2012年4月6日金曜日

ショウジョウバカマ(2-1) 大和本草,和漢三才図会,東莠南畝讖,地錦抄附録

Heloniopsis orientalis
数年前に購入した鉢植えから,ゆっくりと個体数を増やして,毎春可憐な花をつけてくれている.

北方系の植物で,アラスカ・カムチャッカ・アムール地方にも分布するが,適応性が強く,日本では海抜数十㍍の丘から三千㍍級の高山まで分布.花茎の根元に丸く広がった葉は常緑性で,降り積もった雪の下で冬をこす.早春に花をつけるので雪割り草,ユキワリバナ,また6枚の花被片をもつ花が,花茎の先端に多数集まって咲くので,その形からチャセンバナ,カンザシグサなどと呼ぶ地方もある.和名ショウジョウバカマは,謡曲の「猩々」で謡われる,酒を好む霊獣猩々の赤く垂れる髪を赤い花の塊を,葉をその袴に見立てたものという.


薬用とされなかったためか,江戸時代以前はあまり注目されなかったようで,現存の文献に現れたのは,貝原益軒『大和本草』 (1709) に「シャウジャウハカマ 葉土に付き生す 其形此の如く 葉の中より茎を生ず 処々に之有り.」(左図左)と記されたのがもっとも古いようだ.
また,寺島良安『和漢三才図会』(1713頃)には,「猩猩袴(しょうじょうばかま)  俗称【本名は未詳】 △思うに,猩猩袴は高さ六,七寸.葉は蕙(かおりぐさ)に似ていて短い.五,六月に花を開くが,浅紅色で桜草の花に似ていてやや小さい.」(左図右)(現代語訳 島田・竹島・樋口,島田勇雄,竹島淳夫,樋口元巳訳注,平凡社-東洋文庫)とある.色からサクラソウを連想したのだろう.


磯野直秀慶大教授の『日本博物学史覚え書 XIV』によれば,左馬之助『諸禽万益集』(1717 成)の「和産草類」で室町時代から江戸時代前期にかけて園芸品種化されたと思われる種の一つとして「せうぜうはかま」が挙げられている.
更に,毘留舎那谷(びるしゃなや)『東莠南畝讖(とうゆうなんぼしん)』(1731) には,非常に正確な図が描かれている(右図).

もっとも長文の説明は,四世伊藤伊兵衛『地錦抄附録』 (1733) にあり,「猩々袴(しょうじょうばかま) 葉は地にしきれんげのごとく ふゆもかれず 葉の中より花四五寸にたち二月咲 花下へ向てうす黄色なり 又かき色なるもあり くれない成はながめよし 花の色はいろいろあり.」とあり,冬でも葉が枯れない特徴も示され,図も添付されている(左図).花色については,「薄黄色・かき色」など種々あるが,「紅色」がもっとも観賞価値が高いとある.江戸後期には花色の多様な園芸種が育てられていたのかも知れない.

ショウジョウバカマ(1)はこちらから

また,「「東アジア・北米隔離分布」概念の契機となった植物の一つとしてのショウジョウバカマについては,私のもうひとつのブログ「Antique Botanical Printに描かれた日本の花」の「海を渡った日本の花 (30) ショウジョウバカマ 「東アジア・北米隔離分布」」に記した.

2012年4月1日日曜日

ツタンカーメンのエンドウ (1) ツタンカーメンのエンドウはツタンカーメンの墓から見出されたものではない

King Tut’s Pea昨年10月に露地播きした,川口市に在住で,退職した会社の先輩 H 氏より頂いた種から育ったツタンカーメンのエンドウが花をつけた.昨年育てた「赤花蔓あり鞘豌豆 アカバナツルアリサヤエンドウ」とは花はよく似ているものの,茎や花茎,萼に紫色の斑点が入り,雰囲気が違う.

