2024年4月6日土曜日

「チャタレイ夫人の恋人- Lady Chatterley's Lover」に現れた植物 2024--1

 

  D. H. ロレンスの原著には60以上の植物名が現れるが,その内,食材,薪材,花束,(人柄等の)比喩,詩などの引用を除いて,実際に生育している植物をリストにすると,41種ほどとなる.これら植物の英名(Vernacular name)を,主な舞台となるラグビー邸はイングランド中南部のダービーシャア(Derbyshire)に存在する事.時節は早春から晩春である事などを勘案して,参考文献を手掛かりに,学名(Scientific name)と,さらに,私見で適切と思われる和名(Japanese name)を対応させた.括弧内の和訳の例は木村政則訳、光文社古典新訳文庫、2014年を採用した.特に注意すべきは,

  アネモネと訳されている anemone は,色とりどりの大きな花を咲かせ,日本で「アネモネ」と呼ばれる南欧原産の Anemone coronaria ではなく,日本のイチリンソウやニリンソウに似た,A. nemorosa であり,正確にはヤブイチゲとすべきである.(前記事参照)
 
サクラソウ桜草と訳されている primrose は,日本原産のサクラソウ(Primula sieboldii)ではなく,淡黄色の花をつけるイチゲコザクラP. vulgaris)が適切である.シェークスピアが『冬物語,The Winter’s Tale, IV, iv, 122-5』で “Pale primrose”(青ざめたサクラソウ)と言った primrose は,赤紫色の花を群生する日本原産のサクラソウ(P. sieboldii)とは,受ける印象が全く異なる.
 
クサノオウと訳されている,celandine は,生育地,花期及び,花が光を照り返す事から,grater celandine(クサノオウ)ではなく,lesser celandine 即ちヒメリュウキンカFicaria verna)と考えるべきである.
 
ジャスミンと訳されている「黄色い花を着ける jasmine は通常いうジャスミンJasminum officinaleではない.花の色,花期,寒い土地の屋外で生育している事から,winter jasmineとも呼ばれる中国原産のオウバイ(黄梅,J. nudiflorum)であるのは間違いない.


 以下に "Lady Chatterley's Lover” に現われた植物を出現回数順に,英名,出現回数,相当する学名,私見の和名,カッコ内に木村政則訳の和名を記す.
 次記事以降に何回かに分けて,入手できた和訳成書での各植物の和名と,同定できた植物のアンティークボタニカル書からのイラストやその他資料を掲載し,原著・訳書を読む際の参考とする.

①.oak19回.Quercus robur,ヨーロッパナラ,(木村政則訳:オーク).
②.hazel14回.Corylus avellana,セイヨウハシバミ,(同訳:ハシバミ).
③.forget-me-not12回.Myosotis arvensis, or M. scorpioides,ワスレナグサ,(同訳:ワスレナグサ).
④.bluebell12回.Hyacinthoides non-scripta
,イングリッシュ・ブルーベル,(同訳:ブルーベル)
⑤.hyacinths9回.Hyacinthus orientalis,ヒヤシンス,(同訳:ヒヤシンス).
⑥.daffodils8回.Narcissus pseudonarcissus,ラッパズイセン,(同訳:ラッパズイセン(ラッパ)).
⑦.bracken8回.Dennstaedtiaceae,ワラビ,(同訳:ワラビ).
⑧.primrose8回.Primula vulgaris
,桜草,イチゲコザクラ,(同訳:サクラソウ,キバナノクリンザクラ)
⑨.campion7回.Silene dioicaフクロセンノウ,(同訳:ナデシコ).
⑩.violet5回.Viola odorata or V. riviniana or V. canina,ノスミレ,(同訳:スミレ).
⑪.anemone5回.Anemone nemorosaヤブイチゲ,(同訳:アネモネ).
⑪.windflower2回.Anemone nemorosaヤブイチゲ,(同訳:アネモネ).
⑫.fir4回.Abies alba,ヨーロッパモミ,(同訳:モミ).

