2010年6月13日日曜日

タチアオイ(11)

Althaea rosea (11) 昨日の異様な花へのお口直し.牡丹のような八重の優美な花.
八重の花を解剖すると,雌しべは一本,中心にあり,一部が花弁化した雄しべが多数雌しべを取り巻いていた.他種と同様に,タチアオイでも雄しべの花弁化が八重化の機構だった.庭には一重の花しかなかったのに,2年前から八重の花が目立ってきた.なにが引き金になったのだろうか.

正岡子規(1867-1902)は松山生まれの俳人,歌人,新聞記者.
俳句の技法として西洋画の技法であった写生を提唱.月並みに流れがちであった俳句に大きな影響を及ぼした.植物を題材にした句も多く,明治29年以降は病床にありながらも旺盛な創作活動を行った. その中からタチアオイ(葵,花葵)の句を”ウェブM旅 デスクトップトラベル 子規の旅”より引用.

明治24年(1891) 屏の上へさきのほりけり花葵
明治25年(1892) 一本の葵や虻ののぼりおり 棉の花葵に似るも哀れなり
明治26年(1893) 鶏の塀にのほりし葵哉 御湯殿の窓から覗く葵哉 簾ごし幾筋赤き葵哉 花一つ一つ虻もつ葵哉 順順に開くでもなき葵哉 賤が家の物干低し花葵
明治27年(1894) 花葵米屋の埃かゝりけり
明治28年(1895) 行列の葵の橋にかゝりけり 母屋の御簾に葵の枯葉風薫る 小祭の三日にせまる葵かな 百姓の塀に窓ある葵かな

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