一般的には 1922年にツタンカーメンの墓から副葬品と共に発見された豆から発芽したエンドウの子孫といわれているが,これは大いに疑わしいというのが定説.
一つには副葬品に,えんどう豆がありこれが発芽したという考古学的な記録や証拠がないこと(the seed heritage experts at Kew Gardens say that “To the best of our knowledge, none of these stories is strongly supported by archæological evidence.”
 吉村作治氏「ツタンカーメン王墓からエンドウ豆は出土していませんとしか答えようがない」).
もうひとつには,エジプトの王家の谷の墓のような,人工物が原型をとどめる乾燥した場所は,種子の保存場所としては適していない事が挙げられる.
一方,19世紀から20世紀初頭のエジプトでは,お土産品として地元のエンドウが「ミイラのエンドウ」として広く売られていた.
また,カーターによるツタンカーメンの墓の発掘を財政面で支援し,(謎の)死を遂げた第5代カーナヴォン伯ジョージ・ハーバートの領地が原産地のエンドウに,その功績を讃えるためにツタンカーメンの名前を入れたという説もある.

植物に興味を持ってもらうための,ジョークやロマンとして楽しむには宜しいかもしれないが,科学的根拠には乏しいようだ.

欧米では簡単に “(King) Tut’s Pea ”と略されるが,画像を見るといくつかの種類があるようで,その中には真っ青い花をつけるレンリソウの仲間もあり,むしろこちらの方が異国的で,青いヤグルマギクの花束が,若くして残された王妃の捧げ物として発見されたツタンカーメンにはふさわしい様に思われる.


なお,日本に入り拡がった経緯については,中島氏の「ルーツその1」に詳しいが,その一部を引用すると
「昭和31年の夏のことです。アメリカに住むイレーヌ ファンスワーズ夫人より、日本から送られたサクラの種のお礼に、「世界友の会」の木下乙市さんに、二十粒(二百粒との説もあります)の「ツタンカーメンのエンドウ」の種が、その由来を書いた手紙を添えて届きました。(中略) そのエンドウの栽培に成功したのが、水戸の大町修治さんです。園芸好きのお父さんの援助が大きかったようです。大町さんは収穫したエンドウを「世界友の会」に送り返しました。それから日本各地に広がることになったのです。(後略)」とのこと.

なった実の莢は黒紫色.色素については「ツタンカーメンのエンドウ (2)」「ツタンカーメンのエンドウ(3)」参照.

2012年3月27日火曜日

シュンラン(2) - 和古本草・園芸書 花壇地錦抄,和漢三才図会,大和本草,絵本野山草,本草綱目啓蒙

Cymbidium goeringii今年のシュンランは多くの花をつけた.古くから,高潔さを秘めた渋い味わいが愛され,松・竹・梅と並べて四君子のひとつとされ,日本画や陶磁器・着物の柄として親しまれた.
根は手打ちうどんの様に太く,内部には菌類が住み着き,シュンランと栄養を交換し合って共同生活をしている.昔は民間薬としてこの根を蒸すか焼いてすりつぶし,ひびやあかぎれの手当てに使った.
花は茹でてお浸しなどにして食べたり,塩漬けにして吸い物や蘭茶として祝い事に用いた.塩漬にするときに,梅酢を少し加えると,唇弁の斑点(ほくろ)が赤紫色に発色して見栄えがよくなるとのこと.
日本中に広く分布し,花のつくりや花被の色や模様に特徴があるため,ジジババ・ゲンコツバサミ・テングバナ・オナツセイジュウロウ・ホクロ・ウグイス・ハックリなど方言名が多い.江戸時代から観賞用の栽培が始まり,花の色変わりや葉の変化には現在も愛好家も多く,斑点のない素心系や赤花系などがある.

○伊藤伊兵衛『花壇地錦抄』(1695)では,「春蘭 葉ハらんのちさき物にて花形もらんのごとし」とあり,同書の「草木植作様伊呂波分」の項には,「しゅんらん 植分二八月野土ニ合肥赤土等分日かげニ植べし」とある.

