2014年5月28日水曜日

ユキノシタ (3/5) 耳の疾患への薬効伝承,方言,畸人草,キジンソウ

Saxifraga stolonifera (Syn. S. sarmentosa) 
2013年6月 茨城県南部 植栽
ユキノシタは食用として,また育てやすい薬草として,庶民の生活に溶け込んでいた.その薬効については,

李時珍『本草綱目1590)の「虎耳草」の項にはすでに「【主治】瘟疫,擂酒服。生用吐利人,熟用則止吐利。又治●(月+亭)耳(みみだれ),搗汁滴之。痔瘡腫痛者,陰乾,燒煙桶中熏之(時珍)。」と,あり,

江戸時代の絵入り百科事典
★寺島良安『和漢三才図会』(1713頃)巻第九十八 石草類 には,「虎耳草(ゆきのした) 石荷葉 〔俗云 雪下(ユキノシタ)草〕
温疫ヲ治スルニ擂キテ酒ニテ服ス。(生ニテ用ウレバ人ヲシテ吐利セシム。熟用シテ吐利ヲ止ム) 痔瘡、腫痛ヲ治スルニ陰乾シニシ烟ニ焼キ、桶ノ中ニテ之レヲ熏ズ。●(月+亭)耳(タレミミ)ヲ治スルニ汁ヲ擣キテ之レヲ滴グ。△按ズルニ、(中略)其ノ葉ヲ採リテ黒ク焼キ、油ニ和シテ小児ノ頭瘡ニ傳クニ良シト為ス。(現代語訳 温疫(急性伝染病)を治す。擂(す)って酒で服用する〔生で用いると吐・利する。煮熟したものは吐・利を止める〕。痔瘡・腫痛を治すには、陰乾しにしたものを桶の中で焼き、烟で患部を熏(いぶ)す。●(耳+亭)耳(みみだれ)を治すには、搗いて汁を出し、それを耳に滴らす。△思うに、(中略)葉を採って黒焼きにして油をまぜ、小児の頭瘡(くさ)につけると良い。)」
とある.しかし,民間薬として考えられていたのか,松岡恕庵『用薬須知』,平賀源内『物類品隲』,山本亡羊『百品考初編』等の本草書には,ユキノシタ(虎耳草)自体が取り上げられていない.

一方,現代でも★木村康一,木村孟淳『原色日本薬用植物図鑑保育社(1981) には,「ユキノシタ Saxifraga stolonifera MEERB.(英)mother of thousands,(独)Rankender,(中)虎耳草  葉を食用にするほか,虎耳草(こじそう,Saxifragae Folium)と言って,解熱,解毒,鎮咳,消炎,止血薬などとし,せき,中耳炎,丹毒,痔,膿腫,吐血,じんましん,湿疹などに内服(1915g煎用)または外用して用いる。
中耳炎には葉のしぼり汁を洗液の中に加えてうみを洗い出し,新しいしぼり汁を耳の中に滴下しておくと化のう性中耳炎37日ほどで治ゆするという。百日咳には小児1日量で虎耳草39g(乾燥品)を砂糖 9g と煎じてシロップを作り随時服用させる。新鮮葉のしぼり汁 35ml を内服してもよい。葉を火であぶって柔らかくし,腫物,火傷,凍傷などにはりつけ,また葉を塩でもんではるとウルシかぶれに効くという。また,葉を黒焼にしてゴマ油とねり合わせ,軟膏を作ってしもやけ,ひび,あかぎれに用いることもある。
成分は葉にフラボノイドの Saxifragin,配糖体の arbutin,芳香族化合物の cis-caffeicacidesculetin などが知られているが,有効成分は明らかにされていない。アルカロイドが存在するともいう。」とある.
★長田武正・長田喜美子『野草図鑑⑤すみれの巻』保育社 (1984) には,「人家付近にふつうにはえるが,これはもともとの自生ではなく,民間薬として栽培されたものが野生化したのだといわれる.中耳炎,かぜ,はれものそのほかに薬効が知られ,生葉をてんぷらにして食べる.」
★秋山久美子『都会の草花図鑑』八坂書房 (2006) には,「民間薬では生の葉は火傷,腫れ物,小児のひきつけに,乾燥した茎葉は煎じて解熱,解毒に効果があるとして利用された.」とある.がそれぞれの有効成分については明確な言及はない.

