2015年8月6日木曜日

カラスノエンドウ-11 薇はゼンマイ,ワラビ,イノデ? 新撰字鏡,本草和名,和名類聚抄,温故知新書,和爾雅,大和本草,菜譜

Vicia sativa subsp. nigra
シロバナカラスノエンドウの若い苗,この後,周りの茎が上に伸びて,中心は低く,鳥の巣状態になる.
(大)巣菜の由来か? 2015年4月
日本では,古くから「」はゼンマイ(古名 まかご 万可古)と考定されていたが,「蕨」と組み合わされ「蕨」でワラビとも訓じられていた.
江戸時代になってからは,貝原益軒や寺嶋良安は「」の考定に諸説ありとして,『本草綱目』にしたがって「」をマメ科の野豌豆や大巢菜(カラスノエンドウ)や翹搖(ノマメ?)とする一方,益軒は『詩経』の「」はゼンマイの一種「イノテ 猪手 イノデ オシダ科の常緑シダ,Polystichum polyblepharum」と考えていた.

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現存する最古の漢和辞典の★僧昌住編『新撰字鏡』(平安前期 昌泰年間 898- 901)には,「 旡非反* 菜垂水也 白 万可古」とあり,「」を「万可古」と訓じている.この「万可古」はゼンマイの古語「巻子(まかご)」の表記と思われる**.一方同じ項には「蕨 古月切* 和良比」とあるので,この時点で既に「」はゼンマイ,「蕨」はワラビと考定していたのであろう.
この書は 892年(寛平4年)に3巻本が完成したとされるが,原本や写本は伝わっていない.3巻本をもとに増補した,12巻本が昌泰年間に完成したとされ,写本が現存する.12巻本には約21,000字が収録される.
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*反切(はんせつ)は、漢字の発音を示す伝統的な方法のひとつ。2つの漢字を用い、一方の声母と、他方の韻母および声調を組み合わせて、その漢字の音を表す。「旡」の声母と「非」の韻母を組み合わせて「」の音を表わし,「古」の声母と「月」の韻母を組み合わせて「蕨」の音を表す.)
**木村陽二郎監修『図説草木名彙辞典』柏書房 (1991) 「ぜんまい」の項には,古語として「巻子(まかご)・白微(まかご)・●(くさかんむり+端)(まかご),万可古(まかご)」が挙げられている.

★深根輔仁撰『本草和名-下巻』平安前期 延喜年間(901 - 923年)には,「蕨菜 黒者 一名 白者一名 ●(萁の下に糸 or くさかんむり+綦) 紫者也 出崔禹 和名和良比」と「蕨菜」を「和良比」と訓じているが,「」は載せていない.

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平安前期の★源順『和名類聚抄 野菜ノ類 第二百二十九』(931 - 938),那波道円 []1617)には,「
爾雅注云蕨 厥二音和名和良比 初生無葉而可食之 崔錫食經曰 音 黒者曰蕨 紫者曰 ●(萁の下に糸 or くさかんむり+綦) 音期 置熱湯中令熟、然後可噉之」とあり,「蕨」の二字で「和良比」と訓じているが「」は載せていない。

★鎌倉時代の惟宗具俊の撰述による本草辞典『本草色葉抄』(1284)には,「 證六生水傍葉似萍 又三水菜也 生海池沢 三泰記四夷斎食也三年顔色不異武王戒??而死」(内閣文庫)と爾雅や夷斎伝説を引用するのみで,特に日本での植物への考定はしていない.

一方,磯野による「ぜんまい」の初出である室町期の★大伴泰広(大伴広公)『温故知新書』(1484)(いろは順が一般的であったこの時代に五十音順を採用した最古の辞典といわれている.)の中巻,「セ」「生」の項に「貫衆 センマイ」とあるが」の文字は使われていない.

