Pulsatilla cernua (Syn. Anemone cernua)
2004年4月 茨城県南部 植栽 |
薬用としては,平安時代には国内で採集して「白頭翁」として使用されていた.しかし,いつの間にか中国からの輸入品に頼るようなり『大和本草』には,「白頭翁は今に識る者無し。」と記されたが,『用薬須知』にあるように,江戸時代中期以降にはふたたびオキナグサの根を使うようになった.
オキナグサは,兒花(ちごはな),猫草,仏草とも,また,種毛の長い毛と薬効から「赤熊柴胡(シャグマサイコ)」とも呼ばれていた.ゼガイソウと言う名は明治に入っても使われていて,これは『物類称呼』に「善界の謡に大唐の天狗の首領善界坊と有 其髪に似たりとなり」とその由来がある.「チゴハナ」の名は万葉名の似兒草と,やはり冠毛が目立つ「チングルマ(チゴグルマ)」との類似性を想起させる.
また,庭でも観賞用に育てられ,いくつかの園芸種が作出されたが,その数は多くはない.
著者『書名』
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オキナグサ
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後(のち)くらみのコヤブラン?
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伊藤伊兵衛『花壇地錦抄』
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兒花(ちごはな)
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白頭草(おきなさう)
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伊藤伊兵衛『広益地錦抄』
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白頭翁(はくとうおう)
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貝原益軒『大和本草』
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猫草 國俗 白頭翁
セガイ草
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白頭草(ヲキナグサ)
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寺島良安『和漢三才図会』
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白頭翁,翁草
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翁草
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橘保国『絵本野山草』
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仏草(ほとけくさ)
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翁草 白頭翁(はくとうをう)
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平賀源内『物類品隲』
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オキナクサ
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小野蘭山『本草綱目啓蒙』
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白頭翁
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オキナグサ,一名音羽ラン
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岡林清達・水谷豊文『物品識名』
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ヲキナグサ
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ヲキナサウ
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草花春の部 「兒花(ちごはな)初中 こうむらさき花形ふうれいのごとし葉にハ粉(こ)のふきたるごとくしろし」
草花秋の部 「白頭草(おきなさう)初 花うすむらさき葉ハせきせうのことく春ハ葉色白シ」
★伊藤伊兵衛『広益地錦抄』(1719) 巻之五 薬草五十七種
「白頭翁(はくとうおう) 芝野の中に多く生 葉切レありてうす白く毛有り 花はつりかねさうのかたちにて黒紅色 二月中の此さく ちご花と云 落花のあと白く毛有銀のざいのことく 風にしたがひてとびさる」
★貝原益軒『大和本草』 (1709) 巻之九 草之五 雑草類
大和本草 諸品圖上 NDL |
『同書』 巻之十九 諸品圖上
「白頭草(ヲキナグサ)葉似大葉麦門冬 春初生至夏葉白自夏半色變青」
「猫草 セガイ草ト云」
★寺島良安『和漢三才図会』(1713頃)
「白頭翁 (はくとうをう,をきなぐさ,ペツテョウウオン)
胡王使者 野丈人 奈何草 和名於木奈久佐(をきなぐさ)一云奈何久佐(なかくさ)
和漢三才図会 |
根気味(苦く温、気厚く味薄し) 升すべく降すべく、陰中の陽なり。
熱毒、下痢、紫血、鮮血なる者之れに宜し。
△按ずるに、白頭翁は今に識る者無し。別に翁草有り。此れと同じからず。湿草の下に見ゆ」とオキナグサが白頭翁として認識されてはいなかったと記す.
