2015年8月11日火曜日

カラスノエンドウ-12 薇はゼンマイ,ワラビ,イノデ?-2 和漢三才図会,東雅,物類称呼,本草正譌,本草綱目啓蒙,物品識名 坤

Vicia sativa subsp. nigra
シロバナカラスノエンドウの芽生え 2015年4月
寺島良安は『和漢三才図会』で,マメ科ジャケツイバラの実「雲実」を「カラスノエンドウ」としているが,その一種として現在の「カラスノエンドウ」と考えられる植物を記述している.その上で,良安は「『和名抄』には,蕨〔和名は和良比〕とあって、二字つらねて一物としている。これは大へんな誤りである。思うに、詩にと蕨と対連の旬があるので、誤って同一物としたのであろう。『爾雅』『説文』の説明にも異同があるが、李時珍の『本草綱目』ではをもって野豌豆とし、野蚕豆(そらまめ)・野緑豆(ぶんどう)もみな各条を設けている。大へんな発明というべきである。」と,マメ科の植物であることを強く主張している.
一方小野蘭山は『本草綱目啓蒙』において,はゼンマイと断定し,『本草綱目』でこれをマメ科の大巢菜などと同じとしているのは,筆者の李時珍の誤りで,これらは翹揺の項に入れるべきであるとしている.また,「大巣菜」の和名はカラスノエンドウだとしている.
他の本草家でも,薇には考定の混乱があるが,多くははゼンマイとしている.

寺島良安『和漢三才図会』(1713頃)
「雲実(からすのゑんどう) 草雲母 臭草 粘刺(ねんし)草〔子を雲実(うんじつ)ト名ク〕
雲英(うんえい) 天豆(てんどう) 羊石子 馬豆(ばず)
〔和名濱佐々介(はまささげ)〕
本綱、雲実ハ平沢処処ノ山原ニ多シ。赤キ茎、中空ニシテ刺有リ。高キ者蔓ノ如ク、其ノ葉槐(エンジュ)ノ如ク、三月ニ黄花ヲ開キ纍(ルイ)然トシテ枝ニ満ツ。莢ハ長サ三寸許リ、状肥エタル皀莢(サイカシ)ノ如シ。子有リ五六粒、正ニ鵲豆ノ如シ。両頭微カニ尖リ黄黒ノ斑紋有リ。厚キ殻白キ仁(タネ)アリ。之レヲ咬メバ極メテ堅重ニシテ腥気有リ。其ノ花ニ毒有リ。人ヲシテ鬼ヲ見、発狂セシム。
実(辛ク温、毒無シ) 泄痢腸澼ヲ治ス。邪悪結気ヲ去リ、寒熱ヲ除キ症ヲ治ス。
△按ズルニ、雲実ハ原野池堤ニ之レ有リ。俗ニ之レヲ鴉ノ碗豆ト謂フ。
一種ニ野碗豆(ヤエンドウ)ト云フ者有リ。其ノ花淡紫色、其ノ葉胡豆(ソラマメ)ノ葉ニ似テ莢ヲ結ブ。
一種ニ野胡豆(ノソラマメ)ト云フ者有リ。其ノ花紫白色ニテ、其ノ葉胡豆(ソラマメ)ノ葉ニ似テ莢ヲ結ブ。
共ニ柔滑菜ノ部ニ出ヅ。人其ノ葉ヲ食フ。雲実ハ相似テ黄花ヲ開クノ異有ルノミ。知ラザルベカラズ、是レ毒草ノ属ナリ。」

薇(いぬゑんどう ウィ)
〔音は微(ビ)〕 野豌豆(やえんどう) 垂水 大巣菜
〔俗云以奴恵牟止宇(いぬえんどう)〕
本綱、薇草ハ菱田ノ中ニ生ズ。原沢ニモ亦タ之レ有リ、藿(まめのはな)ニ似テ乃チ菜ノ微ナル者ナリ。微賎ノ食フ所ナリ。草生シ、茎葉気味皆豌豆ニ似タリ。其ノ藿蔬ト作シ、羹(にもの)ニ入レテ皆宜シ。或ハ云フ、水旁ノ面ニ生ズ、枝葉水ニ垂ル故,爾雅ニ之レヲ垂水ト謂フ。
気味(甘ク寒) 久シク食ヘバ餞ヱズ.中ヲ調ヘ、大小腸ヲ利シ、浮腫ヲ下ス。
農政全書ニ云フ.野碗豆ハ田野ノ中ニ生ズ。苗初メ地ニ就キ秧ヲ挹リテ生ジ,後ニ茎叉ヲ分カチテ生ズ。苗ノ長サ二尺余リ、葉ハ胡豆ノ葉ニ似テ稍大キク、淡粉紫花ヲ開キ角ヲ結ブ。家碗豆ノ角ニ似テ但ダ枇小(味苦シ)。角ヲ採リテ煮テ食フ.
△按ズルニ,薇ノ註解・諸説一定シ難シ。詩ノ召南篇ニ、彼ノ南山ニ陟リテ言(ここ)ニ其ノ蕨ヲ采ル。彼ノ南山ニ陟リテ、言ニ其ノ薇ヲ采ル。(朱子ノ註・薇ハ蕨ニ似テ差大キク、芒有リテ味苦シ。山間ノ人之レヲ食フ) 其ノ註、二物ヲ以ッテ同類ノ異種ト為ス。倭名抄ニ、薇蕨(和名和良比)二字ヲ以ッテ一物ト為スハ甚ダ非ナリ。蓋シ、詩ニ薇ト蕨ト対聯ノ句有ルニ困リテ,誤リテ一物ト為セリ。爾雅説文モ亦タ異同有リテ、時珍薇ヲ以ッテ野碗豆ト為ス。而シテ野蚕豆、野緑豆、皆各条ヲ出ス。最モ発明ナルカナ。

