2015年8月23日日曜日

カラスノエンドウ-14 飯沼慾斎『草木図説前編』ヤハズエンドウ,カラスノヱンドウ=イブキノエンドウ,田中芳男・小野職愨『有用植物図説』“Useful plants of Japan, described and illustrated.”

Vicia sativa subsp. nigra
画像提供:トミーさん
莢が着色し始めたシロバナカラスノエンドウ.2015年5月
飯沼慾斎『草木図説前編』(成稿 1852(嘉永5)ごろ,出版 1856(安政3)から62(文久2))は,草類1250種,木類600種の植物学的に正確な解説と写生図から成る。草部20巻,木部10巻。草部は1852(嘉永5)ごろ成稿,56(安政3)から62(文久2)にかけて出版された.
この書は,江戸末期の植物図譜としては,岩崎灌園の『本草図譜』九六巻と双璧をなす名著として評価が高い.『本草図譜』が蘭書を参考にしながらも,中国本草のシステムを脱し切れなかったのに対し,『草木図説』はリンネの分類体系を組み入れ,学名(ラテン名)を入れるなど,より近代の西洋植物学に範をとった.図も一般に流布している版の図は白黒の木版画ではあるが,植物の特長をよく表し,また,芸術性も高い.
明治になるとこの書は,田中芳男小野職愨(小野蘭山の孫)による「新訂版」,牧野富太郎による「増訂版」などの校訂を経て,日本の植物学の発展に大いに寄与した.

これらの書における「ノヱンドウ」類の記述を見てみると,「スヾメノヱンドウ 小巢菜」の項の「又一種」が,現在の「カラスノエンドウ」に該当し,後に「ヤハズヱンドウ」と,田中,小野,牧野によって校訂された.一方「カラスノヱンドウ 大菜」は後に牧野によって,織田信長がキリスト教宣教師に薬草園として与えた伊吹山に残存する「イブキノエンドウ」と同定された(次記事)

☆「飯沼慾斎(1782-1865)と岩崎灌園(1786-1842)は江戸時代末期のナチュラリストとしてまたボタニカルアーチストとして共に高く評価される.飯沼慾斎の『草木図説』草部二〇巻,岩崎灌園の『本草図譜』九六巻は日本の植物図説の金字塔である.『草木図説』木部は最近になって出版された.『本草図譜』は漢名,和名をあげるが『草木図説』はラテン語の学名や時にオランダ語を加えている.後者はリンネの分類に従い,前者の『本草綱目』による配列より近代化されている.慾斎に大きな影響を与えたのは宇田川榕菴の『植学啓原』と伊藤圭介(1803-1901)の『泰西本草名疏』である.後者はシーボルトに指導のもとツェンベリーの『日本植物誌』の学名をアルファベット順に並べ,これに和名をあてたものである.」(木村陽二郎『ボタニカルアートの世界 日本のボタニカルアート』1987
☆「『草木図説』は、刊行されたものは無彩色だが、原図はすべて色彩画であることは『本草図譜』と同じである。『本草図譜』は記述が簡単に図のなかに記してあるが、『草木図説』では解説は丁寧である。
『草木図説』の増訂第二版は『新訂草木図説前編』(一八七四~七五)として出版された。これは伊藤圭介の弟子田中芳男と小野蘭山の孫の小野職愨によるもので、学名については横須賀製鉄所の医官サヴァチエの意見を参考にしていた。
牧野富太郎校訂の『増訂草木図説』(一九〇七~二二)は四巻本として出版された。文には「補」として牧野の記事が加わり、学名の変更も多いが、牧野による部分図も多く加えられていることは注目すべきである。原図にも部分図のあるものが多く、このために慾斎はある場合は顧微鏡を用いた。灌園の図とくらべると、花部の描写は丁寧で正確である。リンネの分類体系のためには雄しべ雌しべを正確に数える必要があったことは、慾斎の図を立派にさせたのである。」(木村陽二郎『江戸期のナチュラリスト』1988
☆「中国の『本草綱目』に拠らない,西洋植物学的な植物図説の嚆矢と位置づけられている.」(大場秀章『植物学と植物画』2003
☆江戸時代わが国で著作された植物図譜のうち、岩崎常正の「本草図譜」は題名が 示すとおり、中国の博物学すなわち本草学に準拠するところが大きく、それをリンネによる近代的な二命名法を取り入れた本格的な植物図譜を目指したのが本書(『草木図説』)である。草部二十巻が出版され、その後明治8年に学名が補され「新訂草木図説」として同版にて出版*、さらに大正2年牧野富太郎により「増訂草木図説」として浄装本4冊にて出版。その後木部が原稿で残されていたので昭和52年木村四郎編注により浄装本2冊として出版され一具となした。(磯野直秀 NDL 『草木図説』解題)
  
