2011年5月29日日曜日

カワラナデシコ ミーティアミックス (2)

Dianthus superbus var. longicalycinus = long calyxクロウリハムシは白い花弁が好きなのか,単に目立って標的にされ易いのか,薄紅色のより被害はひどい.


ナデシコの名が現れる現存の最古の文書は『出雲国風土記』天平5年(733年).出雲国の仁多(にた)郡の山野に在る有用な草木などのリストに白頭公(オキナグサ)や附子(トリカブト)と共に記載されている.勿論観賞用ではなく,薬用としての重要性が認められていた.「〔凡諸山野所在草木〕 白頭公・藍漆・藁本・玄参・百合・王不留行・薺尼・百部根・瞿麦・升麻・抜葜・黄精・地楡・附子・狼牙・離留・石斛・貫衆・續断・女委・藤・李・檜・椙・樫・松・栢・栗・柘・槻・蘗・楮。」日本の古名は 単に「なでしこ」なのだが,形状が良く似ているので,中国から入ってきた石竹の「瞿麦」(-目の様な模様がついた -細い葉を持つ草)の名前を適用したのであろう.

島田忠臣の著した平安前期の漢詩集,『田氏家集』(891年頃成立)の「五言,禁中瞿麥花詩,三十韻」の前文には「瞿麥一名巨句麥,子頗似麥,因名瞿麥。花紅紫赤,又有濃淡。春末初發,夏中最盛。秋冬不凋,續續開拆。窠文圓纈,異彩同葩。四時翫好,靃蘼可愛。今年初種禁籬,物得地而增美,雖有數十名花,傍若無色香耳。但古今人嘲詠知小,蓋此花生大山川谷,不在好家名處。不亦然者,何得右薔薇、左牡丹、前蘭菊、後萱草乎。花亦有時,人亦有時。人臣奉敕而賦之,前修之未能去焉。」とあり,「窠文圓纈」が花の模様のことなら,この瞿麥は石竹と考えるべきであろうが,バラや牡丹,菊に比して豪華ではないナデシコに趣を感じて,宮中に持っていってご覧に入れた様子が伺える.

やがて,枕草子に描かれたように,在来種のナデシコを中国から来た石竹(からなでしこ)と区別するため,「やまとなでしこ」と呼ぶようになった.この言葉は、素性法師 (9c.末-10c.初) の『寛平后宮歌合』(893)の時の歌「我のみや あはれと思はん 蛬(きりぎりす) なくゆふかげの やまとなでしこ」(『古今和歌集』(ca.914))に初出.一方「からなでしこ」の初出は『栄華物語』 (11c.末) という(未確認).
また,源氏物語の第4帳「夕顔」,第26帳「常夏」等の中世以前の文献に現れる「とこなつ(常夏)」は,カワラナデシコの事だが,現在は江戸時代に石竹より作出された品種,トコナツ(常夏) D. sinensis var. semperflorens=四季咲き をいう.


PAUL A. ROBERT “ALPINE FLOWERS” ポール・ロベール画,C. シュレター解説『アルプスの花』(1938)より Dianthus Surperbus (エゾカワラナデシコ).日本でも北海道や本州中部以北の高地で見られるこの花の苞は2対で十字に対生,カワラナデシコが3~4対なので見分けられる.右下はこの花をモチーフにした 1949 年スイス発行の青少年育成のための寄付金つき郵便切手

2011年5月26日木曜日

カワラナデシコ  ミーティアミックス (1)

Dianthus superbus var. longicalycinus = long calyx古くから愛されている日本原産の花.万葉仮名では奈泥之故,奈弖之故と,また漢字では石竹,撫子,瞿麥とも記載されている.
『万葉集』にはナデシコを詠った歌が26首収載され,その多くは大伴家持の作.如何に彼がこの花に愛着していたが分かる.彼の「吾屋外尓 蒔之瞿麦何時毛 花尓咲奈武 名蘇経乍見武 我がやどに蒔きしなでしこいつしかも花に咲きなむなそへつつ見む」は観賞用草花を種から育てた最初の記録として残っている.
有名な山上憶良の秋の七草の歌「芽之花 乎花葛花 瞿麦之花 姫部志 又藤袴 朝皃之花 萩の花、尾花(をばな)、葛花(くずはな)、なでしこの花、をみなへし、また藤袴(ふぢはかま)、朝顔の花」でも知られる.