○寺島良安『和漢三才図会』(1713頃) の「第九十三巻 芳草類」に
春蘭(ほくり) △按ずるに、春蘭は蘭に似て細く短く、長さ七、八寸に過ぎず。春月に花を開き、亦た秋蘭に似て香稚浅し。冬月に其の根を採りて慈姑に似たり。能く皸瘡(あかがり)を治す。
現代語訳 島田・竹島・樋口,島田勇雄,竹島淳夫,樋口元巳訳注,平凡社-東洋文庫
春蘭(ほくり) 俗に保久利という △思うに、春蘭の葉は蘭に似ていて細短く、長さは七、八寸に過ぎない。春月に花が開くが、また秋蘭に似ていて、香りはやや浅い。冬月にその根を採る。慈姑(くわい)に似ている。よく皸瘡(あかぎれ)を治す。とある.

○貝原益軒『大和本草』 (1709) では「巻之八 草之四 芳草類」と「巻之九 草之五 雑草類」とに二回記述され,前者では,栽培法が,後者では「ハクリ」という名で「山ニ生ス幽蘭葉ニ似タリ茎ニミゾアリテ三角ナルカ如シ花モ幽蘭ニ似テ微香アリ山人其根ヲ取アブリテヘラニテヲセバノリノ如クニナルヲ用テアカガリノ口ニツクレバ能イエ又白及(シラン)ノ根モ同ジク治ス」とあかぎれに薬効があることが記載されている.

○橘保国『絵本野山草』(1755)の巻之二には二種の春蘭が記載されていて,「春蘭  一名 独頭蘭 葉、蘭に似て小し。春、白うす紅の花を開。蘭のごとし。二月、花。」(右図右)とあり,また「春蘭 山蘭 幽蘭 国香  花、一本に一りん有。花、香(にほう)こと蕙蘭(けいらん)にかはらす。色、少し黄也。又、葉も、けいらんと同し。又、花のさや、かつく有。さやの色、白うす黄青し。じく、うす青、紫色有。左伝ニ国香、鄭ノ文公ノ妾有。燕姞(えんきつ)といふに、蘭を与ふと。夢(ゆめこころ)、蘭に国香有。人眼(にんがん)をして、これに媚(こびらしむ)と也。三月、花。」(右図左)とある.前者は図で見ると花茎の途中に苞がある点や白うす紅の花色からアマナ(Amana edulis (Miq.) Honda)であり,後者がシュンランであろうと思われる.

○小野蘭山『本草綱目啓蒙』(1803-1806) では,「巻之十 草之三 芳草類」の「蘭草 フヂバカマ」の項に〔正誤〕春蘭ハ一名報春先(秘伝花鏡)独頭蘭(蘭譜)ホクロハ比一種ナリ」とそっけない.いわゆる民間薬で,本草(薬用植物)としての扱いはされなかったのであろう.

シュンラン(1)はこちら.

2012年3月23日金曜日

Who tore the Crocus petal?

Crocus vernus cv. & Microscelis amaurotis (Brown-eared Bulbul)
Who tore the Crocus petal?
I said the Bulbul.

ヒヨドリ (Brown-eared Bulbul) の食欲には大いに迷惑をこうむっている.冬の初めからは,カントウベカナの葉が丸かじりされ,白菜やブロッコリーの新芽が食べられ,キンカンの実も盗まれ,遂には折角さいたクロッカスの花まで破られた.



去年あたりから,紫のクロッカスの花びらが,裂かれていたのには気がついていたが,それほど被害がなかったので気にしていなかった.しかし,今年の春は咲いた花の 50 %程度は何らかの被害を受けていた.ちぎれた花弁が 5 メートルほど離れた場所に落ちているので,鳥が元凶だろうと考えていたが,先日遂にヒヨドリのご夫婦が一生懸命花弁を裂いている現場を目撃した.

ヒヨドリが甘い蜜を求め,サクラの花を食いちぎるのは知っていたが,遂にクロッカスまでその文化が広がったかと,いささかショックを受けた.不思議な事に紫の花は被害を受けるが,白い花は全くと言っていいほど啄ばまれていない.蜜の多少によるものか,色に対する感受性が異なるのか,未だ白いクロッカスも蜜を持っているとの知識がないのか.早く野生の食物が多く出て,庭に来なくなることを期待したいが,ヤエベニシダレの木にじっくりと腰をすえているところを見ると,我が家の庭が気に入りのようで,ネコのデコイでも置こうかと思案中.



