Zinnia elegans
2014年 7月 |
幕末に移入されたヒャクニチソウは,日本の風土にあい,丈夫で花期が長く,色も豊富なことから,短期間で普及した.しかし,あまりにも華美で,日本古来の美意識に合わなかったためであろうか,明治末には「俗っぽい,洗練されていない」とマイナスの評価もされていたようだ.明治・大正・昭和初期の園芸書でのヒャクニチソウの記述を NDL で目次として検索できる書で追跡してみた.
小川安村 編『四季の花園 前編 十二』(明治24年,左図,NDL)には「○百日草 一名浦島草(うらしまさう)と云丈夫なる一年草にして春月種子を蒔付夏月高二尺許に達し七月中旬より十月下旬に至る迄絶へず花を開く紅。白。黄。桃色八重等ありて甚美麗なり切花となすが宜し。」と,庭花としても切花としても評価が高い.
久田賢輝『園芸十二ケ月』(明治39年,右下図,NDL)には,
「八月 ◈ジニヤ 一重もあれば八重もあり、毬のやうなものもあれば藥玉のやうな濃艶なのもある。それに白も黄も赤も紅もあつて、花期長く、花辧丈夫に、夏秋の花壇になくてはならない花です。明治の初年ごろ此の花は田舎でも河原菊叉は浦島草と呼び作って居ましたが、皆一重のものばかりでした。然るに近年米国から種々なのが輸入されたので、亜米利加百人草の名と共に廣く傅はり、各處の花壇を飾るやうになりました。莖は二三尺のものですが、花の形が徑二寸もあらうといふ見事な一年草で、之も春四五月中に蒔くと、二三回の薄肥を施したばかりで、今頃より秋晩くまで咲き誇ります。
「八月 ◈ジニヤ 一重もあれば八重もあり、毬のやうなものもあれば藥玉のやうな濃艶なのもある。それに白も黄も赤も紅もあつて、花期長く、花辧丈夫に、夏秋の花壇になくてはならない花です。明治の初年ごろ此の花は田舎でも河原菊叉は浦島草と呼び作って居ましたが、皆一重のものばかりでした。然るに近年米国から種々なのが輸入されたので、亜米利加百人草の名と共に廣く傅はり、各處の花壇を飾るやうになりました。莖は二三尺のものですが、花の形が徑二寸もあらうといふ見事な一年草で、之も春四五月中に蒔くと、二三回の薄肥を施したばかりで、今頃より秋晩くまで咲き誇ります。
九月 ジニア
日本流の風韻をやかましくいふ人には、俗な花だとて顧みられませんが、近来輸入せられました欧米種(おうべいだね)は、なかなか美はしく大きく、花の直徑は三四寸もありまして、赤、黄、紅、緋、白など濃艶な色合は誠に見事で、なかなかそんな理屈を云って居(を)られません。それに大きな株の梢頭(せうとう)に長く咲いて居て、しかも丈夫ですから夏秋の花壇を飾るになくてはならぬ花です。なほ切花としてもよく、また前庭後園のところどころに植ゑて住居をうつくしするも、ふさはしい眺めです。
◈この花には一重八重藥玉咲などいろいろありますれど、最初輸入せられた時分は一重ばかりであつたらしいのです。さうして何時頃初めて輸入せられたのか分かりませんが、なんでも餘程古いことでせう。その證拠らしのはこの二十餘年前(ぜん)から、越中の山村にカーラギク(唐菊(からぎく)を訛つて河原菊に當てたのらしい)の名で四五本づゝ作り初められて居るといふ事實であります。なほこの花は花期が長いので百日草と呼ばれて居りますが、別に浦島草とも云ひます.これは天竺牡丹*の別名だともいふから、どっちが實際かよく存じません。それに英名はユースエンドエージですが、学名のジニアはゴツチンゲンの植物学者ジョンブレーゴツドジン氏の名誉を祈念するためにつけられたのだそうです。元来墨西其(メキシコ)の半灌木、叉は草本の菊科植物で一属十二三種もあるそうですが、一般に栽培されるのはジニアエレガンス(Zinnia Elegans)といふもの。即ちこの百日草であります。
