。
移り気で悪臭を放つあの烏合の衆に、俺が追従など言わないことを思い知らせてやる、
そうすればやつらにも、おのれの姿が見えるだろう。
もう一度言おう、やつらのご機嫌をとるのは、反逆や不遜、暴動といった元老院の害になる毒草に肥料をやるに等しい、
我々が手ずから土地を耕し、その種を撒き,我々誉れある者の中にやつらをはびこらせるのか、
俺たちには雄々しさという美徳があり権力もある、
乞食どもにくれてやりさえしなければ。」(改行,一部変更)
坪内逍遙訳『ザ・シェークスピア-全戯曲(全原文十全訳)全一冊,改訂新版』第三書館(1999)
和田勇一訳『恋の骨折損』(シェイクスピア全集1.喜劇1.)筑摩書房(1967)
小田島雄志訳『シェイクスピア全集 恋の骨折り損』白水社
白水uブックス(1983)
小田島雄志訳『シェイクスピア全集 コリオレーナス』白水社
白水uブックス(1983)
松岡和子訳『シェイクスピア全集 16 恋の骨折り損』 筑摩書房 ちくま文庫(2008)
松岡和子訳『シェイクスピア全集 14 コリオレイナス』 筑摩書房 ちくま文庫(2007)
なお,松岡さんはシェイクスピアの戯曲全37作品を完訳した功績により,2020年,文化庁長官表彰.21年,菊池寛賞受賞.同年,毎日出版文化賞受賞.2022年,朝日賞受賞,202年坪内逍遥大賞などの栄誉を受けた.
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