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江戸前期の辞書で,中国の「爾雅」に倣って日本で用いられる漢語を意義によって24門に分類し,音訓を示し,漢文で注解を施した★貝原(好古)益軒の『和爾雅 巻之七 菜蔬門』(1694)には,
(ワラビ) 名蕨拳(ワラヒノホ) 蕨粉(ワラヒノコ) (イノテ) 野--豆。大-菜。竝按ルニ--傳云テレ而差大●有共味苦山間人食マレウ二之迷蕨胡氏云疑チハ荘子ノレ迷陽一者ナラン
紫蕨(センマイ) 綦同爾雅-郭璞曰-紫蕨拳曲繁盛故月爾之名今按芲和-俗以-狗脊一ヲ紫蕨レリ
粔籹ワラビモチ) 出干本草綱目月蕨-又見ル?」とあり,「」はイノテであり,その一方ゼンマイは紫蕨としている.

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★貝原益軒『菜譜 下巻 野菜』(1704)では「(いのて) 深山幽谷の内に生ず.蕨より大なり.味苦して,生にて食らふべからず.煮てほして食す.味よし.本草綱目にのせたるは是にあらず.荘子及び朱子詩傳に出たり.」と,詩経の「」で本草綱目の「」ではないと記している.(右図右)

★貝原益軒『大和本草 巻之五 草之一』(1709) では,「薇 召南草蟲詩云陟彼南山言采其朱傳曰テ蕨而差大有芒而味苦山間ノ人食之ヲ迷蕨ト胡氏カ曰疑テハ即荘子迷陽云者○本草蒙筌ニ曰較ルニ蕨ニ差(まま)-大味略苦有芒亦潤大腸調中尤消浮腫利水○イノテハ深山幽谷ノ内ニアリワラヒニ似テ大也毛アリ生ナルハ味苦シホシテ食スヘシ其初生野猪ノ手ニ似タリ故ニイノテト云紫綦(センマイ)ハ一根ヨリ多ク生スハ然ラス似蕨(ワラヒ)而大ニ有芒(ノギ)而味苦キコト朱子ノ詩傳ニ云ヘルカ如シセンマイニ不同三才圖繪ニイヘルモ同只本草綱目ニトイヘルハ別ノ物ナリイノテニハ非ス叉迷蕨ト云ヘリ然レハセンマヒトモイノテモ同迷蕨ト云ナルエシカヤウノ同名異物多シ詩經大全ノ小註山陰ノ陸氏容●ノ項氏カ説モ皆本草綱目ト同シ蔓生トシ爲二野豌豆ト朱子詩傳異リ別ニ(イノテ)アル事ヲ不知ト云ヘシ本草蒙筌三才圖繪ノ説ハ朱子ト同シ」(上図,左)

★同『大和本草 巻之八蔓艸類』(1709).では「野豌豆 四種アリ 一種ハ葉大ニシテ葉ヲ食ウ 其名ヲ綱目ニト云 一種翹ト云 實アリ 國俗名ヲイラヽト云 三月紫白花ヲ開キ四月ニ角子(サヤ)ヲ結フ 實ハ熟スレハ黒シ青熟共ニ食ウヘシ 豌豆ニ似テ小ナリ 大小共ニ葉ハ豌豆ニ似タリ 麦田ニ生ス 苗葉共ニ似テ食ス 毒一種 イラヽニ似テ角子ノ内ニ只二粒アリ 花モ苗葉モイラヽニ似テ同シキアリ 只小ナルノミ 又一種濱豌豆 葉ハ與豌豆相似テ四月開紫花 花與豌豆相似タリ 結實亦與豌豆相似テ不同」とあるが,「」については具体的に植物名はなく,記述を見る限り「翹搖,國俗名イラヽ」がカラスノエンドウに相当するようだ.この「イラヽ」という植物名は,小野蘭山『本草綱目啓蒙』にも翹揺の一種,カラスノエンドウの筑前地方名として記されている.(左図,NDL)

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