2008年7月 クサレダマ Lysimachia vulgaris var. davurica 岩手県小岩井農場 |
クサレダマの分類学上の基本種,Lysimachia
vulgaris L. (セイヨウクサレダマ)は,欧州に広く分布し,古くから薬草として知られていた.
古代ギリシャの本草学者ディオスコリデスの『薬物誌』には,「リュシマキア」と言う名で記載され,服用すると止血作用や血流改善の効果があり,燻蒸すると蛇や昆虫を追い払う作用があるとされている.
古代ローマの博物学者プリニウスの『博物誌』 (77 A. D.) にも,「リュシマキア」の名でほぼ同様の作用が記されている.但し,この植物の花の色は,前者は「黄色か赤」,後者は「紫」としているが,プリニウスの「紫」は,翻訳ミスであるとの説もある.
中世以降 ” Lysimachia”
の名の付いた植物は多く,これらの植物は英国の本草書では “Willow-herbe, Loose-strife” でまとめられている.その中には,「真の」或は「黄色の」との冠をつけられた Lysimachia vulgaris を含むオカトラノオ類の他に,アカバナ科のヤナギランなどや,ミソハギ科のエゾミソハギなど多種な植物が含まれていた.英名の
”Willow-herb(e)” は葉がヤナギに似ている事から,また,”Loose-strife” は,この草が家畜の気を鎮め,争うのを防止するとするプレニウスの記事によって,ターナーによって名づけられた.
また,鮮やかな黄色い花の観賞価値が高く評価され,庭園でも育てられ,『アイヒシュテットの庭園』など多くの植物図譜に記載された
日本では,1986年に三重県に帰化している事が確認されているとのこと.
歴史上,古代・中世の歐州本草學にもっとも影響を与えた書物★ペダニウス・ディオスコリデス (Dioscorides Pedanius,of Anazarbos, 40年頃-90年) の『薬物誌 De Materia
Medica』の ”4. OTHER HERBS &
ROOTS” には,
Lysimachia sends out thin stalks a foot
high (or even higher) at the joints of which thin leaves emerge, similar to
those of the willow, astringent to the taste. The flowers
are red or a golden colour. It grows in marshy places and near water.
The juice of the leaves is astringent, and a liquid medicine of it, enema, or suppository,
is good for throwing-up blood and dysentery. In a pessary it stops women’s
excessive menstrual discharges. The herb is effective stuffed in the nostrils
for flows of blood. It is also a wound herb and staunches blood. The smoke
(inhaled) has very sharp fumes so that it both drives away snakes, and kills
flies. It is also called lytron.”
●「第4巻 其の他の薬草類と根 3 LUSIMACHION
リュシマキア(Lysimachia)は1フィート〔約33cm〕あるいはそれ以上の細い茎を伸ばし,その茎の節のところにヤナギの葉に似た細い葉をつける.この葉には刺激味がある.花は赤または黄金色である.この植物は湿地や水辺に生育する.葉の搾り汁には収斂性があり,水抽出液は飲むか浣腸剤にすると,吐血や血性下痢に効く.膣坐薬にすれば女性の過剰の帯下を止める.鼻血には,鼻孔にこの薬草を詰めると効果がある.これはまた生傷用の薬草で止血作用もある.これを燻蒸すると,煙は刺激が強いのでヘビを追い払ったりハエを殺すことができる.これはまた,リュトロン(Lytron)とも呼ばれる.」とあり,赤
or 黄金色の花をつけるヤナギに似た葉を持つ草本とされている.
古代ローマの博物学者★ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus, 22 / 23 – 79)の『博物誌 Naturalis
historia』 (77 A. D.) の “Book XXV” には,
●John Bostock
”The natural history of Pliny the elder” Bohn's Classical Library (1855)
“CHAP. 35. THE LYSIMACHIA : EIGHT REMEDIES.
King Lysimachus first discovered the plant
which from him has received the name of lysimachia, and the merits of which
have been so highly extolled by Erasistratus. This plant has green leaves
resembling those of the willow, and a purple*
blossom ; it has all the appearance of a shrub, the branches are erect, and it
has a pungent smell. It is found growing in watery soils. The properties of it
are so extremely powerful, that if placed upon the yoke when beasts of burden are
restive, it will be sure to overcome all stubbornness on their part.” と,あり,更に
*Pliny has probably mistranslated the Greek
“πυρρν” here, "reddish yellow."と注がある.