★飯沼慾斎『草木図説前編(草部) 巻之十三』
①「スヾメノヱンドウ 小巢菜 即翹揺
NDL
原野ニ多ク秋深ク子生ス.方茎地ニ布テ一二尺鰭葉ヲ五生ス.吾郷邉大中小ノ三種アリ.本条ハソノ小アルモノニナリ.小葉七八對ヲ以テ一鰭ヲナシ.中筋頭一鬚アリテ二三岐ヲナシ.柄本二三尖ノ托葉アリ.小鰭ハ形披針状ニシテ.頭僅ニ平凹ニシテ中心一尖刺様ヲナス.葉腋寸餘ノ細茎ヲ出シ.上ニ四五花ヲ一側ニ房様穂状ニツク.萼長ニシテ五尖花蛾形.未開ノ時ハ白質微紫暈アレトモ開ニ至テ殆ト白色.只竜骨弁ニ微紅ヲ餘ス.蕋柱蛾形花ノ常套ニシテ後扁莢ヲ結フ.楕圜ニシテ長二三分内ニ二細子ヲ収ム.根ハ細鬚ノ間ニ小米粒ノ如キ珠塊ヲ多クツク.此類三種ミナ然リ.林氏 云.子ヲ煎服シテ痘瘡ヲ排泄シ.マタ咽頭病ニ称用シ.又子粉ヲ貼シテ腫瘍ヲ膿熟スルコト豆粉ノ如シ.附全花郭大葉背一倍圖
(エルフェル ヒルスュトコム)羅 (ロイゲ リンセン)蘭
 (テウェーデン ? ケレイ子 コロック)鐸氏 」

NDL

②「前条一種        カスマグサ
此種ハ前後二種ノ中間ニ立チ.五對小葉ヲ以テ一鰭ヲナシ.小葉尖鋭ニシテ頭末平
直尖刺ノ形ナク.中筋頭ノ鬚岐ヲナサズ.托葉一尖ニシテ分レズ.花梗寸餘ニシテ二花
或ハ一花.前条花ヨリ微大ニシテ.色稍濃ク.莢亦微大ニシテ四子ヲ収ム.叉一種白花ナ
ルアリ.附全花郭第圖 米里堅種ハ花葉全ク同形ニシテ莢濶短ノ興アリ故ニ只莢子ヲ圖ス
              第二種
(エルフェル テラスペルムニム) 羅 (ヒールサーヂフ リンセ)

NDL
③「又一種 (ヤハズヱンドウ)
スヾメノヱンドウ中ノ大葉ナルモノニシテ.披針状葉ノ四對或ハ五對ヲ以一鰭ヲナシテ互生シ.小鰭ハ頭平凹ニシテ中心一尖起アリ.中筋頭ノ鬚三岐ニ分レ.柄本托葉三四尖起ヲナス.葉腋毎ニ短梗一花ヲツク大サ三四分.色浅紅紫.後扁英ヲ結フ長寸餘内ニ十許子ヲ収ム.
Eersten(エールステン) of(又) Grooten(ゴローテン) Krock(コロツク) 鐸氏
鐸氏所載ノ圖説共ニ的當些異ナシ.按ニ林氏 Vicia(ヒシア) sativa (サチファ)羅 tamume(タムメ) Vitsen(ヒッテン)蘭 鐸氏ノ「エールステン.コロツク」ヲ併スレドモソノ説ク処ノ形状ニアツテハ,鐸氏ニ所載ト不同ルコトアリテ.鐸氏ノ的當ナルガ如クナラズ.故ニ今主トシテ鐸氏ノ名ヲ掲ク.」

*書中又時々鐸氏ト云フ是レ「ドドネウス」氏(Rembertus Dodonoeus 即チ R. Dodoenus)ニシテソノ書ハ Cruydt-boeck ナリ西暦一千六百十八年(元和四年)和蘭国「ライデン」府ニ於テ出版セルモノナリ.(牧野富太郎『増訂草木圖説』「巻末ノ言」)
**書中著者能ク林氏ト記セリ是レ和蘭國「ホッツイン」氏(F. Houttuyn)ノ著書ニシテ固ヨリ林氏即チ「リンネ」氏(Karl von Linne' 即チ Carl. Linnaeus)自身ノ著書ニアラズ唯「ホッツイン」氏ガ「リンネ」氏ノ學式ニ則テ以テ天物ヲ記述セルモノニシテ題シテ Linnaeus Natuurlyke Historie ト云ヒ全部三十四巻アリ西暦一千七百六十一年(寶暦十一年)ヨリ同一千七百八十一年(天明元年)ニ亙リテ同國「アムステルダム」府ニテ出版シタルモノナリ(牧野富太郎『増訂草木圖説』「巻末ノ言」)