(いぬそらまめ)
本網,翹ハ其ノ蔓●(螢の虫を豆)豆ニ似テ細ク、葉ハ初生ノ槐ノ芽及ビ蒺藜ニ似テ,色青黄ナリ。花サカント欲シテ未ダ蕚(ハナクキ)アラザルノ際ニ采リテ蒸シ食フ。酒ニ点シ塩ニ下シ芼(クラ)ブ。三月ニ至リテ小花ヲ開ク、紫白色、角子ヲ結ブ。碗豆ニ似テ小サシ。煮テ食フベシ。(巣元之レヲ嗜ム。因リテ之レヲ元修菜ト謂フ)翹(辛シ)
 血ヲ破リ血ヲ止メ肌ヲ生ズ。擣汁ハ五種ノ黄病ヲ療ス。瘥ヲ以ッテ度ト為ス。人ヲシテ軽健ナラシメ、長ク食ヒテ厭カズ、甚ダ人ニ益アリ。

鹿藿(いぬぶんどう)
木綱・鹿ハ鹿好ンデ之レヲ食フ故、多ク麦地田野ノ中ニ生ズ。苗葉ハ緑豆ニ似テ小サシ。蔓ヲ引キテ生ズ。生熟皆食フベシ。三月ニ淡粉紫花ヲ開キ、小サキ莢ヲ結ブ。其ノ子ノ大イサ椒子ノ如ク黒色、煮テ食ヒ或ハ麪ニ磨(ヒ)キテ餅ニ作シテ蒸シ食フ。気味(甘ク平)
 女子ノ腰腹痛及ビ腸瘰癧ヲ治シ、頭痛ヲ止ム。」

★新井白石『東雅(とうが)』(1719年脱稿) 中国の『爾雅(じが)』にならったもので,『和名類聚抄』にみえる物名について語義の解釈をしたものである.そこには,「蕨 ワラビ 倭名鈔に爾雅註を引きて蕨を引合せ.讀てワラビといひ.貫衆讀てオニワラビといふと註せり.爾雅及び陳臓器.李東壁等の本草に據るに.と蕨とは.相類して同しからざる事.猶貫衆と蕨との如し.倭名鈔に載せし所によれば.古の時には.蕨の類.総称してワラビと云ひしと見えたり.今俗にワラビといふ物は.即蕨也.ワラビといふ義不詳.ゼンマイといふが如きも.亦不詳.オニワラビと云ひしは.そのワラビにして大きなるを云ひし也.ゼンマイは蕃語なるに似たり.」とある(右図,NDL).

★越谷吾山 編輯『物類称呼 巻之三 生植』 (1775)「迷蕨 ぜんまい○上総にて○ぜんごといふ 別種にて前胡といふ有 上総にては ぜんまい をいふ」(わらび,薇についての記載なし)

★松平君山 (1697 - 1783) の『本草正譌 ホンゾウセイカ 巻之四菜部』(安永五 1776 年)では,薇=蕨=ゼンマイとして,薇を菜(カラスノエンドウの類)とするのは,時珍が「大ニ謬レリ」とし,「何ソ惑ヘルヤ」と困惑している.

「蕨〇紫萁 ゼンマイ是詩經ノ薇ナリ時珍薇ヲ菜トス大ニ謬レリ江村氏詩名物經觧コレヲ辧ス詩經朱注曰薇似蕨而差大有芒而味苦山間人食之謂之迷蕨時珍曰紫萁似蕨有花而味苦謂之迷蕨其説ヲ審ニスルニ薇ノ紫萁ト一物ナルコト明ケシ今見ルニ蕨ハ花ナシ薇ハ薹ヲ起シ花ノ如シ味苦シ渫熟シテ食フヘシ蕨ノ味甘ニ異ナリ爾雅薇曰垂水ゼンマイ山中溪澗ノ邊ニ生ス垂水ノ名コレニ據ル時珍何ソ惑ヘルヤ」
「薇 本草謂之野豌豆其謬上ニ見ヘタリ野豌豆救荒本草ニ出タリ可併考」

君山は江戸時代中期の漢学者.尾張藩に仕え,書物奉行となった.幼いころ父母に学んだ以外常師はなく,独学であったが,博覧強記,経史から諸子百家,地誌,本草に至るまであらゆる分野に精通していた.温和な人柄で,その門からは多くの逸材が育ち,まさに君山学派をなした.編著の数もおびただしく,蔵書家としても知られている.

