Vicia sativa subsp. nigra
カラスノエンドウとシロバナカラスノエンドウの種子と莢の比較 |
明の李時珍著『本草綱目』には「薇」の項があり,別名として垂水,野豌豆,大巢菜が挙げられている.また,清末の呉其濬の『植物名実図考』にも,「以爲野豌豆之不實者」とある(blog-1).この名の植物の,特に芽や若い葉は,救荒植物として,古くからよく知られていた.
その巻六には「野豌豆 生田野中苗初就地拖秧而生後分生茎叉苗長二尺餘葉似胡豆葉稍大又似苜蓿葉亦大開淡粉紫色花結角似家豌豆角但秕(音比)小味苦
救飢採角煮食或収取豆煮食或磨麺製造食用與家豆同」とあり,若い莢を調理し,また種子を粉にして,栽培される豆と同様に麺にできるとしている.(上図,右.圖はInternet ArchiveとNDLより引用)
★明王西楼輯,姚可成補『救荒野譜 一卷補遺 』和刻 大路次郎右衞門
正徳五(1715)序
「野菉豆 食葉
俗名艸裏菉莖葉似菉豆而小生野田多藤蔓生熟皆可食
野菉豆匪耕 耨不種而生 不萁而秀摘 之無窮食之 無臭百穀 登爾何獨茂」とあり,救荒植物として栄養的に優れていて,蔓葉も実も食べられるとしている.(上図,左.圖はInternet ArchiveとNDLより引用)
「野菉豆 即大巢菜
ノヱンドウ カラスノヱンドウ
小葉者ヲ小巢菜ト云倶ニ冬月中ヨリ葉ヲ生ス葉形圖ノ如シ花ハ淡紫色ニシテ藤ノ花ニ似テ小ナリ後小莢ヲ結ブ内ニ豆アリ」とあるが,特に調理法は記していない.(左図,左端.以下圖は凡てNDLより引用)
★岩崎灌園(1786-1842)『救荒野譜通解』の「和名 のまめ やふまめ たんきりまめ」の項には,「救荒巻の六 豌豆の下に詳なり綱目 釈名に野緑豆と云 是なりと先輩これを大巢菜(ノヱンドウ)とするは誤なり図の形大巢菜に似るゆへなり」と,「のまめ」はカラスノエンドウとは異なるとしている.(左上図,中央)
★建部清庵『備荒草木図』(1771成,1833刊)の『備荒草木図 巻之下』には,「野豌豆(のえんどう,のまめ)
豆(まめ)を採(とり),煎(に)て食(くらふ)べし.角(さや)ともに食(くらふ)べし.又,磨(すり)て粉(こ)となし,餅(もち)に造(つく)り,食(くらふ)べし.凡(すべて)て製法(こしらへかた),大豆(だいづ)と同(おな)し.」とあり,現代語訳では「からすのえんどう
豆をとり煮て食べるとよい.さやも一緒に食べられる.豆を臼ですって粉にして蒸もちにして食べるとよい.すべて調理法は大豆と同じである.」と「野豌豆=カラスノエンドウ」としている.(左上図,右端)
〔釈名〕 野豆。源順(『和名抄』)は、「和名は乃良万米(のらまめ)」といっている。
(中略)一種に野碗豆というのもある。粒は小さくて、食用には適しない。苗を茹(ひたし)ものとするだけである。」とある.(読み下し,現代語訳,島田勇雄訳注 『本朝食鑑』平凡社-東洋文庫)
この「野碗豆」がカラスノエンドウにあたると考えられる.(右図,左)
この「野碗豆」がカラスノエンドウにあたると考えられる.(右図,左)
★京都府『救荒並有毒植物集説』(1885)『救荒並有毒植物集説』には,「からすのゑんどう 荳科 やはずゑんどう いらゝ(豊前) 大巢菜(漢名) ヴ井ジア,アングスチフテリア
野塘及麦隴に自生多し苗は秋月に生し小巢菜(スヾメノヱンドウ)より大にして翼葉の頂に巻鬚あり四月短梗を出し一二花を着け淡紫色蛾形亦小巢菜に似て稍大なり後扁莢を結ふ寸余中に七八子を収む此草凶年には賤民以て食用となす」と,救荒植物としてよく知られ利用されていたことがわかる.(右図,右)
このように,カラスノエンドウは芽も若い葉と蔓も莢も実も,飢饉の際は食用として利用されていた.一般に若い豆の芽は固定菌の働きでやせ地でも繁茂し,レンゲなどでは,葉をそのまま鋤込むことによって土壌を肥やすことができる.つまり栄養分に富んでいると考えられる.
残念ながらカラスノエンドウの若い葉の栄養成分について検討した報告は見つけ出せなかったが,厚労省が公表している「五訂増補日本食品標準成分表」に豆苗(トウミョウ,Domiao)茎葉,生(Stems and
leaves, raw)が記載されていたので,これをゼンマイ(生,干し),および三種の緑色菜と比較してみた.
五訂増補日本食品標準成分表(栄養素は可食部100gあたりの数値)
これらの数値からすると,豆苗はほとんどすべての栄養素でゼンマイは勿論,他の緑色野菜に勝っている事がわかる.干しゼンマイがわずかに勝っているのは,炭水化物と食物繊維だけで,特にタンパク質とビタミンは,豆苗が抜きんでている.
五訂増補日本食品標準成分表(栄養素は可食部100gあたりの数値)
これらの数値からすると,豆苗はほとんどすべての栄養素でゼンマイは勿論,他の緑色野菜に勝っている事がわかる.干しゼンマイがわずかに勝っているのは,炭水化物と食物繊維だけで,特にタンパク質とビタミンは,豆苗が抜きんでている.
このことからも,三年もの間,あるいはおせっかいな一言が無ければそれ以上に,伯夷・叔斉を健康に生き延びさせたのは,ゼンマイやワラビではなく,カラスノエンドウやそれに類するマメ科の野草-微-であろうと推測する根拠となる.
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