また 1001年 長保3年頃に成立した『枕草子』にはからなでしこ(石竹)と共に名が出て,「やまとのもいとめでたし」と,その可憐で繊細な美しさが賞されている.
(四二段) (前略) 少し日たけたるほどに、三位中將とは關白殿をぞ聞えし、(中略)細塗骨など、骨はかはれど、ただ赤き紙を同じなみにうちつかひ持ち給へるは、瞿麥のいみじう咲きたるにぞ、いとよく似たる。(後略)
(七〇段) 草の花は  嬰麥(なでしこ)、唐(から)のは更(さら)なり、やまとのもいとめでたし。(後略)
(一一九段) 繪にかきておとるもの  瞿麥(なでしこ)。さくら。山吹。物語にめでたしといひたる男女のかたち。(後略)
(一五五段) うつくしきもの (中略) かりの子。舎利の壺。瞿麥の花。

昨年の秋に購入して播種した,「サカタのタネ」の園芸品種ミーティア(meteor).一代交配種で株元より多く分枝し,草丈70cm以上で茎がかたくしまっているので,切花としてよいそうだが,花や蕾はクロウリハムシ Aulacophora nigripennis の好物で,完全な花は殆ど見られない.

おまけはカワラナデシコの母種,エゾカワラナデシコ Dianthus Surperbus の図譜
W Curtis “Botanical Magazine” (英)1795年 銅版手彩色

2011年5月23日月曜日

アオバナシラン(青花紫蘭)

Bletilla striata var. coerulea = Heavenly blueピントは甘いが,最も色が良く出ている画像なのでご勘弁を.シランの青花種.中国では白芨藍變種といわれている.草姿・花姿ともシロバナシランより華奢で,上がく片の垂れ下がり方は,シロバナシランより著しい.伊藤伊兵衛『増補地錦抄』(1695) 巻之六 に 「うすけい 紫らん草のうすむらさき」 と記されている「うすけい」がこれかと思われる.近くのホームセンターで2008年に購入.一時は消えたかと思っていたが,今年は数本の花茎を立てたので,紫・白・藍の三種のシランの花が見られた.
シラン属で他に観賞価値の高い花としては,アマナランBletilla formosana,台湾原産.花被は薄いピンクで唇弁には黄色のマークがあり華やか.)と,キバナショウハクキュウ,キバナシランBletilla ochracea, 中国原産.花被は黄色で唇弁は赤いマークのある白色.)が知られているが,特にアマナランは美しい.

シランの地下の白く多肉で大きな扁圧球形な球茎を白芨(びゃくきゅう,Bletillae Tuber (中)白芨)と呼び,漢方で止血,消炎,排膿薬とし,肺結核や胃潰瘍による喀血や吐血,血たんなどに各種薬方に配合して用いられ(用量:1日6~18g),外傷,腫ちょうなどには粉末を外用している.薬理実験によれば,血球を凝集して血栓を形成する止血作用がみられ,その効果がすばやくあらわれることが認められている.また胃せん孔に用いると,粘液がせん孔をふさいでしまう効果が認められている.成分としては多糖類の粘液でbletillaglucomannan,およびデンプンが知られているだけ.収穫は秋の地上茎が黄変したころがよく,掘り上げてひげ根と地上部を除き,よく洗ってほとんどすきとおって来るまで蒸し,その後かるくたたいて取れる粗皮を除き,日に当てるかまたは火力で速やかに乾燥させると「白芨」が得られる.

欧米では園芸店でシランは非常に育てやすく,地植えで葉も楽しめるランとして 'Hardy Orchid' あるいは 'Chinese Ground Orchid' の名で販売され,また白芨やその粉末も薬種店やアジア食品店で “Bletilla (bletilla powder)” として売られていて,その収斂作用を利用して痛み,潰瘍,ひび・あかぎれの治療に用いられている.

2011年5月20日金曜日

シロバナシラン(白花紫蘭)花壇地錦抄,増補地錦抄,広益地錦抄,和漢三才図会

Bletilla striata f. gebina 昨年 UP したシランの白色種.江戸時代には知られていて,紫のシランと混栽すると消えるとされている(大和本草).現在のところ,庭ではその気配はないが,繁茂している母種に比べると小型で,確かにひ弱そう.シランと異なり上がく片が垂れ下がったままでいるようだ.蕊柱の先端がやや赤紫色を帯びるのが彩りで可憐.2007年,群馬県太田市の大慶寺で購入.昨年は消えかけていたが,元気に復活. 今年は遅霜がなかったのでシラン類の花が痛まなかった.