特に耳の疾患への薬効はよく知られていたと見えて,★八坂書房編『日本植物方言集成』八坂書房(2001 には,全部で 128 個の方言が収載されているが,「耳」に関わると思われる名称が24個もある.しかも青森から沖縄までひろく分布しているので,全国的に利用されていたと思われる.

みそだれぐさ〔栃木(河内)〕,みみあんぐさ〔鹿児島(鹿児島)〕,みみくさ〔熊本(阿蘇)〕,みみぐさ〔沖縄(島尻)〕,みみごくさ〔岡山〕,みみすだれ〔青森〕,みみだれぐさ〔青森,栃木,栃木(宇都宮),宮崎(児湯)〕,みみどげな〔大分(大分)〕,みんくさ〔鹿児島(曽於)〕,みんぐさ〔鹿児島(鹿児島市・串木野・日置・曾於・肝属)〕,みんざいぐさ〔沖縄(島尻)〕,みんじゃいぐさ〔沖縄(本島)〕,みんじゃらんは〔鹿児島(出水)〕,みんじらんは〔鹿児島(出水市)〕,みんたれ〔鹿児島(枕崎市)〕,みんだれくさ〔栃木(宇都宮),鹿児島(肝属)〕,みんだれぐさ〔栃木(宇都宮市),鹿児島〕,みんだれのは〔鹿児島(鹿屋市)〕,みんだれんは〔鹿児島(鹿児島)〕,みんちゃばぐさ〔鹿児島(鹿児島市)〕,みんみんぐさ〔鹿児島(日置)〕,みんやいのくすい〔鹿児島(阿久根)〕,みんやんぐさ〔鹿児島(鹿児島市・加世田)〕,みんやんのくすい〔鹿児島(阿久根市)〕

食用・薬用として生活に溶け込んでいたユキノシタの方言には,生育場所(池・井戸・石・岩)に関連する名や,動物の器官に例えた名もあるが,注目すべきは 「ユキノシタ (2/5) 」で言及したキジンソウ(畸人草)と云う名であろう.

この名は古い本草書に「虎耳草」の和名としてされているが,方言としても多い.『日本植物方言集成』には,きじんそー〔仙台,常陸,長門,周防,筑前,久留米,宮城(仙台・石巻),秋田(平鹿),山形山梨(南巨摩),新潟,兵庫(赤穂),香川(木田),福岡(久留米・八女・朝倉・小倉),佐賀(小城),長崎(対馬),熊本(熊本・鹿本・球磨・阿蘇),大分(大分・宇佐),宮崎(西臼杵)〕,き-じんそ-〔山口(玖珂),大分(大野)〕,きじゅそ-〔大分(別府市)〕,きじんう〔佐賀(小城),長崎(東彼杵・北松浦・下県)〕,きじんこ〔宮崎(西諸県)〕,きじんそ〔熊本(玉名),宮崎(宮崎市)〕,きじんま〔山梨(西八代)〕,きずんそ-〔岩手,秋田(鹿角)〕,きぞんそ〔宮崎〕が記録されていて,この言葉の分布も広い.

一方,『本草綱目啓蒙』によれば,キジンソウ(キジンサウ,キジンソー)と呼ばれる植物はユキノシタの他に「睡菜 ミヅガシハ ミツガシワ」があり,『日本植物方言集成』では,トウゲブキ〔下野日光〕,ベンケイソウ〔長門〕がこの名で呼ばれるとある.

この由緒ありげな,しかも古い名前が何に由来するのか,興味がそそられるがよく分からない.ケンペルもツンベルクも和名としてこの名も記録していて,ツンベルクは悪魔の草の意味としている(ユキノシタ(4/5)).

ユキノシタ (4/5) ゲオルグ・マイスター,ケンペル,リンネ,ツンベルク,伊藤圭介 キシンソウは鬼神草?,カーチス 学名原記載文献

ユキノシタ (2/5) 絵本野山草,備荒草木図,本草綱目啓蒙,物品識名,梅園草木花譜,本草図譜,薬品手引草,草木図説

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