2011年7月19日火曜日

フウラン(風蘭) スズメガ, 花壇綱目, 和漢三才図会, 絵本野山草, 廻国奇観, Curtis’s “Botanical Magazine"

Neofinetia falcata = curved like a sickle昨年の夏,いわき市の蘭愛好家トミーさんから頂いたフウランが咲き出した.Sさんの「洋蘭解説 331(2010/7/28)」の「フウラン(風蘭)」のテキストを引用すると,「気品・香りから、我国が世界に誇る野生蘭です。小さな純白花に長い距(キョ、花の後ろの突起物)が印象的。夕方よく香り、朝まで庭先に芳香が漂います。宵闇とともに色香に誘われてスズメガが訪れ、ホバリングしながら、長い口吻で距にたまった蜜を独り占めします。蜜と引換えに与えた花粉をしっかり受粉させるために、蛾の行き先がまたフウランであってほしい。浮気を止めさせたい一心で、蛾と特約協定を結んだ結果、距が長くなったといわれます。」 と,興味深いコメント.我が家の花ではまだ,スズメガの吸蜜行動は観察されていないが,蚊がいやで夜に庭に出ないからかもしれない.

古くからその高い香りを賞されて栽培され,また,江戸時代には「富貴蘭」の別称で「芸」と呼ばれる短く厚い変わり葉や斑入りのものを選別・命名して栽培することが流行し,最盛 250 種に達した.最近では近縁の単茎性の洋ラン(バンダなど)に香りや耐寒性を与えるための交配親として用いられ,また花や花色が様々な変種が鑑賞用として育種・開発されている.

文献の初出は水野勝元『花壇綱目』の初稿1664年で,中村惕斎『訓蒙圖彙(キンモウズイ)』(初版1666)の寛政元(1789)年版(九大所蔵)には図が出ているが,着生蘭一般の名前の様にも見える(左図).

寺島良安『和漢三才図会』(1713頃)には「風蘭  桂蘭 仙草 三才図会に云ふ、風蘭は土あらずして生く。小さき籃(かご)に貯へて樹の上に掛く。人、仙草と称す。細なる花微かに香し。五雑組に云ふ、風蘭は根土に着かずして木石の上に叢り蟠(またが)り、取りて之れを詹(のき)の際に懸く。時に風の為に吹かるときは愈々茂盛す。其の葉花家蘭と全く異なること無し。
△按ずるに、風蘭は深山に之れ有り。榧(かや)椵(もみ)等の幹(えだ)の間に多く之れ有り。葉の形万年青に似て細く小さく、其の長さ二、三寸、六月に一茎を抽(ぬ)き小白花を開く。末(すえ)曲り微かに香し。」(『三才図会』に、「風蘭は土がなくても生育する。小さな籃に入れて樹上に掛ける。人は仙草と称する。細かい花でかすかに香りがある」(『草木十二巻蘭』)とある。『五雑組』に、「風蘭の根は土に着かず、木や石の上に叢(むらが)り蟠(わだかま)る。取って詹端(のきば)に懸ける。時折の風に当るといよいよ繁茂する。葉・花は家蘭と全く異ならない」(物部二)とある。
△思うに、風蘭は深山にあり、榧(かや)椵(もみ)などの幹の間に多く生える。菜の形は万年青に似ていて細く小さく、長さは二、三寸。六月に一茎が抽きん出て小白花を開く。末(はし)は曲り、微香がある。」とあり,「風に当るといよいよ繁茂する」ところから名づけられたのであろうか.

また,橘保国『絵本野山草』(1755)にはよく特徴を捉えた絵と共に「風蘭 おさ蘭 花,五六月より八月まで 葉、柳菜にして、ほそくあつし。つや有。ちいさし。花のいろ白く、小りん。蘭花のごとし。」とナゴランやカヤランなど一緒に記述している(右上図).

早くから海外にも紹介され,ケンペル『廻国奇観』(Amoenitates Exoticae, 1712)には「風蘭」の漢字が図と共に載っているが,距が短く,また茎の形状からすると明らかに「セッコク(石斛)」の誤りで,フウランそれ自身は記載されていない(左図).但し吊下げ栽培図は,訓蒙図彙の風蘭からの複写. 
 約85年後に出島オランダ商館の医師として1年間滞日したリンネの弟子,ツンベルク(滞日 1775 – 1776)は,『日本植物誌』 “Flora Japonica”(1784)の,Epidendrum monile の項で,ケンペルのいう「フウラン(Fu Ran)」は,日本名「セッコク(Sekikokf)」の異名とした.一方,彼が長崎で見たとし,Orchis falcate の学名をつけた日本名「エビネ(Iebine)」の蘭は,実際にはフウランであった.更に,彼の『日本植物図譜』“Icones plantarum Japonicarum”(1794) には,正確なフウランの図には,Limodorum falcatum. (Orchis falcata: Flor. Japon. p. 26.) と記されている.
 シーボルト(滞日 1823 - 1829)は,滞日中に伊藤圭介著『泰西草木名疏』(1829)(ツンベルク ”Flora Japonica” 中の学名に日本名を考定し当てはめた書)では,Orchis falcate =「エビネ(Iebine)」には疑義を呈し,「補」としてツンベルクが “Icones plantarum Japonicarum”で記した Limodorum falcatum に「風蘭」を対応させている.種小名 “falcata =鎌のように曲がった” は,現在のフウランの標準的な学名 Vanda falcate に受け継がれている.
 1819年の Curtis’s “Botanical Magazine” Limodorum falcatum (Neofinetia falcata) (銅版手彩色)のテキストには,香りが非常に良いことが特徴とされている.
LIMODORIJM FALCATUM. FRAGRANT LIMODORUM.
This pretty little plant is also very fragrant. It is a native of Japan. Where, according to THUNBERG, it grows on the Mountains among shrub; but as this traveler had no opportunity of gathering the plants from their place of growth, it must be uncertain whether it grew on the earth, on rocks, or parasitically on trees; by the manner in which it puts forth its roots, if they can be so called, we should judge that its natural situation was not on the soil. Our plant was cultivated in the garden of the Horticultural Society as an air plant, being suspended from the roof of the stove in a basket with only a little moss in it;and was communicated by the society’s gardener, Mr CHARLES STRACHAN,in May last.

It was first cultivated in England by Sir ABRAHAM HUME,At Wormleybury, who reccived the plant from the East Indies,Through the late Dr.ROXBURGH.

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