ヤエベニシダレの枝で,くつろぎながらキンカンの果実を賞味中のヒヨドリ.

2012年3月15日木曜日

トウキンセンカ (3/3) Pot-Marigold "Mistress Mary, quite contrary", 秘密の花園,The Oxford Dictionary of Nursery Rhymes,和訳色々

Calendula officinalis (A double-flowered cultivar (Shin-guro, Black-eyed))

"Mistress Mary, quite contrary,
How does your garden grow?
With silver bells, and cockle shells,
And marigolds all in a row."
from “The Secret Garden” by Frances Hodgson Burnett, Illustration; M B Kork (1911)

メアリー嬢様 あまんじゃく
お庭に植えたは どんな花
銀のスズラン ムギセンノウ
キンセンカまで ならんでる(私訳)

マザーグースの中でも良く知られた “MARY QUITE CONTRARY” の詩にはいくつかのバージョンがあり,F H バーネットの『秘密の花園』で,両親を亡くしてインドから英国に向かう船の中で,不器量でしかめっ面ばかりしていた主人公のメアリー・レノックスを悪童がからかうのに歌った詩には,上記の様にキンセンカが詠われる.

もっとも通常に歌われる詩は
Mary, Mary, quite contrary,
How does your garden grow?
With silver bells, and cockle shells,
And pretty maids all in a row
で『秘密の花園』のそれとは特に最後の行が異なる.この最終行は色々変化し,最も現存する一番古い詩(c. 1744)では,And so my garden grows. で,その他,Sing cuckolds all in a row,With lady bells all in a row.が記録されている(Opie, Peter; Opie, Iona Archibald “The Oxford Dictionary of Nursery Rhymes” (1952)).

2012年8月
Common Corncockle (ムギセンノウ)
この歌の由来には色々説があるが,“And pretty maids all in a row”のために,前行の“silver bells, cockle shells”の解釈が変わってくる.しかし,最終行がキンセンカを詠う『秘密の花園』の詩であれば,”silver bells” がスズラン,” cockle shell” がムギセンノウ(アグロステンマ)と素直に読めるので,残念ながら不条理の世界から抜け出してしまう.

ヨークシャーの荒涼たるムーアの中の館に引き取られたメアリーは,地元の人々や動物達とふれあい,そして閉ざされていた『秘密の花園』を手入れして花たちを美しく咲かせることによって,自分のみならず,叔父と従兄の体と心を健康な世界に取り戻す.

この本は特に日本では多くの支持を得て,翻訳書の数も多い.また,山本史郎著『名作英文学を読み直す』(2011年)第l章 隠されたテクスト―『秘密の花園』にはどんな花が咲いているのだろう? はこの物語の評論として非常に興味深い.また,金井美恵子著『噂の娘』 (2002) では主人公の少女がこの『秘密の花園』を読んで,メアリーと船に同乗していた若い士官のアーチバルド・ロックウッドが,メアリーを見て詩の対象として色々妄想にふける場面を空想している.

なお,『秘密の花園』のいくつかの翻訳からこの詩を引用する.

秘密の花園 岩波少年文庫 吉田勝江訳 (1958)
つむじまがりのメアリさん/おまえのお庭はどうなった?
銀鈴 かいがら キンセンカ/ならんだ ならんだ 一列に

秘密の花園 旺文社文庫 岡上鈴江訳 (1975)
メリーさんは 意地っぱり/あんたのお庭は,どんなです?
銀のつりがね どうかん草/きんせんかまで ひと並び

秘密の花園 福音館書店 猪熊葉子訳 (1979)
つむじ曲がりのメリーさん、/あんたのお庭にゃ何が咲く?
銀鈴花(ぎんれいか)に貝殻菊(かいがらぎく)、/ならんで咲いたは金蓋花

秘密の花園 西村書店 野沢佳織訳 (2000)
つむじまがりのメアリさん/お庭のようす、いかがです〜
銀のベルに、貝のから/それにきれいなキンセンカ/ずらりならんで、咲いてます

2012年3月12日月曜日

アマクリナム ドロシー・ハンニバル (2) 実と芽

X Amacrinum ’Dorothy Hannibal’
2011年の9月に咲いたアマクリナム ドロシー・ハンニバルに11月には実がついた.実は最大ので直径15mmほどのやや赤紫味を帯びた半透明な淡褐色の球形で,貴石の様に美しい.

