Vicia sativa subsp. nigra
2015年5月 |
この書に於いても,「薇」は朱子による詩経の考釈にしたがい,ゼンマイと考定され,さらに,小野蘭山の考察を踏襲し,本草綱目で時珍が「薇以藿乃菜之薇者也」と云っているのは,「薇」に本草綱目の次の項「翹揺」に記すべき記事を誤記入したのだとして,「薇=ゼンマイ」を強引に正当化している.さらに,大巢菜はノエンドウ(カラスノエンドウ),小巢菜及び沙菀蒺●(くさかんむり+梨)はスズメノエンドウ)と考定している.
なお,各図譜記事の文末の()には白井・大沼によって校訂された和名・学名を記す.
一方,山本亡羊は李時珍の記述を優先し「薇=ハマエンドウ」と考定し,加地井高茂は貝原益軒説に従い「薇=イノデ」とした.
本草図譜 巻二十 湿草類
図① NDL 図② NDL |
「沙菀蒺●(くさかんむり+梨)しゃをんしつり 集解
すずめのゑんどう
又ひめゑんどうともいふ原野草奔中に多し春月實より生す葉は蒺藜に似て小く大巢菜ノヱンドウの如くにして小く先に細き鬚あり花大豆花に似て甚ダ小き紫色後小き莢を結ぶ中の子内腎の形に似たり」
(〔和名〕すゞめのゑんどう. 〔學名〕Vicia hirsuta Koch. 〔荳科〕)図①
本草図譜 巻四十九 菜部 柔滑類二
「水蕨
いので 大和本草に其初生野猪の手に似たる故に名つく
くさぜんまい
鹿蕨草 救荒本草
山野道傍水邉に多し蕨葉に似て小く嫩苗紫色を帯ふ軟々にして薄く日光にてハ春月芽出を摘て胡麻を加へてあへ物にして食ふ山こゞみ澤こゞみの二種ありといふ又羽州米沢にてハ春芽を開ざるとき採て食用とす一種きんぎょじたと云ハいのての葉先花叉をなして魚尾の形をなすをいふ」
(〔和名〕ゐので。大和本草 一名 こゞみ.日光 一名 くさぜんまい〔學名〕未詳)(現学名: Osmunda japonica Thunb.) 図②
図③ NDL |
「薇(び) ぜんまい 紫綦(蕨の条下) 迷陽(詩經朱傳) 芽児拳(救荒野譜芽名) 金櫻芽(鄭樵通志)
山野陰地に生ず根ハ貫衆(しヽかしら)に似て春月葉に先て花の莖を生ず小児の拳綿の如き黄褐色毛を被り漸く長ずれバ枝を生じ黄色の粉あり.これ花なり准て葉を生し初生は紅紫色長ずれバ緑色棟(アフチ)の葉に似て鋸歯なし又出羽の産に円葉の物あり春月嫩芽をとり熟して菜となし或は塩蔵し,或は乾して遠に寄る薇は朱傳に似蕨而差大有芒而味苦山間人食之謂之迷蕨といふ物はぜんまいなり時珍の説に許慎が説分を引き薇以藿乃菜之薇者也と云に准て次の翹揺を此條に混入せしなり」
(〔和名〕ぜんまい.一名 ぜんご 上総〔學名〕Osmunda regalis l. var japonica Milde. 〔薇科〕)(現学名:Osmunda japonica Thunb.)図③
図④ NDL |
「翹揺(げうやう) はまえんどう(大和本草) くさふじ ときハふぢ こまめ きつねまめ(松前) メナシハル(蝦夷) メナシャル(仝)
武州川崎海濱砂地に生ず春宿根より苗を発し蔓延し豌豆に似て稍小粉緑色夏月葉の間に小穂を生じ數花を開く形紫藤(フジ)の花に似て深紫色後角を結ぶ又豌豆に似て頗る小なりにかに実あり赤小豆に似て褐色ナリ蝦夷人実を食す」
(〔和名〕はまゑんどう. 大和本草 一名 ときはふぢ. 一名 きつねまめ. 松前 一名 くさふぢ. 薩州.一名 こまめ. 一名 メナシハル. 蝦夷〔學名〕Lathyris marotois Bigel 〔荳科〕)(ハマエンドウの現学名:Lathyris japonica)図④
図⑤ NDL |
「大巢菜(だいさうさい)(釈名陸放翁) いらら(大和本草) のゑんどう からすのゑんどう
秋月実より生ゑ春に至りて蔓延す長サ二三尺葉ハ苦参(クラヽ)に似て狭く長く末に細き鬚を出し物に紆ふ春月葉の間に穂を生じ豆の花に似たり紅紫色花を開き後角を結ぶ大サ五六分中に小さき実あり」
(〔和名〕いらら.大和本草 一名 のゑんどう. 一名 からすゑんどう. 〔今名〕つるふぢばかま〔學名〕Vicia amoena Fisch. Var. lanata Fr. et
Sav. 〔荳科〕)図⑤
図⑥ NDL |
「小巢菜(せうさうさい)(釈名陸放翁)
すずめのゑんどう かにのめ いぬゑんどう エロムハラキナ(蝦夷) ヲロヒュス(羅甸) コトートコロックエルヘン(荷蘭) 漂揺草(山堂肆考) 野蠶(同上) ●(糸+系)蕎々(救荒本草) 沙菀蒺藜(湿草部)
大巢菜の一種なるのにして原野砂地にあり春月実より生じ形状大巢菜に似て小く花人茎一花莢を結ぶ角中に一二實あり」
(〔和名〕すゞめのゑんどう. 一名 かにのめ. 一名 いぬゑんどう. 一名 エロムハラキナ. 蝦夷〔學名〕Vicia hirsute Koch. 〔荳科〕)図⑥
★山本亡羊(1778-1859)『百品考初編』(1838跋刊)
NDL |
「薇
一名野豌豆一名大巢菜
和名ハマヱンドウ
本草綱目,李時珍曰,薇即今野豌豆,蜀人謂之巢菜,蔓生莖葉氣味,皆似豌豆,其藿作蔬入羹皆宜,項氏云,巢菜有大小二種,大者即薇,乃豌豆之不實者,小者即蘓東坡所云脩菜也,此説得之
救荒本草,野豌豆生田野中,苗初就地,拖秧而生,後分生莖叉,苗長二尺餘,葉似胡豆葉稍大,叉似苜蓿葉大,開淡粉紫花,結角似家豌豆角但秕小,味苦,
ハマエンドウ 宮城県野蒜海岸 |
山本亡羊は江戸後期の本草家.儒医山本封山の次男として京都に生まれる.父に儒医学を学び,16歳で小野蘭山に入門して本草学を学ぶ.医業のかたわら儒学,本草学を講義し,家塾を読書室と称して毎年のように読書室物産会を開催.この物産会は亡羊没後は子の榕室,弦堂に継がれ,文化五
(1808)年から文久三 (1863)年にかけて計48回開かれた.深い学識と篤実な人柄で門人は千数百人を数え,蘭山なきあとの京都本草学派の主導者となり,文政九年(1826)には江戸参府途次のシーボルトとも京都で会見している.
★加地井高茂 [編]『薬品手引草 下』(1843)
0 件のコメント:
コメントを投稿