シランの根(偽球茎)からは白及(びゃくきゅう)と呼ばれる漢方薬が取れ,植物名ともなっていたが,『広益地錦抄』によると,薬用になるのはこの白い変種(白蘭(ハクラン))とされている.

伊藤伊兵衛『花壇地錦抄』(1695)花壇地錦抄 四,五 草花春の部には,
「紫蘭(しらん)葉ハささのやうにて中より花出てこいむらさき 白蘭(はくらん)葉ハしらんよりみじかく花しろし」

伊藤伊兵衛『増補地錦抄』(1695)増補地錦抄 巻之六には,
「うすけい 紫らん草のうすむらさき」

伊藤伊兵衛『広益地錦抄』 (1719年)広益地錦抄 巻之五には,
「はくきゅう(白芨)草はなにハ白蘭(ハクラン)といふ 花むらさき成ハ紫蘭(シラン)といふ 薬種にハ白花成を用ゆ」 とある.

また,寺島良安『和漢三才図会』(1713頃)には左図に示すように白及は紅紫色の花をつけ,その根には止血作用など多様な薬効があると記されている.

シランは中国にも分布するが,このシロバナシランは自生しないと見えて,中国の種苗店では「日本 蘭花 Bletilla striata var alba 日本白芨 (白變種~花大~出葉藝) 稀有 野生蘭」として売っている.

2011年5月16日月曜日

メコノプシス・バイレイイ Himalayan blue poppy,ケンブリッジ大植物園

Meconopsis baileyi = Lt. Col. F M Bailey’s1911-12年にチベットのRong Chu 谷で,F. M. Baileyによって発見され,1924年にウォーデン・ボックスで知られる Frank Kingdon Ward が種子を南西チベットから英国に移入した.一般にヒマラヤの青いケシといえば本種を指し,英名もそうなっているが,主産地は中国雲南省北西部の高山地帯である.この種は過去,葉の形から M. betonicifolia という名も使われていたが,2009年に発見者の名前に由来する現在の学名に統一されるようになった(Meconopsis baileyi and M. betonicifolia - reclassification, http://www.meconopsis.org/spages/baileybeton.html).

アジア原産のメコノプシスは「ヒマラヤの青いケシ」として非常に有名であるが,分布の中心はチベットから中国西部にかけてであり、ヒマラヤはむしろ分布の辺縁域に当たる.英国を中心に栽培・園芸化されている種も中国西部産の種が多い.花色も青以外に赤・黄・白,さらにクリーム・紫・ピンクなどがあり,花色に赤(マゼンタ),青(シアン),黄の三原色が含まれている数少ない植物属の一つとして知られている.花序も総状や単頂,花容もつかみ咲きや上向きなど変化にとみ,また交配しやすいことから,非常にバライティーに溢れた花を楽しめる.英国,特に北部は気候が適しているために露地においても栽培しやすく,エジンバラ王立植物園が種の保全と系統確立の中心となっている(The Meconopsis Group, Royal Botanic Garden Edinburgh. http://www.meconopsis.org/index.html).
残念ながら日本では高地や北海道の一部を除いては露地での栽培は不可能で,東京都薬用植物園,咲くやこの花館などの植物園での冷室で育てられている.

画像は1979年6月にイングランドのケンブリッジ大学の植物園で露地栽培されていた花を撮影.写真での同定はエジンバラ王立植物園の The Meconopsis Group の Evelyn Stevens さんにご協力願った.
大阪で1990年に開かれた「国際花と緑の博覧会」のブータン館で展示されていた本種を見に行ったが,ブータンから開花見込み株が送られてきたのか,萎れてみすぼらしく,期待はずれだった.
なお,私の持っているメコノプシスを描いた複数の英国の植物図譜は,http://psieboldii.blog48.fc2.com/blog-entry-61.htmlで見ることが出来るので,ぜひお越しください.

