Vicia
sativa subsp. nigra
2015年5月 |
前記事の如く,★飯沼慾斎『草木図説前編』には,牧野富太郎による増訂版『増訂草木圖説』があり,この書における「新舊名稱對照表」を見ると,『草木図説』の「スヾメノヱンドウ 小巢菜」の項の「又一種」が,「ヤハズヱンドウ」とされていて,これが現在の「カラスノエンドウ」に該当する.一方牧野は『草木図説』の「カラスノヱンドウ 大巢菜」は,織田信長がキリスト教宣教師に薬草園として与えた伊吹山に残存する「イブキノエンドウ」と同定し,これらの知見は,『牧野日本植物図鑑』(1940)に反映された.そこでは,「からすのゑんどう」は誤稱で,「いぶきのゑんどう」が正しいとした.また,「ぜんまい」の項では「薇ヲぜんまいニ慣用セシト雖モ是レ誤ニシテ,薇ハすずめのゑんどうノ名ナリ」と薇=スズメノエンドウと考定した.
また,田中芳男と小野職愨による『新訂草木図説前編』(1874-75)の学名を指導したフランス人サバティエの『日本植物目録 (Enumeratio Plantarum in Japonia Sponte Crescentium)』(1873-1879)は,特に和名と図に関しては“So mokou Zousetz(草木図説)”と“Phonzo zoufou(本草図譜)”とを参考・引用している.そこでは,Vicia angustifolia(Vicia
sativa subsp.
nigra の synonym )の日本名に関して ” JAPONICE. - Karasu, Nojendowa,
Nogendô” としている.
なお,欧州原産の「イブキノエンドウ」が伊吹山に野生化して簇生していることは,織田信長が1568年にキリスト教宣教師に伊吹山に薬草園を与えたとする文献の証拠と考えられている.
「カスマグサ (中略)
〔補〕本品ハカラスノヱンドウトスズメノヱンドウトノ中間ニ立ツベキ相貌ヲ呈スルトシテ之ヲカスマグサト名ケシモノナリ然レドモ是レ固ヨリ該両種間ニ生ゼシ間種ニハアラズ(牧野)」
「カラスノヱンドウ 大巢菜 (中略)
〔補〕本種ハ江州伊吹山外多ク之ヲ生ズルヲ知ラズ蓋シ往時同山ニ藥園ノアリシ日,特リ同山ニ多キキバナノレンリサウト共ニ外国種ノ入リシモノナラン此両種ハ欧州ニハ普通ニシテ我邦ニハ極メテ罕(マレ)ナリ.カラスノヱンドウハ多年生ニシテ地下ニ根莖ヲ引テ繁殖シソノ外貌ハ多少諸州ノ近道ニ普通ナルヤハズノヱンドウ(Vicia
sativa L.)ニ似タリト雖ドモヤハズノヱンドウノ如ク越年草ニアラズ(牧野)」
また,図(右,NDL)にはその時点の学名が記載されている.(右図,NDL)
また,図(右,NDL)にはその時点の学名が記載されている.(右図,NDL)
牧野『増訂草木圖説』 新舊名稱對照表
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現一般和名
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原版
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新訂版
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増訂版
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スヾメノヱンドウ 小巢菜 即翹揺
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スヾメノヱンドウ 小巢菜 即翹揺
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スヾメノヱンドウ 小巢菜 即翹揺
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スズメノエンドウ
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前條一種 カスマグサ
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カスマグサ
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カスマグサ
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カスマグサ
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叉一種