NDL

④「カラスノヱンドウ 大
伊吹山麓最多ク生ス.草スヾメノヱンドウヨリ大.クサフジヨリ小ニシテ葉橢圓ニシテ頂ニ微缼アル五対ヲ以テ一鰭ヲナシテ互生シ.巻鬚二三岐.托葉二三尖.毎葉腋ニ短梗ニ花アツテ.スヾメノヱンドウノ如クナレトモ.萼彼ノ如ク長カラズ.花差ヤ大ニシテ淡紅帯紫色.後扁莢ヲ結ブ.長一寸餘.内ニ五六子ヲ収ムカラスノヱンドウノ名.古来サス処紛雑分明ナラズ.故ニ余ハ主トシテ此種ニ下ス.
按前条ノ同族ニシテ種名未詳.」

★田中芳男, 小野職愨 選 『草木図説目録 草部』明治7(1874)年
NDL 
「(四二)スヾメヱンドウ              小巢菜    〔荳科〕
  (42SUDZUMENO-YENDŌ           (LEGUMINOSAE.)
              VICIA HIRSUTA KOCH.
 (四三)カスマグサ                                      〔荳科〕
  (43KASUMAGUSA.                          (LEGUMINOSAE.)
              VICIA TETRASPERMA MOENCH.
(四四)ヤハズエンドウ                               〔荳科〕
  (44YAHADZU-YENDŌ.                    (LEGUMINOSAE.)
              VICIA ANGUSTIFOLIA l.
(四五)カラスヱンドウ              大巢菜    〔荳科〕
  (45KARASU-NO- YENDŌ. (LEGUMINOSAE.)

              VICIA SATIVA L.?」(左図)


飯沼慾斎『草木図説』には,羊歯植物の部はないが,『新訂草木図説前編』(1874-75)を出版した田中芳男・小野職愨による★『有用植物図説』服部雪斎,図画(1891)には,「ゼンマイ=薇」「スズメノエンドウ=小巣菜」「カラスノエンドウ=大巣菜」とされている.
以下和文は『有用植物図説 解説一』より,英文は大日本農會から出版された英訳されたこの書 “Useful plants of Japan, described and illustrated.” (1895) より引用した.

第二 葉食類
CHAPTER II. LEAF VEGETABLES.
『有用植物図説. 図画』 NDL 一部改変

九〇 ゼンマヒ                                 薇叉紫蕨
羊齒科ノ宿根草ニシテ山林原野ニ自生シ科根ヲナシ葉ヲ叢生ス春月新芽ヲ萌生スルヲ採リ瀹キテ食シ或ハ晒乾シ或ハ醃貯シ叉新芽ニ被ル所ノ綿ヲ紡ギテ織物トスベシ
90. Osmunda regalis, L., var. japonica. Jap. Jenmai;
a perennial herbaceous plant of the order Filices growing wild on mountains and woody places and forming a large clump. In spring young coiling fronds are eaten boiled or preserved dry or in salt. The white fibres covering the young fronds are woven into clothes.

第十一 畜食類
CHAPTER XI. FORAGE PLANTS.

二六三 スヾメノヱンドウ
荳科ノ越年草ニシテ自生多シ細莖地ニ敷キ叉他物ニ寄ル高二尺餘ニ至リ初夏細梗上ニ小白花ヲ開キ後小莢ヲ結ブ
263. Vicia hirsuta, Kock., Jap. Sudzume-no-yendo ;
a biennial herb growing wild. Its slender stems creep on the ground or climb to other things, being about 2 fts. long. In early summer it bears small white flowers on fine peduncles, being succeeded with small pods.

二六四 カラスノヱンドウ
菜(二六三)ト形状相似テ彼ヨリ大キク花紫色莢長大ナリ
264. Vicia sativa, Miq., var. angustifolia, Jap. Karasuno-yendo ;
it resembles the former, but is larger. Its flower is purple, and pod larger.

二六五 カスマグサ
菜(二六三)ノ一種形状相似テ細梗上ニ淡紫色ノ二花ヲ着ク
265. Vicia tetrasperma, Maench., Jap. Kasumagusa;
a variety of No. 263, resembling in shape, with two light purple flowers on a fine peduncle.

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