●H. Rackham “Pliny
Natural History” The Loeb Classical Library (1949)
“BOOK
XXV. Lysimachia.
XXXV. Lysimachus too discovered a plant,
still named after him, the praises of which have been sung by Erasistratus. It
has green leaves like those of the willow, a purple flower, being bushy, with small
upright branches and a pungent smell. It grows in watery districts. Its power
is so great that, if placed on the yoke when the beasts of burden are quarrelsome,
it checks their bad temper.”
●「三五 リュシマキア
72 リュシマコス王(トラキアの王.360 -281 B. C.)は,彼の名に因んだリュシマキアという名をもち,エラシストラトス(コス出身,前三世紀前半にアレクサンドリアで活躍した解剖学者,生理学者)に称賛された植物を最初に発見した.これはヤナギのような緑色の葉と,穂状に密生した紫の花をつける.枝は小さく直立し,刺激臭を放つ.湿地に生える.この植物の効力は大変強く,軛(クビキ)に繋いだ家畜が喧嘩しているとき軛にこれを置けば,家畜が暴れるのを抑えられるほどである.」としている.
更に,John Bostock は,”Book XXVI, CHAP. 93. Applications For The
Hair. Lysimachia. Ophrys.” で,”Lysimachia imparts a blonde tint' to the hair, and the hypericon, otherwise
called “corisson," makes it black.” と,この植物が髪の毛を黄色に染める作用があるとプリニウスが言っているとしている.
東ローマ帝国の崩壊に伴い,歐州に勃発したルネッサンス運動は十六世紀半ばには全ヨーロッパに広まった.他の学問分野と同じく,植物学でも長い間忘れられていたギリシャ語,ラテン語の書物が研究されるようになり,自国植物への考定が熱心に進められた.古典の中の植物記載は不完全で,図があっても花は除外されていることが多かったので,その仕事は容易ではなかった.しかも南欧固有の植物と同じものを北方でも捜そうとしたため,中国本草書に記載されている薬草を,日本の自生の植物に当てはめた日本の本草学者と同じように,同定作業は困難を極めた.
ディオスコリデス及びプリニウスの記録した “Lysimachus” は,後の本草学者たちによって,「黄」or「赤」or「紫」色の花を持ち,葉がヤナギのようで,水辺に育って莖が直立し,叢生するいくつかの植物に考定された.
日本の江戸本草に大きな影響を与えたフランドルの本草家★ドドネウス (D. Rembert Dodoens, 1517-1585) の『本草書』(Crŭÿde boeck)の 1563 年版には四種の
Lysimachion 類が図示されている.
また,★クルシウス (Carolus
Clusius, A.K.N. Charles de l'Écluse 1526-1609) の手が入った 1644 年版には五種のLysimachion
類が図示されている.Ⅰと①はセイヨウクサレダマ(Lysimachion
verum = 真の),Ⅱと②はアカバナの類(Lysimachium
purpreum primum = 紫花第一種),③はヤナギラン,Ⅲと④はエゾミソハギ(L. purpreum alterum = 紫花第二種)と考えられる.Ⅳと④(L. Caeruleum = 藍色花)はクガイソウの類であろうか.
Dodoens "Crŭÿde boeck" 1563 |
Dodoens "Crŭÿde boeck" 1644 |
これらの図は,單純な線描でいくつもの本草書で使いまわされた様式化されたドドネウスらの図とは異なり,より写実的に見える.
この書の図版はイタリア北東部のヤーディネのジォルジオ・リペラーレとウォルフガンク・マイアーペックというドイツ人との共同作品である.これらの木版画はそれ以前のよりはるかに完成度が高く印象的である.細い平行線によって陰影を与える描影法が広範囲に用いられ,細部は優れた技法で処理されている.多くは乾燥標本を温水に浸して戻したのを描いているための影響が図に残っている.
この書の図版はイタリア北東部のヤーディネのジォルジオ・リペラーレとウォルフガンク・マイアーペックというドイツ人との共同作品である.これらの木版画はそれ以前のよりはるかに完成度が高く印象的である.細い平行線によって陰影を与える描影法が広範囲に用いられ,細部は優れた技法で処理されている.多くは乾燥標本を温水に浸して戻したのを描いているための影響が図に残っている.
英国本草書における
Lysimachion 類の記述は次記事.図は Biodiversity Heritage Library の公開画像より部分引用.
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