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ヤハズヱンドウ
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ヤハズヱンドウ
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カラスノエンドウ ヤハズエンドウ
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カラスノヱンドウ
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カラスノヱンドウ 大巢菜
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カラスノヱンドウ 大巢菜
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イブキノエンドウ
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「ぜんまい(紫萁)Osmunda
japonica Thunb. (中略)我邦ノ學者従来漢名ノ薇ヲぜんまいニ慣用セシト雖モ是レ誤ニシテ薇ハすずめのゑんどうノ名ナリ.」
「からすのゑんどう(野豌豆)一名 やはずゑんどう・いらら Vicia sativa L. (中略)和名烏野豌豆ハ雀野豌豆ニ對シ其花葉竝ニ莢ノ大ナルヨリ云ヒ叉熟莢ノ黒色ナルモ亦烏ニ對シ頗ル適セリ.」(Vicia sativa subsp. nigra)
「すずめのゑんどう(薇)一名 やはずゑんどう・いらら Vicia hirsuta Koch. (中略)和名ハ雀野豌豆ニシテ雀ノ豌豆ノ意ニハ非ズ,コノ草ハ野豌豆(からすのゑんどう)ニ似テ小形ナルニ由リ小鳥ナル雀ヲ其上ニ加ヘ草體ノ小ナルヲ表セリ.漢名 小巢菜竝ニ翹揺(共ニ誤用).」
「いぶきのゑんどう 誤稱 からすのゑんどう Vicia sepium L. (中略)本品ハ歐州ノ普通品ナレド我邦ニ於イテハ其野生トシテハ唯伊吹山下ニ之ヲ見ルニ過ギズ,蓋シ往昔外国ヨリノ渡来品ナラン.(後略)」
★サバティエ(ポール・アメデ・ルドヴィク,Paul Amédée Ludovic Savatier, 1830 –1891)はフランスの医師・植物学者で,お雇い外国人医師として横須賀造船所に1866年から1871年まで日本に滞在し,また1873年から1876年に再度滞日した.自ら横須賀や伊豆半島で植物採集を行った他,植物学者伊藤圭介や田中芳男などと交流し,また彼らから標本を入手した.帰国後,フランシェ(アドリアンAdrien Franchet,,1834 - 1900)との共著で『日本植物目録
Enumeratio Plantarum in
Japonia Sponte Crescentium 』を1873-1879年に出版した.
Prol., p. 258.
HAB. in arvis, secus vias : Kiousiou, prope
oppidum Kuane (Buerger), Nangasaki (Oldham ).
Nippon media, circa Yokoska (Savatier, n. 291).
JAPONICE. - Karasu, Nojendowa, Nogendô (ex Miquel).
Observ. - Cette espèce est très-variable ;
nous pensons cependant qu’elle ne doit pas être réunie au V.
sativa L., comme semble l'avoir fait M. Miquel. Cette dernière peut se
rencontrer au Japon, où elle est sans doute cultivée, bien que nous ne l'y ayons
jamais observée. On trouve fréquemment, échappé des cultures, le V. faba
L., figuré dans le So mokou Zousetz, vol 13, tab., 13, sub : Sora Mame, et dans le Phonzo zoufou, vol. 45, lab. 18 recto. Sub : Sora Mame.