「翁草(をきな草) 翁草[俗称]別ニ白頭翁(ヲキナグサ)有 干山草類出ヅ
「△按ずるに、山谷及び人家に之れ有り。初春に苗を生じ、葉は麦門冬に似て純白、頗る白髪の如し。故に俗に呼びて翁草と日ふ。三四月長ずるに及び、葉は皆青色に変ず。中心に一茎を抽き小花を生ず、淡紫色。秋冬は枯れ死す。」
★新井白石『東雅(とうが)』(1719年脱稿)
巻之十五 草卉第十五
「或は漢名によりて呼ふ事.忘憂をワスレクサといひ,貝母をばハヽクリとも云ひ,白頭翁をオキナグサといふが如き」
★松岡玄達(1668-1746)『用薬須知』(1726) 巻之一草部
東莠南畝讖 NDL |
「白頭翁 俗名赤熊(シャクマ)柴胡ト云者是也諸国方言[クニコトバ]最モ多シ聚メ(二)干此ニ(一)以便ス(二)訪問ニ(一)
兒花[チゴバナ](加州)ケシケシマナイタ(同上)猫艸(子コグサ)(筑前)チヽンコ(仙臺)ウナイコ ゼガイサウ(京花肆所稱)ヒメバナ(攝州大阪)ガクモチ(濃州)
此薬漢ヨリ不(レ)渡サ故ニ後世方用雖トモ(レ)希ナリト仲景傷寒論ニ有(二)白頭翁湯(一)醫不(レ)可(レ)不(レ)備ヘ漢土ヨリ不(レ)渡サ醫家欠(レ)ク用ヲ處々山中極多近来以之充(一)柴胡誤也與(二)柴胡(一)殊(タヘテ)別ナリ」*括弧内は返り点
★毘留舎那谷『東莠南畝讖』(1731序) 朱筆は後年に小野蘭山が書き入れたもの.
白頭翁 三月上有花 下旬垂糸 (ゼガイソウ)
★橘保国『絵本野山草』(1755)巻之二
はな,六ようにして,うてななし.はなのいろそこ濃紅にして,下より黒みあり.又,うち,うら,うすべににして,さきよりしろみあい.葉,まんだら花に似て大く,はなのしのだち,をだまき草に似たり.」(左図左)
同書 巻之五 「翁草 白頭翁(はくとうをう)
はの芽だし,ゆきしろにして,日をかさね次第に青くなる.また,虎班有.せうがへげのごとく五月花有.葉,三方につく」.(左図右)
*保国の図写と記述から,リュウキュウヤブランにつき,芽出しが白く,あとで緑色に復する,いわゆる後(のち)くらみの異品が浮かび上がる.この推察が的中するならば,六月ごろ,白色(または淡紫色)で,花被六片(図写の五片は否)の小花が茎頂に群集する点から,「白頭翁 翁草」と表現してもよい姿に見えるはずである.*平野満校訂『絵本野山草』八坂書房 (1982) 解説,岩佐亮二
★平賀源内『物類品隲』(1763)巻之三 草部 二十
「麦門冬 数種アリ小葉ノモノ和名ジヤノヒゲト云大葉ノモノヤブラント云葉ノ形建蘭ニ似タリ○一種和名オキナクサト云アリ大葉ノモノニ比スニレバ稍小ナリ初生色白シテ後漸ク青ニ変ズ○琉球産和名ノシラン葉長シテ光滑ナリ又和名俗鶏尾蘭ト称スルモノアリノシランノ類ニテ葉強シ以上皆麦門冬ノ種類ナリ」
★越谷吾山
編輯『物類称呼』 (1775) 巻之三 艸木
「白頭翁 ちごはな一名しやぐま○京都にて○うないこ又ぜがいさう 善界の謡に大唐の天狗の首領善界坊と有 其髪に似たりとなり 大坂にて○ひめはな 江戸にて○おきなぐさ是和名なり 畿内にて○ちごはな 美濃にて○がくさう 加賀にて○けしけしまないた 甲斐にて○けいせいさう 木曾にて○かぶろ 越中にて○おにごろ又○てんぐのもとゞり 仙台にて○ちゝんこ 下野にて○ちゝこ又○かはらちご 筑前にて○ねこぐさ○ぜがいさう 飛騨にて○ものぐるひ又○かつしき 四国にて○尉どのと云」