★小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803-1806)
『巻之二十三 菜之二 柔滑類』
「蒺藜 ハマビシ(古今通名) (中略) 蒺藜は海濱沙地に多し山中には生ぜす苗地に就て四布し直立せず葉は大菜(カラスノエンドウ)葉に似て狭く厚く(以下略)」(左図,NDL)

『巻之二十三 菜之二 柔滑類』
 ゼンマイ (中略) ゼンマイ ゼンゴ上総 [一名〕紫葉(蕨ノ条下) 迷蕨 月爾 紫蕨(倶ニ同上) 紫●(萁の下に糸,くさかんむり+綦)(授時通考) 迷陽(詩経朱傳) ●(萁の下に糸,くさかんむり+綦)蕨(鄭樵爾雅註) 筆管菜(山東通志)山足水旁ニ多ク生ズ。深山ニ生ズル者最大ナリ。春嫩芽ヲ採、乾菜トス。コレヲ拳紫蕨(朝鮮賦)ト云ウ,奥州三越ノ者肥柔ニシテ上品トス。形拳曲シテ綿アリテコレヲ包ム。開ク時ハ紫藤(フジ)葉ノ如ニシテ、厚ク尖ラズ、枝多シ。茎長サ三尺許、数茎一根ニ叢ル。別ニ花穂ヲ出ス。高サ葉ト均シ。多ク枝ヲ分チ、黄褐色ノ穂ヲ布。長サ一寸許。秋後苗枯、根ハ則枯ズ。李時珍ヲ以テ野豌豆,大菜トスレハ是ナラズ.此二名ハ翹揺ニ移シ入ルベシ.」
と,本草綱目において「薇」をマメ科の植物としているのは,筆者の李時珍の誤りだとしている.その一方で,本草綱目の「翹揺」が,野-豌豆,大菜つまり,カラスノエンドウの仲間と考定している.

翹揺 ノヱンドウ メホウヱンドウ アコ(予州) [一名] 翹揺車(爾雅註) 漂揺豆(附方) 臭虫豆(物理小識) 漂揺菜(事物紺珠) 屈菜(同上) 苕饒(正字通) 菜(同上) 旨苕(通雅) 翹饒(同上) 翹揺(外台秘要)原野ニ極テ多シ。秋深テ子生ズ。冬ヲ経春ニ至テ盛ニ生ズ。ソノ茎地ニ布スコト一二尺、葉互生ス。三種アリ。其一ハ、カラスノヱンドウ 一名、イラヽ(筑前) イセンド(能州) ツヾラフヂ(尾州) 葉ハ紫雲英(レンゲバナ)葉ニ似テ、長ク数多シ。クサフヂニ似テ小サシ。葉頭ニ鬚ナシ。三月葉間ゴトニ花ヲ開ク。豆花ニ似テ、紅紫色、大サ三分許。後莢ヲ結ブ。長サ七八分、内ニ小子アリ、円ニシテ徴扁、浅緑色ニシテ黒斑アリ。熟シテ根枯。是、大巣菜ナリ。一名,野菉豆(救荒野譜)草裏菉(同上)
物品識名
NDL
其一ハ、スヾメノヱンドウ 一名、カニノメ(能州) イヌヱンドウ(泉州)苗大巣菜ニ似テ、葉最モ細小。頭ニ鬚アリ。三月葉間テ小茎ヲ出シ、数花開ク。最小ニシテ一分ニ盈ズ。浅紫色。後小莢ヲ結ブ。長サ三四分、内ニ中子ニ顆アリ。是、小巣菜ナリ。一名、糸蕎蕎(如草編)。其一ハ、小巣菜ニ似テ、花葉実トモニ微大、花色探シ。是、小巣菜ノ一種ナリ。
又一種ハマヱンドウアリ。一名、クサフジ(薩州同名多シ)海浜及江湖辺ノ沙地ニ生ズ。葉ハ黄耆葉ニ似テ、白色ヲ帯テ厚シ。茎地ニ布、繁リ、四月ニ花ヲ開キ、葉間ニ数十花穂ヲナス。胡豆(イハフジ)花ニ似テ、大ナリ。初メ開ク時ハ紫色、日ヲ経テ漸ク深ク、後ニハ青碧色トナル。花開コト久シ。故ニ、トキハフヂトモ云。莢ハ長サ一寸許、白豌(シロエンドウ)莢ノ如ニシテ小サシ。是、救荒本草ノ野碗豆ナリ。此条ノ野豌豆トハ同名異物ナリ。


★岡林清達・水谷豊文『物品識名 坤』(1809 )「ゼンマイ  迷陽 詩經朱傳」とあり,同書の『乾』には,「イノデ 毛蕨」と,また「ワラビ 蕨 拳頭菜 訓蒙字會」とある.

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