イブキノエンドウ 別名 カラスノエンドウ
1568年 織田信長がポルトガル人宣教師に,薬草を栽培するために伊吹山に 50 町四方の土地を与,宣教師らはヨーロッパから薬草類を約3,000種程を移植したと,江戸時代に出版された「切支丹宗門朝記」「南蛮寺興廃記」に書かれている.しかし,出典が通俗書と言われる確かな歴史書ではないことと,現在の伊吹山中にこの薬草園の遺構が確認できず,この薬草園の信用性に疑問がもたれていた.しかし伊吹山に見られる自生する植物の中には,キバナノレンリソウ(Lathyrus pratensis),イブキノエンドウ(Vicia sepium )など,信長の時代に薬草とともに紛れて入って来たのではないかと考えられる欧州の雑草が数種類残っていることから,織田信長と薬草園の逸話は事実だったのではないかと考えられるようになった。
1568年 織田信長がポルトガル人宣教師に,薬草を栽培するために伊吹山に 50 町四方の土地を与,宣教師らはヨーロッパから薬草類を約3,000種程を移植したと,江戸時代に出版された「切支丹宗門朝記」「南蛮寺興廃記」に書かれている.しかし,出典が通俗書と言われる確かな歴史書ではないことと,現在の伊吹山中にこの薬草園の遺構が確認できず,この薬草園の信用性に疑問がもたれていた.しかし伊吹山に見られる自生する植物の中には,キバナノレンリソウ(Lathyrus pratensis),イブキノエンドウ(Vicia sepium )など,信長の時代に薬草とともに紛れて入って来たのではないかと考えられる欧州の雑草が数種類残っていることから,織田信長と薬草園の逸話は事実だったのではないかと考えられるようになった。
「(前略)不日ニ南蠻寺ヘ帰リ重ネテ信長ヘ訴達シテ曰天帝宗ハ普ク病難貧苦ヲ救テ起臥ヲ安シ法ヲ傳ハテ現安後樂ノ願望ヲ成就ス藥園ヲ給イテ藥種ヲ植其備ヲ成ンコトヲ願フ信長許諾シテ山城近國ノ内其地ヲ選フヘシト有ケレハ両イルマン江州伊吹山ヲ願ヒ得此山ニ登テ五十町四方切開キ藥園トシテ本國ヨリ三千種ノ藥草ノ苗ヲ取來シム伊吹山ニコレヲ植 此故ニ今二百年ノ後迄モ其根此山ニ止テ川芎艾ノ類此山ヲ以テ名産トス(後略)」(右図,NDL)
★シノニム(Wkipedia
J., Y-List),V. segetalis, V.
angustifolia, V. a. var. segetalis, V. sativa var. angustifolia, V. s. var.
nigra, V. s. subsp. angustifolia var. segetalis
★方言,八坂書房編『日本植物方言集成』八坂書房(2001)には,カラスノエンドウの31種の地方名・方言が記録されている.
種子の硬さからか「いしえんどー 新潟(佐渡),いしまめ 鹿児島」
家畜の食草にしたのか「うきざのくさ 千葉(市原),うしえんど 熊本(玉名)」
家畜の食草にしたのか「うきざのくさ 千葉(市原),うしえんど 熊本(玉名)」
莢の両端を切って吹いて鳴らす子供の遊びから「し-びび 石川(鳳至) 兵庫(淡路島・津名),しじび-ぴ一 長野(更級),しびび 福井(今立),しびび-やー 長野(更級),しょ-び- 島根(鹿足・益田市),なるまめ 愛知(知多),ぷ-まめ 鹿児島(出水)」
葉の形からか「はさみ 新潟(直江津),はさみくさ 山形(庄内) 三重(度会) 岡山 山口」
野生動物にちなんだ「かにのめのえんどー 新潟(直江津),からすのえんどう 兵庫(洲本・津名),からすのまめ 和歌山(有田),きつねまめ 山形(東田川・西田川・東村山),きつねんかみさし 熊本(玉名)」などがある.
他に「いせんど 能州,いらら 長州 筑前 山口(豊浦・厚狭),えんどーちゃ 岡山(岡山),かわらえんどー 岡山(御津),くさえんどう 千葉(安房),くつわくさ 岩手(盛岡),ざーるいっけん 岡山(御津),すベベ 福井(今立),つずらふじ 尾州,のえんどー 岡山(勝田・和気),はまえんど 香川(東部),ま-めんご 岡山(児島),やまじゃわり 岩手(二戸)」が記録されている.
他に「いせんど 能州,いらら 長州 筑前 山口(豊浦・厚狭),えんどーちゃ 岡山(岡山),かわらえんどー 岡山(御津),くさえんどう 千葉(安房),くつわくさ 岩手(盛岡),ざーるいっけん 岡山(御津),すベベ 福井(今立),つずらふじ 尾州,のえんどー 岡山(勝田・和気),はまえんど 香川(東部),ま-めんご 岡山(児島),やまじゃわり 岩手(二戸)」が記録されている.
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