★小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803-1806) 巻之八 草之一 山草類上
「白頭翁 ナカグサ和名鈔 オキナグサ同上 ゼガイサウ信州・筑前 シャグマザイコ シャグマグサ石州 チヽカウ チゴバナ加州播州 チンコバナ信州 チヽンコ仙台 チチコ野州 カハラチゴ同上 チンゴ但州 チゴノマヒ越中 オチゴバナ水戸 カハラバナ仙台 カハラザイコ炮炙全書 ガクモチ濃州 カヅラ同上 ガクサウ同上 ツハブキ参州 ネコグサ筑前 ネコバナ筑後 ゲジグジマナイタ加州 ダンゼウドノ讃州 ダンゼウ阿州 ゼウドノ四国 カブロ木曽 カブロサウ伊州 ヒメバナ大阪 オニゴロ越中 テングノモトドリ同上 ウナイコ花家 ウネコ薩州 ヲナイコ肥後 ウバガシラ 松前 ヲバガシラ津軽 ヤマブシバナ石州 シャンゴバナ播州竜野 ホウコグサ同上姫路 コラコラ同上木梨村 コマノヒザ仙台 ケイセンクハ備前作州 ケイセイサウ甲州備中 ヌスビトバナ肥前 ヌスドバナ和州 ハグマ泉州 キツネコンコン備後 ラカンサウ モノグルヒ飛州 カツチキ同上 ガンボウシ上野 ジイガヒゲ芸州 [一名〕野丈(事物異名) 老翁鬚(薬性奇方) 注之花(郷薬本草)
山野向陽ノ地ニ多シ。春、宿根ヨリ数葉叢生ス。形唐種ノ防風葉ニ似テ光滑ナラズ。茎葉トモニ白毛多シ。三四月、一尺許ノ茎ヲ出ス。其巓ニ細小葉茎ヲ抱キ並ビ生ジ、上ニ数枚ヲ分ツ。枝頂ゴトニ一花、倒垂シテ鈴鐸ノ如シ。長サ八九分、濶サ六分許、後開テ日ニ向
テ仰グ。六弁ニシテ紫赤色。外ニ白毛多シ。中ニ一撮ノ紫糸アリ。黄蕊此ヲ囲ム。花衰テ弁蕊倶ニ脱ス。中ノ紫糸漸ク長大、二寸許、円ニ族リテ四ニ垂。其糸甚細ク淡紫色ニ変ズ。後又白色ニ変ジ、風ニ随テ飄リ飛去。糸根ニ中子アリ、落ル処ニ苗ヲ生ズ。」
同書 巻之十二 草之五 湿草類下 麦門冬 の項に
「又一種種樹家ニオキナグサト云アリ。一名音羽ラン。形状ハヤブランニ異ナラズ。惟葉白色ニシテ美シ。然レドモ夏巳後ハ漸ク緑葉二変ズ。」
また,キク,マツもオキナグサと呼ぶと記している.
★岡林清達・水谷豊文『物品識名』(1809 跋) 『新撰物品識名』,『物品識名拾遺』
「ヲキナグサ 白頭翁」
「ヲキナサウ 麦門冬(ヤブラン)一種」
★毛利梅園(1798 – 1851)『梅園草木花譜』(1825 序,図 1820 – 1849)
「本草綱目 白頭翁 ハタツクリ? ヲキナクサ 胡王使者 野丈人 奈何草 赤熊(シヤグマ)柴胡 柴胡三種之内/セガイサウ 異名分類抄 近根有白茸 似人白頭 故名之/チゴバナ 地錦抄/仏子草/ホトケクサ 共茶席挿花集」
黄花白頭翁 戊申三月十七日 於自園真写」
と色変わり品を記録した.
と色変わり品を記録した.
白頭翁 腸癖毒痛ヲ攻 セガイサウ オキナグサ 本経一名 野丈人
(中略)
[撰品]邦産唯一種ノミ.形桔梗ニ似テ而褐色.蘆頭白毛有リ.信州及ヒ諸州原野ニ生.薬舗此ヲ以テ泰芁ニ充レ者ハ非ナリ.用リ者之ヲ詳セヨ.