⑬.beech4回.Fagus sylvatica,ヨーロッパブナ,(同訳:ブナ).
⑭.wood-ruff3回.Galium odoratum,クルマバソウ,(同訳:クルマバソウ).
⑭.new-mown hay2回.Galium odoratum,クルマバソウ,(同訳:干草).
⑮.larch3回.Larix decidua,ヨーロッパカラマツ,(同訳:カラマツ).
⑯.holly3回.Ilex aquifolium
,セイヨウヒイラギ,(同訳:ヒイラギ)
⑰.daisies3回.Bellis perennis,ヒナギク,(同訳:ヒナギク).
⑱.crocus3回.Crocus chrysanthusC. vernus,クロッカス,(同訳:クロッカス).
⑲.creeping-jenny3回.Lysimachia nummularia,ヨウシュコナスビ,(同訳:コナスビ).
⑳.columbine3回.Aquilegia vulgaris
,セイヨウオダマキ,(同訳:オダマキ)
㉑.bramble3回.Rubus fruticosus,セイヨウヤブイチゴ, ブラックベリー,(同訳:クロイチゴ,キイチゴ).
㉒.yew2回.Taxus baccata,ヨーロッパイチイ,(同訳:イチイ).
㉓.oat2回.Avena sativa,エンバク,(同訳:燕麦).
㉔.dogs-mercury2回.Mercurialis perennis
,ドッグス・マーキュリー,(同訳:ヤマアイ)
㉕.celandine2回.Ficaria vernaヒメリュウキンカ,(同訳:クサノオウ).
㉖.burdock2回.Arctium minus,ヒメゴボウ(姫牛蒡),(同訳:ゴボウ).
㉗.bugle2回.Ajuga reptan,セイヨウジュウニヒトエ,(同訳:セイヨウキランソウ).
㉘.auricula2回.Primula auricula
,アツバサクラソウ,(同訳:アツバサクラソウ)
㉙.privet1回.Ligustrum vulgare,ヨウシュイボタ,(同訳:イボタノキ).
㉚.pink1回.Dianthus caryophyllus,カーネーション,(同訳:ナデシコ).
㉚.carnation1回.Dianthus caryophyllus,カーネーション,(同訳:カーネーション
㉛.pine-tree1回.Pinus sylvestris,ヨーロッパアカマツ,(同訳:マツ).
㉜.jasmine1回.Jasminum nudiflorumオウバイ,(同訳:ジャスミン).

㉝.honeysuckle1回.Lonicera periclymenum,セイヨウスイカズラ,(同訳:スイカズラ).
㉞.guelder-rose1回.Viburnum opulus,セイヨウカンボク,(同訳:テマリカンボク).
㉟.foxglove1回.Digitalis purpurea,ジギタリス,(同訳:ジギタリス).
㊱.eye-bright1回.Euphrasia officinalis,コゴメグサ属の植物,(同訳:コゴメグサ).

㊲.elder1回.Sambucus nigra,セイヨウニワトコ,(同訳:ニワトコ).
㊳.dandelion1回.Taraxacum officinale,セイヨウタンポポ,(同訳:タンポポ).
㊴.Christmas rose1回.Helleborus niger,クリスマスローズ,(同訳:クリスマス・ローズ).
㊵.bull-rush1回.Cyperus papyrus, パピルス,(同訳:葦).

㊶.snowdrop2回.Galanthus nivalis,スノードロップ,(同訳:マツユキソウ).

★植物名の翻訳の場合,正確であるべきか,日本に似た種が生育している場合,それに置き換えるべきかは,翻訳者として迷うところであろう.一々「ヨウシュ」や「セイヨウ」をつけても,読みにくいだろうし,原著の植物とあまり違いがなければ,日本に生育している似た植物に置き換えてもよいと思う.但し,日本であまりポピュラーでない植物(ドッグス・マーキュリーやアイブライト,クリーピング・ジェニー等)については,発音通りにカタカナ表示をし,欄外の註に,簡単に記述をすれば良いのでは.
しかし,㉕.Celandineや,㉜.Jasmine の様な,明らかな誤訳はご勘弁願いたい

参考文献
Alice M. Coats "Flowers and Their Histories", Adam & Charles Black, London (1956)
Richard Fitter et. al. “The Wild Flowers of Britain and Northern Europe” Collins, London (1974)
加藤憲市『英米文学植物民俗誌』冨山房 (1976)
Roger Phillips “Wild Flowers of Britain” Pan Books, London (1977)
A. M.
コーツ『花の西洋史 <草花編>』白幡洋三郎・白幡節子訳,八坂書房 (1989)
A. M.
コーツ『花の西洋史 <花木編>』白幡洋三郎・白幡節子訳,八坂書房 (1991)
Alice M. Coats "Garden Shrubs and Their Histories", Notes by John L. Creech, Simon & Schuster, New York City (1992)
清水矩宏ら編/著『日本帰化植物写真図鑑』日本農村教育協会(2008

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