2022年9月6日火曜日

ウラシマソウ-13 虎掌 考定の経緯

Arisaema urashima

 中国本草学の集大成として明代の★李時珍『本草綱目』(1578)は、それまで出版された多くの本草書を引用しながら著者自身の見解を附した大作で,1871種の薬種を収録している。1596年(万暦23年)に南京で初版が上梓された(南京の古称,金陵にちなんで,金陵版と呼ばれる).

出版後数年で,日本に渡来し,本草書のバイブルとして,日本の本草学(博物学)にも大きな影響を与えた.『本草綱目』は,動植物の形態などの博物誌的記述が従前の本草書より優れている.この点が日本人に大きな影響を与え,中国からたびたび輸入されるとともに,和刻本も続出し,幕末に至るまで基本文献として尊重された.

この書では,「虎掌」の項のなかに「天南星」が含まれ,このため和書ではテンナンショウ科の植物が広く「虎掌」と称されることもあった.

 世界に十冊程度しか現存を確認されていない『金陵版本草綱目』は NDL でデジタル公開されているが,その「第14冊(第17巻)毒草類」には,

虎掌 本經 下品 天南星 開寶

【釋名】虎膏(《綱目》),鬼蒟蒻 (《日華》).

恭曰其根四畔有圓牙,看如虎掌,故有此名.

頌曰天南星即本草虎掌也,小者名由跋.古方多用虎掌,不言天南星.南星近出唐人中風痰毒方中用之,乃後人采用,別立此名爾.

時珍曰虎掌因葉形似之,非根也.南星因根圓白,形如老人星狀,故名南星,即虎掌也.蘇頌甚明白.宋《開寶》不當重出南星條,今併入.

(中略)

頌曰虎掌今河北州郡有之。初生根如豆大,漸長大似半夏而扁,年久者根圓及寸,大者如雞卵。周匝生圓牙三四枚或五、六枚。三、四月生苗,布,尖而圓。一窠生七八莖,時出一莖作穗,直上如鼠尾。中生一葉如匙,裹莖作房,旁開一口,上下尖。中有花,微青褐色。結實如麻子大,熟即白色,自落布地,一子生一窠。九 月苗殘取根。今冀州人菜圃中」とある.

 白井光太郎(監修),鈴木真海(翻訳)『国訳本草綱目』(
1929)では,【釋名】の部分は以下の様に和訳されている.

「【釋名】虎掌(《綱目》)、鬼蒟蒻きくしやく (《日華》)。

(中略)

頌曰く,虎掌は今は河北の州郡にある.初生の根は豆ほどだが,漸次に長大し,
半夏に似て扁(ひら)たく,年久しきものは根が圓く,一寸ほどにもなり,大なるものは雞
卵ほどあつて,周囲に生三四箇,或は五六箇の圓牙を生ずるものだ.三、四月苗が生え,高さ一尺餘の獨莖で,上に爪のやうな,尖つて圓い五六出の葉があつて散り擴(ひろ)が
り,一窠に七八本の莖が生えて,時に一莖を出して
穗になり,鼠尾のやうで直上に伸
び,中から匙のやうな一枚の葉が生えて,莖を包んで房になり,旁に一口を開き,
上下が尖つてゐて,中に,微青褐色の花があり,麻子大ほどの實を結ぶ.實は熟すれ
ば白色になり,自から落ちて地上に散布し,その子一粒から一窠を生ずる.苗
が殘(ほろ)びてから根を採取するものだ.現に冀州(きしう)地方では菜畑の中にこれを種(う)ゑ,天
南星と呼んでゐる.とある.
 この記事を基に,日本では古くは虎掌を「オホソヒ」(ウラシマソウの古名?).江戸中期以降はウラシマソウと考定した.
 牧野富太郎は初めこれを踏襲したが,
1940年の「頭註国訳本草綱目」では,マイヅルテンナンショウと考定した.しかしその後「牧野日本植物図鑑」では,ウラシマソウを虎掌とするのは誤考定としたが,マイヅルテンナンショウの漢名を虎掌とはしなかった.

現在は「虎掌」はテンナンショウ属ではなく,ハンゲ属の漢名「掌葉半夏(ショウヨウハンゲ)」Pinellia pedatisecta であると同定されている. 

年代

著者

文献名

考定

備考

参照 Blog

918頃成

深根輔仁

本草和名

於保々曾美(ヲホヽソミ)

「半夏」の和名「保曾久美」(ホソクミ)

Blog-1

931 - 938

源順

和名類聚抄

於保保曾美

承平年間

984

丹波康頼

医心方

於保々曽美

 

1284

惟宗具俊

本草色葉抄

和名なし

 

1444

東麓破衲

下学集

ヲホヽソミ

 

1669

松下見林

本草綱目

和名なし

 

Blog-2

1673

貝原益軒

本草綱目

和名なし

 

1685

下津元知

図解本草

オホソヒ

 

1714

稲生若水

本草綱目

マムシグサ

 

1699

伊藤伊兵衛三之丞

草花絵前集

天南星

図はウラシマソウ

Blog-4

1719

伊藤伊兵衛三之丞

広益地錦抄

南星

図はウラシマソウ

1735

菊池成胤?

草木弄葩抄

 

ウラシマソウ名初出

Blog-5

1759 - 65

島田充房・小野蘭山

花彙

由跋(ムサシアブミ)の古根

 

Blog-6

1779

戸田祐之

庶物類纂図翼

也布古無尓也久(ヤブコンニャク)

図はウラシマソウ

Blog-7

1772

斎藤憲純

本草鏡

トラノヲ

ヤマニンジン,クチナワノシヤクシ,イヌノチンポ

Blog-8

1801

小野蘭山

常野採藥記

ウラシマサウ

 

Blog-9

1803 - 1806

小野蘭山

本草綱目啓蒙

浦島草(ウラシマサウ)

加州ニテ天狗ノハネ

1809

岡林清達・水谷豊文

物品識名

ウラシマサウ

 

1824

岩崎灌園

武江産物志

ウラシマサウ

 

1824

岩崎灌園

日光山草木之図

浦島サウ

 

1825

毛利梅園

梅園草木花譜

於於曽比(ヲ〃ソヒ)

図はウラシマソウ

Blog-10

1827

清原重巨

有毒草木図説

うら志まさう

 

Blog-11

1830 - 1844

岩崎灌園

本草図譜

おほほそみ,

てんぐのはね,和蘭 ダラコニチュム

うらしまさう,

1834

大蔵永常

農家心得草

うら志まさう

図は清原重巨『有毒草木図説』の転写

1843

加地井高茂

薬品手引草

ナンセウ,ブシ

 

Blog-12

1847

山本亡羊

百品考二編

ウラシマサウノ小ナルモノ

 

1852 - 62

飯沼慾斎

草木図説

ウラシマサウ

按マヒヅルサウノ一種ニ属ス

1862

泉本儀左衛門

本草要正

トラノヲ ヤマニンジン

 

1907 - 22

牧野富太郎

増訂草木図説

ウラシマサウ

 

1929

牧野富太郎

頭註国訳

まいづるてんなんしやう

 

Blog

本草綱目