◈さてこれを培養しますには(以下略)」
と既に一重の花については「俗な花」との評価もあるが,八重の花はそんな理屈を云っていられないほど見事だといっている.*ゼラニウム
田口勝『栽培秘訣園芸節用』(大正3年,左図 NDL)には,「九月の花 / 百日草は墨哥西(まま、メキシコ)原産の丈夫なる一年草で、花期極めて長きより其名を獲、また浦島の故事に擬(なぞら)へて浦島草とも呼ばれ、夙に渡来して洽(あまね)く培養された花であるが、今は殆ど舊名を用ゐるものなく、却つて洋名ジニアを稱呼(しょうこ)として、新来の花の如くに歓迎されてゐる。草の高さ二尺ばかりなるを常とするも、短矮五六寸に充たぬものあり、その中間に位して一尺二三寸に伸びる品類もある。葉腋より枝を分かつこと頗(すこ)ぶる多く、六七月より秋の末に至るまで殆ど絶間なしに花を開く。花は其形状(かたち)菊の如くにして一重あり八重あり千重あり、狂咲きをなすもあれば毬のやうに圓く咲くもあり、色形(くわけい)のまちまちなると共に色彩も多様で、紅白黄樺藍紫色など濃淡も一様でない。而して花の最も大輪なるは直徑三四寸に達し、数日を經(ふ)るも褪色変態せぬので、切花となし盛花に用ゐるのに適し、然(しか)も甚だ美事(みごと)である。
播種(以下略)」
とこの時点で広く栽培されているが,百日草より高級そうなジニアの名で,種々の品種が栽培され,歓迎されていることを記している.
野崎信夫『わが家の園芸』(昭和18年,右図 NDL)の,「第二編 草花と花木/春まき(春うゑ)草花」には,「ひゃくにちさう(百日草) きく科の一年草 別名「浦島草」種子は春に蒔付ける
僕の家ではみんなが百日草が大好きで、毎年のやうに百日草を作つてゐます。初夏から晩秋まで、ほんとうに百日くらゐの長い間、美くしい花を咲きつゞけるので花壇で眺めて楽しむばかりでなく、佛様の花や生花にも利用してゐます。僕の姉さんは百日草の投入れや籠挿しが上手なやうです。
これまで小輪のポンポン咲(作り易くて花の数が多い)も栽培してみましたが、花が立派なのはやはり大輪咲ですね。大輪咲の中でもマンモス(花の直径一五糎位の萬重咲)、ダリア咲、カクタス咲(花辧が筒型の大輪)などは、花の色にも紅・赤・樺・白などがあつて、とても美くしいと思いました。また中輪咲の黄花も良いと思ひました。
作り方(以下略)」
と子供向けの園芸書ながら,栽培のし易さや花の美しさを強調している.
今年我が家で育てたヒャクニチソウの種袋の惹句は「百日草 中輪咲混合,長期間花を楽しめる 6~8cmの花が咲き、草丈は約80cmになります。花色は赤、桃、鮭、黄、白などの混合です。切花を切ると、次から次へと新しい花をたくさんつけます。」
「百日草(ジニア) ポンポン咲混合,花径約4cmの小輪で、多くの花弁が重なるかわいらしい半球型の花型です。草丈約50cmで、切った後の芽吹きが早く、真夏でも咲き続ける丈夫な品種です。鮮やかで豊富な色彩の混合種です。」
残念ながら,花が咲き始めて最盛期直前に,うどん粉病が蔓延して,全て処分せざるを得なかった.最近はうどん粉病に耐性のある品種も開発されている.また,別種のやや背が低く,花の小さい Z. marylandica や,交配種の種が市販されている.
ヒャクニチソウ-3 随筆 閑村,子規,綺堂,河上肇,宮本百合子,岡本かの子,原田光子
ヒャクニチソウ-1 万延元年遣米使節,新渡花葉図譜,遠西舶上画譜,植物図説雑纂,方言
ヒャクニチソウ-3 随筆 閑村,子規,綺堂,河上肇,宮本百合子,岡本かの子,原田光子
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