白頭翁.春苗ヲ生ス.葉ハ益母草(メハジキ)ニ似テ而毛茸有リ.晩春叢中茎ヲ発シ.一花ヲ開ク貝母ニ似テ而裏紫赤色.花謝シテ後長蕊ヲ生ス.白頭老翁ノ状ノ如.故名ツク 秋根ヲ採ル.又鳥ニ白頭翁ノ(ムク)同名有リ.(原文は和漢文)」とムクドリも白頭翁と呼ばれると記した.
★加地井高茂 [編]『薬品手引草』(1843)
「白-頭翁(トウオウ) 野丈(ヤジヤウ)人 志やくま 又ひよどり也 和」とヒヨドリ も白頭翁と呼ばれると記した.
★岩崎灌園『本草図譜』(1828-1844),巻之六 山草類一之下
「白頭翁(はくとうをう)をきなくさ 本草和名
山野陽地に多し 花紫黒色 実ハ白色の毛の如く下へ垂る 根ハ牛蒡に似て瘠て短し」 (最下図,左)
★不老亭編『八翁草』(1849)
鑑賞用としてオキナグサ (翁草) は,風変わりな花が栽培された。この本には八品が色刷木版画で収められ、花銘は左上から、「築厳翁」「卜年翁」「釣渓翁」「感麟翁」「仙陽翁」「漆園翁」「臥龍翁」「笙乾翁」と読め,風雅な名が付けられている.花銘の右下には花の特徴や作出した人名などが記されている.(右図)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2537022
「ヲキナグサ 白頭翁
啓蒙形状ヲ詳ニス故畧之.雌蘂如糸頂心ニ集束シ.雄蘂普クソノ下ヲ團ミ.葯黄色.近世葉状花色ノ種々ナル品ヲ出ス.林氏亦ソノ多数ナルコトヲ云.可併見.今絻一異種ヲ附ス.他日ソノ異種ヲ集メテ諸書ニ較考セバ種名ノ詳ヲ得ン.往古之ヲ有毒ノ品トスレトモ.近時ソノ露水煎汁浸液等ヲ以テ頑固ノ諸病ニ大ニ適用スルコト藥性論治騐書等ニ載ス可併見.
第六種 ア子モネ プュルサチルラ 羅 ゲメーネ ア子モノ 蘭 クェーケンセルレ 鐸氏」(左図右)
★木村康一・木村孟淳『原色日本薬用植物図鑑』(1964) 保育社 によると,「この根を中国の白頭翁(はくとうおう,Pulsatillae Radix)に代用し,漢方で清熱涼血,解毒,また,消炎,収れん,止血,止瀉薬とし,発熱性の下痢 腹痛,鼻血,出血する痔などに白頭翁湯あるいは,白頭翁丸などの処方で用いられる。
Anemonin |
成分は protoanemonin,anemonin のほか,stigmasterol, β-sitosterol, hederagenin, o1eanolic acid などが知られ,中国産の白頭翁ではサポニンが見いだされ,pulsatilla-saponin-I,-II,-III と名づけられている。いずれも加水分解によってトリテルペンの hederagenin を生じる。また,その地上部からは強心作用を示す物質として okinalin および okinalein が見いだされている。
薬理実験では,煎液にアメーバ原虫の生長を抑制阻止する作用が認められ,臨床的にアメーバ赤痢に応用した報告もある。また.抗菌作用も見いだされているが,あまり強くない。anemonin は心臓毒で,少量では心臓摶動の振幅を弱め,大量では心停止に至る。」とあり,毒性は強く素人の使用は避けたほうがよいようだ.
オキナグサ (2/5) 本草綱目,出雲国風土記,延喜式,本草和名,医心方,和名類聚抄,下学集,多識編
オキナグサ (4/5) ツンベルク,シーボルト,川原慶賀,伊藤圭介,カーチスのボタニカル・マガジン
オキナグサ (2/5) 本草綱目,出雲国風土記,延喜式,本草和名,医心方,和名類聚抄,下学集,多識編
オキナグサ (4/5) ツンベルク,シーボルト,川原慶賀,伊藤圭介,カーチスのボタニカル・マガジン
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