2011年5月14日土曜日

メコノプシス・カンブリカ Welsh poppy,ケンブリッジ大植物園

Meconopsis cambrica = of Welsh origin 属名のメコノプシス Meconopsis は「ケシに似た」という意味のギリシャ語で,ケシ属とは多くの共通する特徴を有するが,画像で見られるように,花柱が明瞭に認められる点によって区別される.この属は 40種ほどの俗称「ヒマラヤの青いケシ」で有名だが,元々は唯一のヨーロッパ産のこの種で属が立てられた.原産地はアイルランド,イギリス南部(ウェールズ),フランス西部,イベリア半島北部などのやや湿性の高地だが,ヨーロッパ各地で園芸用に栽培されていたものが逸出して分布を広げている.花色は黄又はオレンジだが,園芸品種には朱色のものがある.この属が隔離分布をしているのか,偶然に欧州とヒマラヤ・中国南部で同じように進化したのかは不明だが,遺伝子情報を元に見直された新しい分類体系でも,青いケシとカンブリカは同じ属に入っている.

ウェールズを象徴する花として,EU統合のなかで独立国ウェールズを建国することを最終目的としているウェールズの地域政党,プライド・カムリ(ウェールズ語:Plaid Cymru,英語:The Party of Wales,ウェールズ民族党,ウェールズ党)が2006年に党のロゴに採用した.





画像は1979年の6月に,英国ケンブリッジ大学植物園の森影に野生化して咲いているのを撮影. 緑を背景にした逆光に浮かぶ薄い花弁の繊細さと,微妙な色が良く出ていると自画自賛.
同所で撮影したヒマラヤの青いケシの画像は,このブログの以下のリンクで.
メコノプシス・バイレイイ Himalayan blue poppy,ケンブリッジ大植物園

おまけはWilliam Baxter’s "Figures and Descriptions of British Flowering Plants or British Phaenogamous Botany” 1834-1843 より(銅版手彩色) "Meconopsis cambrica" Welshi Poppy









ディル イノンド

Anethum graveolens = strong smell香り,草姿ともフェンネルに良く似ているが,一年草である点が異なる.種子や葉を香味料や生薬として用いる. 原産地は西南アジアから中央アジア,薬草として古くからヨーロッパ・北アフリカ・アジアで栽培されてきた.5000年前にはエジプトの医師に使用されておりアメンホテプ二世の墓から枝が発見されている (https://en.wikipedia.org/wiki/Dill).またイギリスにあるローマ時代の廃墟からもその痕跡が見つかっている(https://www.english-heritage.org.uk/learn/story-of-england/romans/food-and-health/). 新約聖書「マタイによる福音書」23章23節にはパリサイ人がイノンドで税を支払っていたことが分かる場面がある.イエスの言葉として「律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。薄荷、いのんど、茴香の十分の一は献げるが、律法の中で最も重要な正義、慈悲、誠実はないがしろにしているからだ。これこそ行うべきことである。もとより、十分の一の献げ物もないがしろにしてはならないが。23 “Woe to you, teachers of the law and Pharisees, you hypocrites! You give a tenth of your spices—mint, dill and cumin. But you have neglected the more important matters of the law—justice, mercy and faithfulness. You should have practiced the latter, without neglecting the former.”」.また,中世には魔術を防ぐ効果があるとも考えられていた. 日本では,江戸時代には薬草として導入・栽培され,貝原益軒『大和本草』 (1709)で「蒔蘿」は小茴香と同じでフェンネルとディルを含めて言っていたようであるが,一年草の方を特にイノンドとしている(左図). また寺島良安『和漢三才図会』(1713頃)では,蒔蘿は小茴香(= フェンネル)とし,伊乃牟止(いのんど= ディル)と分けている.双方とも種は蛇牀(ヤブジラミ)のそれに似ていて,薬用として用いられ,特に伊乃牟止の種から得られた油は消炎・鎮痛などに効果があるとしている(右図). さらに,小野蘭山『本草綱目啓蒙』 (1803-1806) 巻之二十二では「蒔蘿 詳ナラズ。〔一名〕時美中 蒔蘆 イノンドサウヲ蒔蘿二充ル説ハ穏ナラズ。イノンドハ八月二種ヲ下シテ翌年夏二至り苗根共ニ枯。形状甚茴香二似タリ。只高サ二三尺二過ズ。葉花共二同シテ、臭気アリ。茴香ノ香気アルニ異ナリ。子ノ形茴香ヨリ短クシテ薄シ。油ヲ採、薬ニ入。腫ヲ消シ、痛ヲ止ム。漢名詳ナラズ。」とある. 家内が買ってきた鉢植えから落ちた種が成長.開花した.ミントや香菜などのハーブを良く買ってくるが利用することはほとんどない.これもどうかな.