アマリリス・ベラドンナと、クリナム・ムーレイとの属間交配種なので発芽しないかと思っていたが,山野草の土の上にばら撒いて,土間においておいたら,1月下旬3個から芽が出てきた.

まず,緑色の一本の芽が出て,それが下に向かい,地中にもぐり,その先は白色の根になる.屈曲した部分から緑色の細い葉が上に向かって伸びてきている.土から掘り起こし,根の写真を撮った後は培養土に移し植えた.

どのように成長するのか,どんな花が咲くのか,楽しみにしている






2012年3月3日土曜日

フクジュソウ 2 (2/2) 園芸種 三段咲き

Adonis multiflora cv. “Sandan-zaki”
撮影 いばらきフラワーパーク
(承前)
フクジュソウは,江戸時代の初めから正月の花として特に鉢植えで愛でられていたが,嘉永元年 (1848) 頃から変異品が増えたようで,幕末の泉本儀左衛門著『本草要正』 (1862序) には「フクジュソオ 獻歳菊 此品近年花重弁重々弁段咲花色紅白青絞リ等又重弁替リ茎替リ葉替リ猶多シ年々実生ニテ諸方ヨリ替リ多ク出ス挙ニ暇マアルヘカラス」とあり,「替リノ部」には「紅花類,白花類,八重咲類,段咲類,大輪類,細咲糸咲類,青軸打抜類,絞リ類,変化類,撫子咲類,葉替類,奇品類」に分けて131(一説には126)もの品種が記録されている.紅色系では青梅紅、秩父紅、酒依紅など,白色系では満月白,弁天白,車屋白,清明白など,花形では狂咲き段咲,撫子咲など.現在まで残っているのは少ないが,花弁の先が細かく裂けた「金采」や赤い「秩父紅」などの園芸種が栽培されている.

画像の「三段咲き」は『本草要正』の段咲類の項に「サンダンサキ」と記載されている珍しい品種で,黄金,緑,黄金と三段に咲き,花弁数85~120枚,花径5~6cm と大輪の花で,全開するのにひと月もかかるがその分長く楽しめる.

江戸時代のフクジュソウのモノグラフとしては,群芳園弥三郎ほか画『七福神草』嘉永元 (1848) 成や著者・成立年代不明の『福寿草写生図』(明治の写本?)の画像がネットで見られる(右上図)が,鉢や置台にも江戸の園芸文化の粋が感じられる.

また,英国の有名な植物雑誌,『カーチスのボタニカル・マガジン』の1896年刊には原種と共に,赤い筋が入った園芸種が描かれ(左図),これは『福寿草新(真?)図 Fu Ku Juso Schin Dsu 』というモノグラフからの転写であると記されている.この図譜には21の白,灰色,黄色,緑,紫,ばら色,緋色,八重やナデシコの様に花弁の先が割れた花が描かれている.と日本の園芸種の多様性には驚きながら,あまりの変異に,画家への信頼性に疑問を投げかけている. 失礼な!

Tab. 7490.
ADONIS AMURENSIS.
Native of Mancuria and Japan Adonis amurensis as discovered on or near the Bareya Mts.,on the right bank of the lower Amur river,Lat. 50 N., in what are now called the Amur Provinces of Russia;and it has since been found in Islands of Sachalin, Jesso,and in the north of Nippon.
(中略)
The Japanese work cited above (Fu Ku Juso Schin Dsu) consists of twenty-one figures of varieties, or more probably garden sports of A, amurensis,of all sizes,with single and double flowers, white, grey,yellow,green, purple,roose-colrd. and scarlet. Some are double like "bachelor's buttons; "others are have five laciniate petals, like a Dianthus. The sepals are often represented as ovate,acuminate,and very dark-colrd., and there are deviations from the type which might excite suspicion as the good faith of the artist.